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公爵家の養女  作者: 透明
第三章 おとぎ話のような
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最悪の事態



 外では遠くの方で、雷が鳴っている。


 雨は降っていないが、いつ降り出してもおかしくないくらい、空は黒い雲で覆われている。



 そんな空を窓から見つめているナハトの元に「ナハト司祭様」と一人の聖騎士団の騎士が入って来る。




 「こちら、例の件の報告書です。司祭様の思っていた通りでした」




 騎士の報告に、ナハトは「やはりそうでしたか」と後ろを振り返る。




 「まさか、()()()()が関わっているとは……この事は公になさるのですか?」


  


 騎士から受け取った報告書に目を通すナハトに、騎士がそう問いかけると、ナハトは視線を報告書に向けたまま「今の所はする気はありません」と答える。




 「そのために調べられているのかと」


 「これは保険です。もしもの時のための」




 そう話すナハトに、騎士は「保険?」と首を傾げるも、ナハトは「ご苦労様でした。もう下がって構わないですよ」と言う。


 騎士は何か言いたそうな素振りを見せるも、胸に手を当てお辞儀をすると、部屋から出て行く。




 ナハトは報告書から窓の外に視線を移すと「一体、私は何をやっているのやら」と呟く。







 「あ……! こっちです!」




 会場に戻って来たリヒトに気づいたテオが、手を振ると、リヒトはテオの元に歩いて行く。


 テオ以外にも、同じく潜入していたシャッテンヴェヒターの人たちが集まっており、リヒトに「どこ行っていたんだ?」と問う。



 あれからリヒトは、エミリアのことを探していたのだが、エミリアを見つける事はできず、捜査中だということを思い出し、戻って来たのだった。


 リヒトは「すみません」と謝るも、どこか浮かない様子。



 リヒトの様子がいつもと違う事に気づいたテオたちが、リヒトに「何かあったんですか?」と聞こうとした時だった。


 会場の外が騒がしくなったかと思えば、勢いよく会場の扉が開き「我々は聖騎士団だ!! 少しでもその場から動けば反抗したとみなし、直ちに拘束する」と叫ぶ声が響き渡る。



 その声に、テオは「聖騎士団がどうしてここに?」と驚いたように目を見開く。


 シャッテンヴェヒターにもこの状況は想定外のことらしく「どういうことだ?」と訳がわからないよう。




 会場内には数名の聖騎士団の騎士が、会場内にいる参列者らを見張っている。




 「いったいどいう状況なんでしょう……?」


 「我々はシャッテンヴェヒターだと話をしてみますか?」


 「任務の途中だ。相手の意図がわからない以上、下手に素性を明かすわけにはいかない」




 テオたちが様子を窺っている中、リヒトは聖騎士団らに険しい顔を向けては、もしも、参加者たちの身元を調べるとなるとまずいな……。と考える。


 

 麻薬の取引が行われているかもしれない、シャッテンヴェヒターが目をつけているパーティーに、グランべセルの人間が参加していたと知られれば、エミリアが批判を受ける。


 色んな貴族が参加しているのは事実だが、その中でもより名のあるグランべセルに批判が集中するのは目に見えて分かる。



 何とかこの会場を出て、エミリアを見つけたいけど。


 リヒトは「あの」と先輩の団員に声をかけると「我々の素性を明かし、外に出してもらえるよう頼んだ方がいいのでは」と話す。




 「このまま待っていても出してもらえるか分かりません。それに、直ちに外で待つシャッテンヴェヒターに情報交換した方がよろしいかと」




 リヒトの言葉に、先輩団員は「いや……」と呟くと「聖騎士団が何を行おうとしているか分からない以上、我々が下手に動かない方がいい。例の取引が行われているのを彼らが知らない可能性はまだあるからな」と首を縦には振らない。


 先輩団員の言葉に、リヒトは、やっぱりだめか……。と眉を顰める。


 


 「……いったい何が起きているの?」




 同じ頃、リヒトと同じように眉を顰めては、物置の扉の隙間から、廊下の外の様子を伺ってはそう呟くエミリア。


 リヒトに捕まらないようにと入った狭い物置部屋。



 しばらく経ち、もうリヒトも追って来ていないだろうと出ようとした時、突然建物内に男性の声が響き渡り、エミリアは咄嗟に物置から出るのをやめ、外の様子を伺う事にしたのだ。




 聖騎士団って言っていたけど……どうして聖騎士団が?


 もしかして父様や兄様が話していた件について取り締まりに来たとか……?


 でも、シャッテンヴェヒターが調査中だって言ってたわよね……?



 エミリアはそう考えるも、今はそんな事どうだっていいと頭を横に振る。




 聖騎士団の人たちに、私がパーティーに参加していたって知られたらまずい。


 何とかして、会場から逃げなきゃ……!




