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公爵家の養女  作者: 透明
第二章 新たな始まり
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懐かしい人

 


 狩猟祭が始まり、女性や神聖国の者、狩りに参加しない者たちは狩り場から離れた場所で過ごしていた。




 「……このお菓子とても美味しいわよ!」




 そう言っては、左前に座るリーナに「食べてみて!」と勧めるのは皇女のフレイヤ。


 リーナは「い、頂きます……」と、どこか気まずそうな笑みを浮かべると、フレイヤが勧めるお菓子を食べる。



 フレイヤに誘われ、皇室のテントにやって来ていたリーナだったのだが、テントには皇后が誘ったブリューテもおり、何とも気まずい空気が流れていた。




 ブリューテはエーヴィッヒの婚約者なので、皇后は誘ったのだろうが、まさかお茶会の件があった後に同じテーブルでブリューテとお茶をするとは夢にも思っていなかった。


 流石のブリューテも気まずいのか、さっきからずっと顔が引き攣っている。


 まぁ、自分が蒔いた種なので、ブリューテが気まずい思いをするのはわからないが。




 「どうしたの? みんな。先から全然食べてないじゃない」




 完全に、ブリューテを気にしていないと言った態度を取るフレイヤの言葉に、同じくフレイヤに招かれたエンゲルが気まずそうな表情を浮かべ、隣に座るリーナを見る。




 「こんな席ではせっかくの一流のスイーツも、美味しくなくなってしまいますわ」




 エミリアの言葉に固まるリーナとエンゲル。


 エミリアは、ブリューテたちがお茶会の時にリーナに何をしたかを知っており、元々良くは思っていなかったが、さらにブリューテへの印象が悪くなったそうで。


 同じテーブルでお茶をしているのが気に食わない様子。




 「そう仰られないで、グランべセル嬢。せっかく同年代のアサーナトスを代表する家の令嬢が集まったのだから」




 皇后はそう言ってはお茶を一口飲む。


 皇后も、先日の件は知っているはず。だが、その様な事を口にするところと、ブリューテをテントに誘っているのを見ると、皇后は皇帝につくヴァンディリアをよく思っていないのは本当の様だ。




 「……お義母様がとてもお優しく、寛大だと言うことは知っていましたが、改めてそれを実感いたしましたわ」




 フレイヤのその一言で、一気にその場が凍りつく。


 フレイヤ様とエーヴィッヒ殿下が、皇后様をよく思っていないと言う噂は本当の様ね。



 リーナは、皇后の方に視線を向けてはお茶を飲む。



 フレイヤは、ヴァンディリアを侮辱したブリューテをテントに誘った皇后に怒っているのだろう。


 

 皇后陛下とフレイヤとエーヴィッヒは血が繋がっていない。


 フレイヤとエーヴィッヒの母であり、前皇后陛下はフレイヤとエーヴィッヒが幼い頃に病で亡くなってしまったのだ。


 優しく慈悲深い前皇后陛下は皆から愛されており、フレイヤもエーヴィッヒも皇后のことが大好きだった。



 そんな皇后陛下が亡くなってすぐに、皇帝は元婚約者である今の皇后と再婚し、第二皇子殿下が生まれた。


 フレイヤとエーヴィッヒが、皇后との仲が良くない理由は色々あるが、一番は継承権が理由だった。

 


 元々、皇帝の婚約者だった現皇后は、前皇后にその場を奪われ、激しく皇帝や前皇后との子どもであるフレイヤとエーヴィッヒを憎み嫌っていた。


 次の皇帝はエーヴィッヒでほぼ間違いないだろうが、皇帝はそのことについて確かなことは明言しておらず、第二皇子殿下に継承権が渡る可能性もあり、皇后はそれを望んでいた。



 第二皇子殿下を皇帝にすることが最大の復讐だと、皇后は第二皇子殿下を皇帝にするためには手段は選ばず、裏で貴族派と繋がっているなどと噂されているのだ。




 フレイヤの言葉に、皇后は笑みを浮かべると「……皇后は慈悲深くないと、務まらないわ」と答える。




 「前皇后陛下のように」




 その言葉に、フレイヤが音を立て飲んでいたティーカップを置いた時だった。



 

