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公爵家の養女  作者: 透明
第三章 おとぎ話のような
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案内人



 「やぁやぁお嬢さん。ここは初めてかい?」




 少し入り組んだ場所にある、厳重な扉がついた寂れた建物の前。


 どこか落ち着かない様子の若い女性が一人、ウサギの面を被った長身の男に明るい声で話しかけられる。



 若い女性は「は、はい……」と数回小さく頷くと、ウサギの面の男は「なるほど! ならここでのマナーを覚えなきゃね!」と口元に笑みを浮かべる。



 マナーと聞き、身構えたような女性。


 そんな彼女にウサギの面の男は「大丈夫! 僕が教えてあげるから! ここで僕に出会えのはラッキーだったね!」と女性の肩に手を置く。




 「まず初めにここは身分も性別も関係ないこの国で一番の平等な場所。だからここで自分の身元がわかる話はしてはいけない。ここでは皆、対等なのさ」




 そうまるで歌を歌うように、踊りを踊るように身振り手振り話し始めるウサギの面の男。


 左手の指を二本立てては説明を続ける。

 


 「二つ目はここにいる間は敬語も敬称もルール違反! 対等ではなくなるからね! 年寄りも子どももみんな友達!」



 そう話すウサギの面の男に、女性は「……な、名前を呼ぶ時はどうしたら? 身元を明かしてはだめなんですよね?」と問う。


 男はすかさず「いい質問だ。三つ目のルール! ここでは身元を明かさない。そうなったら名前を呼ぶとき困るよね? だから皆んな偽名を作るのさ!」と陽気に言う。




 「偽名?」


 「あぁ、そうさ! どんなものでもいいよ。自分の好きな食べ物を名乗ったり、知り合いの名前。あ、家族の名前はだめだよ! 身元が割れる可能性が高いからね。ちなみに僕はウサギさ! よろしくね!」




 そう握手を求められ、女性は握手を返しながら「ウサギが好きなんですか? ウサギの仮面を被っているし……」と少し、微笑ましそうに言う。


 だがウサギと名乗る男は口元を歪めると「いや。ウサギは嫌いさ。美味しくないからね」と返すのだ。


 「美味しくない……?」と眉を顰める女性。



 ウサギと名乗る男は先ほどまで口元を歪めていたかと思えば、すぐに笑みを浮かべ「冗談さ! 食べるわけないじゃない。」と大口を開け笑うので、女性は「は、はぁ……」と苦笑いを浮かべる。