 エミリアはしばらく物置から、耳を澄ませ、外の様子を伺う。


 先ほどまで騒がしかった声が聞こえなくなり、外は静まり返っている。



 直感で、逃げるなら今だと思ったエミリアは、そっと扉を開き、辺りに人がいないことを確認すると、物置から出る。


 物置は狭く、ずっとしゃがんでいたからか、足が痺れ、思うように走れず、何もないのにその場に転けてしまう。



 その拍子に、顔から仮面が外れ、仮面が地面に転がって行く。


 仮面……!! と手を伸ばし、仮面を手に取った時だった。



 エミリアの視線の先に、黒い革靴が止まったかと思えば、頭上から思わず背筋が凍ってしまうのではないかと思うほどの視線を感じる。


 いつの間に、こんな目の前までやって来ていたのか。全く気づかなかったエミリア。



 だが、今はそんな事よりも、頭の中が恐怖と焦りが支配する。


 そんなエミリアに、目の前に立つ者は「おや?」と声を発したかと思えば「これはこれは。まさかこんな所でお会いするとは」と声をかけて来る。



 その事に驚き、反射的にエミリアは顔を上げてしまう。


 その瞬間、目の前に立つ者の、まるで死んだ魚のような瞳と視線が合ってしまう。



 エミリアを真っ直ぐ見つめるその瞳は、三日月型になると「お久しぶりですね、グランべセル令嬢」とエミリアの名前を呼ぶ。


 エミリアの目の前に立つ者は、神聖国の司祭、ゼーゲンだった。



 よりによってこの人に鉢合わせてしまうとは。


 エミリアは、どうしていいかわからず、何も返すことができなかった。







 「詳しい事はわかりませんが、会場内に聖騎士団が突入したようです」




 仮面パーティー会場の外、先ほど女性を連れ込もうとしていた男たちを捕らえたエーデルとシュタインは、念の為会場の外で待機させていたヴァンディリアの騎士たちの元に男たちを連れて来ていた。



 男たちを騎士たちに引き渡し、再び会場内へと入ろうとした時、会場内が騒がしい事に気づき、騎士団長のラインハルトが様子を見に行っていたのだ。


 ラインハルトの話に「聖騎士団が……?」と眉を顰めるエーデル。



 そして顎に手を当てると「まずいな」と呟くエーデルに、シュタインは「何がまずいの?」と問う。




 「もし、聖騎士団に捕らえられたら俺たちでもどうすることができない」




 エーデルの言葉に、一気に顔が曇って行くシュタイン。




 「何故、いきなり会場内に聖騎士団が突入したかは分からない。だが、聖騎士団が会場内の人間を捕らえるとなれば、エミリアも」




 エーデルがそう言うと、シュタインは走って会場内へ向かおうとする。


 だがそれをラインハルトと騎士のルドルフにより止められる。




 「いけません。シュタイン様」と止めるラインハルトに「どうして止めるんだよ!」と声を上げるシュタイン。

 

 そんなシュタインにエーデルは「状況を考えろ、シュタイン」と諭すように言う。




 「取引が行われている可能性のあるパーティー会場に、聖騎士団が来た。そんな中、会場へと向かいもし、聖騎士団に捕えられでもしてみろ」


 「どんな有る事無い事を問われるか分からない。さっきも話したけど、聖騎士団となるとヴァンディリア(俺たち)や皇室でもそう簡単に助け出せないんだ」




 エーデルの話を聞いたシュタインは「だったら……!」と言うと、真っ直ぐエーデルを見て言う。




 「エミリアはどうなるんだ? エミリアが会場内にいるかもしれないんだよ? 聖騎士団に捕らえられたらまずいんだったら、助けなくちゃ……!」




 そう言うシュタインに、エーデルは眉を顰めては「……エミリアが会場にいるかは分からない。」と答える。


 その言葉に、エーデルは「え……?」と戸惑ったような表情を浮かべ、エーデルの話に耳を傾ける。




 「そんな中で、危険に晒されながら会場内に入る事はできない。」


 「何だよそれ……エミリアのことを見捨てるって言うの?」




 シュタインの言葉に、エーデルは「そうなったとしても!」と声を上げると、シュタインから視線を逸らし話す。



 

 「俺はお前を守らなくちゃいけない。ヴァンディリアの当主として、お前の兄として」


 「分かってくれ、シュタイン」




 本当は、エーデルもエミリアを探しに行きたいのだろう。


 話す声は震えており、いつも目を見て話すエーデルは、シュタインから視線を逸らし話している。



 だが、ヴァンディリアの当主として、ヴァンディリア、そしてシュタインをどんな事があろうと守らなければならない。


 それくらい大きなものをエーデルは背負っている。



 シュタインもそれを理解している。理解はしているが、やはり、エミリアはシュタインの大切な友人で、見捨てるようになる事が許せなかった。


 だからといって、何か策があるわけでもなく、シュタインは「…………分かった」と頷くと、ラインハルトに言われるがまま停めていた馬車に乗り込んだ。




 それから夜が明け、会場内にいた者たちは解放されたと聞き、ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、最悪な事態がエミリアを襲ったのだった。




 「――あなたのおかげで、ヨハス司祭だけではなく、あのグランベセル家に打撃を与えれそうです」




 パーティー会場近くの路地で、ローブを被ったゼーゲンは目の前に立つ人物にそう笑みを浮かべ言う。


 その人物は、胸に手を当て、ウサギの仮面から覗く目を細め、口元に笑みを浮かべては「私はウサギ。お客様をこのパーティーに案内するのが私の役目ですから」とお辞儀をする。



 そんな彼に、ゼーゲンは「本当に優秀だね君は」と褒める。




 「シャッテンヴェヒターが取引に目をつけた途端、その情報を私に渡しただけではなく、あのグランべセル家の令嬢が参加していることまで掴むとは。」


 「誰の味方につくのかもよく分かっているようだし」




 そうご満悦に話すゼーゲンに、ウサギは「私は時の流れに身を任せ、その時につく相手を選んでいるだけ。ただ運がいいんです」と笑う。




 「運も才能のうちですよ。では、私はこれで失礼しますが、私の事はご内密に」




 そう言うゼーゲンに、ウサギは「報酬の事もお忘れ無く」と言うと、ゼーゲンの「もちろん、たっぷりと」と言う言葉に、ウサギの背後から大柄の男二人が姿を現した。

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