 「これはこれは、皆さんお揃いで」




 そう、男性にしては高い声が、背後から聞こえてくる。


 その瞬間、リーナは激しい動悸に襲われ、背中に嫌な汗をかく。




 『恨むのなら、その神を欺いた美しい容姿と血を恨むんだな』




 突如、リーナの頭の中に、そのような声が聞こえて来る。


 顔ははっきりと思い出せないが、はっきりと聞こえてきた声。



 顔色が悪いリーナに気づいたエミリアが「リーナ、大丈夫?」と心配そうに問いかけたのと同時に、フレイヤが「ゼーゲン司祭にナハト司祭」とリーナの後ろに立つ人物を見て言う。


 その言葉に、リーナはゆっくりと振り返る。



 後ろには司祭のナハトと、まるで死んだ魚のような瞳をし、深い茶色の無造作な髪の黒いカソックを身に纏った男性が立っていた。


 その人物を見つめるリーナは、ゼーゲン司祭……? と眉を顰める。



 ナハト司祭とはまた違った圧や緊張感を感じる。

 それにさっきの記憶の声が、彼と同じだった。


 彼とは、回帰前に会ったことはないはず。



 そう思いながらゼーゲンを見ていると、ゼーゲンは「レディーたちのお邪魔をしてしまいましたね。皇后陛下とフレイヤ様にご挨拶をと思い、参ったのですが」と笑みを浮かべる。


 そんな彼に「お久しぶりね。ゼーゲン司祭」と声をかける皇后。




 「あなたがわざわざテントにやって来るなんて、珍しいわね」


 「大司教様に叱られてしまいますから」




 そう笑うゼーゲン。隣に立つナハトは「挨拶が済んだのでもう行きましょう。女性方の話の邪魔をするわけにはいきません」と言う。


 ゼーゲンは「女性に嫌われることは、女性同士の集まりで男が入っていくことですからね。帝国を代表する麗しいレディーたちに嫌われたくはありません」と言い、帰って行こうとしたのだったが「おや」と言って、足を止めたのだ。