 「話が逸れたね! 最後に、一番大事なルールを教えてあげる!」




 男はそう言うと、女性に顔を近づけ、小さな声で教えてくれる。




 「ここに来るものは皆、仮面をつけなければならない。身元を隠しても、顔が出ていたら意味ないだろう?」




 男の言葉に「仮面……そういば……私持ってくるのを忘れて……」と焦った表情を浮かべる女性。


 男は「心配無用さ!」と言うと、胸ポケットから一つ仮面を取り出しては「初めてくるお客様のために、仮面は用意してあるよ」と差し出す。




 「これであなたも今夜、とてもいい夜を過ごせるよ」




 男から仮面を受け取った女性は「ありがとうございます……! ルールも教えていただいて……親切な方ですね!」と嬉しそうにする。


 すると男は胸に手を当てお辞儀をすると「私はウサギ。お客様を案内するのが私の役目ですので」と口元に笑みを浮かべる。




 先ほどまでのフランクな雰囲気とは一変し、息を呑む女性。


 だが直ぐに男は先ほどまでのフランクな雰囲気を身に纏うと「さぁさぁ! 夜は長い! どうぞ中へお客様!」と招き入れる仕草をする。



 女性は仮面を被ると、扉は開き、中から煌びやかな光が差し込み、楽しげな声が聞こえてくる。


 それらに導かれるように女性は扉の中へと入っていく。




 「どうぞごゆっくり」




 そう胸に手を当てお辞儀をする男は、扉が閉まる際に顔を上げる。


 その時に、仮面の奥の瞳が光ったように見えたのだった。







 書斎で調べ物をしていたリーナは、疲れたのか本を閉じ、ため息を一つつく。


 今日はエーデルもシュタインも屋敷を空けており、朝からずっと書斎でフォルトモントについて調べていた。



 だが、どれもこれも書いてある内容は似たものばかりで、これと言った手がかりがなかった。



 ヴィルスキン辺境伯の話では、手紙が送られてきて、私がフォルトモントの血を引いていて、フォルトモントが狙われていると知ったそうだけど……。


 ヴィルスキン辺境伯らは、話をしたく、手紙の差出人に手紙を送り返したのだが音沙汰がなく、連絡が取れなかった。




 その人は、私にとってどういう関係の人なのだろう。


 フォルトモントの先祖は皆んな繋がっているそうだから、親戚? にはなるみたいだけど……。




 そう、首を傾げては「一度目の時はフォルトモントの血を引いているなんてこと、知らなかったな」と呟く。


 けれど、夢で見た人は私のことを見て、フォルトモントと呟いていた。



 私が殺された理由に何か関係があるのは間違いないはず。



 リーナは少しでもいいから何か情報はないかと、他の本も探し始めた。


 その時、コンコンッと扉を叩く音がしたので、集中していたリーナはハッとし「どうぞ……!」と返事をする。



 直ぐに扉が開くと、一人の人物が部屋に入ってくる。

 リーナはその人物を見て、驚いたように言う。




 「リヒト……!」




 そう。部屋に入って来たのはリヒトで、駆け寄ってくるリーナに「久しぶり」と声をかける。


 リーナは嬉しそうに頷くと「エーデルに会いに来たの?」と問う。



 リヒトは首を横に振ると「今日はリーナに会いに来たんだ」と笑みを浮かべる。




 「私に?」


 「そう。エーデルたちがリーナにフォルトモントの事を話したって言っていたから。気になって会いに来たんだ」




 リヒトはそう言うと「気持ちはどう? 驚いたよね」と優しく問いかける。


 

 リヒトはリーナがフォルトモントの血を引いている事と、フォルトモントが神聖国の者に狙われていると言う話を聞いたと知り、リーナが心配でやって来たと言う。


 それを聞き、リーナは胸の奥底がギュッと苦しくなる感じがした。




 リーナは「……驚いたけど、大丈夫だよ。叔父様もヴィルスキン辺境伯も丁寧に説明してくれたし」と眉を下げ笑みを浮かべる。


 そんなリーナに「ならいいけど……何かあったら言ってね。」と優しく笑うリヒトを見て、リーナは少し黙りゆっくりと話しだす。




 「……リヒトがシャッテンヴェヒターに入ったのも、フォルトモントの事を調べるためなんだよね」




 リーナの言葉にリヒトは「あ……」と呟くと「まぁ……それも聞いたの?」と言う。




 「ううん……リヒトがシャッテンヴェヒターでフォルトモントの事について調べてるって聞いて、叔父様たちの話している感じからしてそうかなと……」




 リーナはそう言うと〝どうして私のためにそこまでしてくれるの?〟と言う言葉が口から出そうになるも、それを飲み込む。


 リヒトがフォルトモントの事を調べるために、シャッテンヴェヒターに入った事、今日だって私の心配をしてわざわざ会いに来てくれた事。



 そのリヒトの行動の()()はリーナには分かっている。


 デビュタントの日、リーナの手を取り踊りながら言った『リーナをダンスに誘ったのは、ただの友人だからではないって事、そこに深い意味があるって事を覚えておいて』と言う言葉の意味も。



 回帰前のリヒトと最後に交わした会話。


 縋るようにリーナの手を掴んだリヒトの顔は今でもはっきりと覚えている。



 そして回帰後の今も、リヒトは時々そう言った表情をリーナに向けていた。


 流石にそこまで鈍くない。

 ちゃんとリヒトの気持ちはわかっている。



 だけど、私は公爵家の〝養女〟


 それに神聖国に狙われるかもしれないと言う状況で、皆んなに迷惑かけている今、気持ちに答えられない。



 そしてその事に、リヒトも気づいているはず。


 リーナはリヒトを見ると「私のために……ごめんね」と眉を下げ笑みを浮かべる。



 リヒトは一瞬何か言おうとするも、それを飲み込み「謝らないで。理由は何であれ入ると決めたのは俺だから」と笑ってくれる。


 そんなリヒトを見てふと思う。



 もし、私が過去に戻ってこなければ、リヒトは誰と――




 そこまで考えるも、頭を横に振りそれ以上は考える事をやめた。







 「バルドゥールはここに来るのは久しぶりなんだよね?」




 荷馬車から荷物を下ろすヴァンディリア騎士団副団長バルドゥールにそう声をかけるリーナ。


 バルドゥールは「そうですね。半年ぶりでしょうか」と木箱を持ち上げては、目の前に立つ簡易的なテーブルに箱を置く。



 リーナとバルドゥール含め、数人の騎士たちはアサーナトスのユリスと言う場所にへと来ていた。


 ユリスは戦争の被害を多く受けており、戦争孤児が沢山いる。



 孤児院に入らず路頭に迷う子どもや、戦争で働けなくなった大人たちも多くおり、ヴァンディリアは毎月食料や衣類に薬を届け、炊き出しを行っているのだ。


 回帰前もよくリーナは炊き出しに参加しており、回帰後の今も毎月は行けないが、タイミングが合えば炊き出しに行くようにしていた。



 もちろん、タイミングが合えばエーデルやシュタインも来る事がある。


 そして今日は炊き出しを行う以外に、ユリスに用があったのだが。




 「はい、ゆっくり食べてね。向こうにミルクもあるから貰ってね」




 子どもの視線に合わせ、しゃがみパンを渡すリーナ。


 子どもは「ありがとう、リーナお姉ちゃん」と笑うと、ミルクをもらいに走っていく。



 今見送った子は、足に怪我を負っており、つい最近まで走り回ることなんてできなかった。


 だが今はこうして自分の足で食料を貰いにき、少しの距離なら走れるようになっている。



 大人も子どもも関係ない。ここにいる者たちは皆、戦争に巻き込まれた被害者だ。


 戦争なんてなければ、皆、怪我を負わず今より幸せな日々を送れていたはず。


 そして、大切な人を失うこともなかったはずだ。



 ここに来ると、戦争の残酷さを改めて思い知らされる。




 全て配り終え、リーナが一息つこうと、近くの椅子に座ろうとした時だった。


 リーナの耳に足音が聞こえて来たかと思えば、その足音はリーナの横で止まる。



 この足音……と思い、リーナはそちらに顔を向けると、そこには黒いカソックを身に纏ったナハト司祭がいたのだ。


 どうしてナハト司祭がここに……? と思う反面、フォルトモントと神聖国の事を聞いた矢先、そしてナハトはリーナがフォルトモントである事を知っているので、いつも以上に警戒する。




 ヴァンディリアの騎士団長であるラインハルトと副団長のバルドゥールは信頼のおける人物なため、エーデルは二人にもフォルトモントの事を話した。


 二人は驚いていたが『我々がお守り致します』と言ってくれ、今日、忙しいバルドゥールが炊き出しについて来てくれたのもそれが理由だった。



 バルドゥールはリーナを庇うように、ナハトとリーナの間に立つと「ナハト司祭様。お嬢様に何かご用でしょうか?」と笑みを浮かべる。


 だが、凄く警戒している事が伝わってき、リーナにも緊張が走る。



 ナハトは数秒黙ると「……いえ。たまたまお見かけいたしましたので、ご挨拶をと」と返す。


 そんな彼にリーナは「たまたまって……司祭様はどうしてこちらに?」と問う。



 ユリスに神聖国の人間が来るのは珍しい。


 まさか、ヴァンディリアが来るのをわかっていて?

 そう、眉を顰めナハトを見つめるリーナ。



 するとその時「あれ? 司祭様、今日も来てくださったのですか?」と言う女性の声がする。


 その声はユリスにある孤児院で働く先生のもので、その先生の言葉に「今日も……?」と首を傾げるリーナ。



 先生は「はい」と頷くと「司祭様は週に一回、必ずここに来てくださるんです」と言うのだ。


 その言葉にバルドゥールが「失礼ですが、何をされに?」と質問すると、先生は「司祭様は孤児院を建てかえる際に、費用を全て出して下さって、その後も定期的に町や孤児院の様子を見に来て下さっているんですよ」と返す。



 その言葉にリーナとバルドゥールはナハトを見るも、ナハトは全く表情が変わらず、いつもの仏頂面を浮かべている。


 そんなナハトを見てリーナは、今まで何度かここには来ていたけど初めて聞いた……と驚きが隠せないようだった。


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