 「もしや、お噂のヴァンディリア令嬢ではありませんか?」




 そう薄ら笑みを浮かべ、リーナを見てはそう言うゼーゲン。


 そんな彼に、リーナは思わず顔が強張る。



 彼の瞳は、リーナの瞳を捉えているはずなのに、まるで視線が合わない。


 リーナは「え、えぇ……」とうなずく。




 「やはりそうでしたか! お噂通り、とても美しく一目見ただけで気が付きましたよ! 私は司祭のゼーゲン・ヴィッセンです。お会いできて光栄です、ヴァンディリア嬢」




 そう自己紹介をして来るゼーゲンに、リーナは「こちらこそ……お会いできて光栄ですわ。」と笑みを浮かべる。


 特に何かをされたわけでも、言われたわけでもないが、先ほどから何故かずっと彼を前にして震えが止まらない。


 それを悟られないように、必死に笑みを浮かべるのだが、恐らくその笑みも引き攣っているだろう。




 「おや? ヴァンディリア嬢、顔色がよろしくないようですが、体調がよろしくないのですか?」




 そう問いかけて来るゼーゲン。挨拶をしたのだから、もう戻ると思ったが、なかなか戻ろうとはしない。


 リーナは「いえ……」と早く会話を切り上げようとするも、ゼーゲンは話すことをやめないどころか「もしかして、私のことが怖いのですか?」と尋ねて来たのだ。



 あまりにも突然の言葉に、そして図星をつかれ、リーナは動揺してしまう。


 そして、何と返したらいいかわからず、言葉につまらせてしまう。



 そんな事はないと言おうとするが、口が動かず話せない。


 そんなリーナに、エンゲルやエミリアたちが「リーナ?」「どうしたの?」と心配そうに声をかける。



 死んだ魚のような瞳が真っ直ぐこちらを捉えてくる。


 どうして私はここまで彼に、恐怖を覚えるのか。



 何か言わなければと、必死で口を動かそうとした時「お話中失礼致します」と言う声が、リーナの耳に届く。


 懐かしい、低く淡々とした話し方だが、どこか温かみがある声。



 その声につられ、視線をそちらに向けると明るいブラウンの髪が視界に入ってくる。


 そして、その人物は胸に手を当てるとお辞儀をし言うのだった。




 「皇后陛下とフレイヤ皇女様にご挨拶申し上げます。ノア・シセルバンです」




 そう、テントにやって来たのは、かつてのリーナの婚約者であるノアだった。


 懐かしい彼の登場により、一気に、リーナの恐怖心は薄れていく。



 ノアは挨拶をすると、リーナを見て「ヴァンディリア令嬢」と名前を呼ぶ。


 突然、名前を呼ばれたリーナは驚き「は、はい!」と返事をする。



 すると、ノアは「ヴァンディリア家のメイド長様が、令嬢の事をお探しになっていたので、向かわれた方がよろしいかと」と教えてくれる。


 リーナは、何かあったのかしら? と思い、立ち上がるとフレイヤを振り返る。



 フレイヤは「行っておいで」と言うと、リーナは挨拶をし、ノアと一緒にテントから出る。







 「……まだ三十分しか経ってないのか」




 ポケットに入れていた懐中時計を見ては、そうぼやくリヒト。


 そんなリヒトの近くで狩りをしていたエーデルが、持っていた弓矢で鷹を狙おうと、弓を構えながら「狩猟祭が終わるまでずっと時計を見ておく気か」と言ったのと同時に、矢を放つ。



 だが、鷹に矢は当たることはなく「……くそっ。外した」と弓を下ろす。




 「心配なのはわかるけど、シセルバン伯爵にリーナの事を頼んであるし大丈夫だ」




 エーデルの言葉に、リヒトは「そう、だな」と返すも、どこか浮かない様子。



 遡る事二十分ほど前。


 リヒトは先ほど、リーナが目に砂が入ったらしく、目に涙を浮かべていたことと、そこにナハトがいたことをエーデルに話した。




 『……俺が来た時は、ナハト司祭は何も言わずに戻って行ったけど』


 『見られた可能性があると思っていた方が良さそうだな。花模様が絶対浮かび上がるわけじゃないそうだけど』




 そう話すエーデルに、リヒトが『……俺たちがいない間に、リーナに何かしなければいいけど。マティアス副団長も、ヴィルスキン辺境伯も狩に出ているだろ?』と心配そうに言う。


 そんなリヒトにエーデルが『その事については大丈夫だ』と返す。




 『まだ来ていないが、シセルバン伯爵も狩猟祭に来られるそうで、狩には参加しないらしいから、リーナの事を頼んである』


 『……だったらまだ安心か』




 いくらシセルバン伯爵がいるとは言え、やはりリーナのことが心配なリヒトは、それから約二十分の間、もう何度目かわからないくらい時計を見ては狩りをしては繰り返していた。




 「早く狩が終わってほしい気持ちもわかるけど、一匹も持ち帰らなかったら、グランべセル公爵に叱られるぞ」




 そう言うエーデルに、リヒトは「そう言うお前だって、一匹も狩れてないだろ。ヴァンディリアの公爵がそれでいいのか」と返す。




 「どこかの誰かがため息ばかりついているから、集中できないんだよ」


 「それだけで集中力が切れるとは、腕が鈍ったんじゃないか?」




 そうなぜか喧嘩を始めるエーデルとリヒト。


 互いにヴァンディリアの当主、シャッテンヴェヒターの騎士になり、随分と大人びてしまったが、まだまだ十八歳の子ども。成人も迎えていない。



 本来の二人はよく、このように些細なことで言い合いをしていたのだ。




 「……喧嘩している場合じゃない。本当に俺たち一匹も狩れないまま終わるぞ」




 ふと我に帰ったエーデルがそう言うと、リヒトが「それはまずい。父上に叱られるのはどうでもいいけど、マティアス副団長に叱られるのはごめんだ」と苦笑いを浮かべる。




 「やっぱり叔父上は怒ると怖いのか?」


 「それはもう」




 そう言って笑うリヒト。


 流石に一匹も獲物を持ち帰らないのはまずいと、二人は狩りの続きを始めるのだった。

 

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