鉢合わせ
狩猟祭の少し前の日、ヴァンディリアにマティアスとヴィルスキン辺境伯がやって来ており、フォルトモントについて話をしていた。
『フォルトモントの瞳の特徴として、満月の光に照らされると花模様が浮かび上がると言う事はこの間お話ししたと思うのですが』
『他に、花模様が浮かび上がる時があると言うことが調べて分かりました』
マティアスの話に、エーデルは『それは……?』と問うと、マティアスは『涙が出た時です』と言う。
『涙が出た時……』
『絶対ではないようですし、確実に花模様が浮かび上がるのは、満月の光に照らされた時だけなので、そこまで心配には及びませんが……』
『用心するに越した事はありませんね』ヴィルスキン辺境伯の言葉に、エーデルとマティアスは頷く。
ふと、時計を見るマティアスは『長居をしてしまいましたね。我々はこれで失礼します』と立ち上がる。
マティアスもヴィルスキン辺境伯も、忙しい間を縫ってフォルトモントについて調べてくれ、報告してくれるのだ。
話を終えたため、談話室から出るマティアスは、誰かと鉢合わせしたようで『おや?』と声をかける。
『お久しぶりですね、リーナ』
談話室を出てすぐの所に居たのは、リーナだったらしく、挨拶をするマティアスに『お久しぶりです、叔父様』とお辞儀をするリーナ。
後から談話室から出て来たヴィルスキン辺境伯も『お久しぶりです、ヴァンディリア令嬢』とお辞儀をする。
『お久しぶりです、ヴィルスキン辺境伯。』
『それは、アルデン国の語学書ですね。アルデン国の言葉に興味が?』
リーナが手に持つ語学の本を見て、そう問いかけるマティアス。
リーナは頷くと『エーデルの役に立ちたくて……勉強しようかなと。でもまだまだ上手くありませんが』と恥ずかしそうに笑みを浮かべる。
ヴィルスキン辺境伯は『学ぼうと言う姿勢が大事です。上手い下手は関係ありません』と、柔らかく笑みを浮かべる。
そんなヴィルスキン辺境伯を見て、マティアスは『辺境伯も笑うことがあるのですね』と不思議そうな顔を浮かべる。
『人間ですからね。笑うことくらいありますよ』
『それを知れてよかった』
そう話す二人に、談話室の中にいるエーデルが『叔父上たち、扉のところで話さないでください。出られません』と言い、マティアスたちは扉から離れる。
そして、帰るとリーナの頭に『それじゃあまた』と言い、手を置くマティアスに続け、ヴィルスキン辺境伯はリーナに会釈をする。
そんな二人を見送るために、後を続くエーデルたちを見送り、リーナは談話室へと入るのだが、フォルトモントって何だろう……? とエーデルたちの会話が聞こえており、聞いたことのない言葉に、リーナは首を傾げるも大して気にしてはいない様子だった。
「――あれ?」
リヒトを探し、会場内を探し回っていたリーナだったが、中々リヒトを見つけることができず、気がつくと人気がない場所へと来ていた。
まだ、狩猟祭は始まっていないはずだし、全く違うところに来てしまったのかと、リーナが来た道を引き返そうとした時。
「いっ……」
突風が吹き、目に砂か何かが入ったらしく、リーナは目を押さえる。
かなり入ったのか、ゴロゴロとし、涙が出て来る。
水で洗い流そうと、涙が出る目を抑えながら、涙で視界がぼやける中歩くリーナ。
しばらく歩いていると、自分とは違う他の誰かの足音が聞こえたかと思えば、俯く視線の先に靴が見え、リーナの前で立ち止まる。
リーナは誰かと、下げていた顔を上げる。
「あ……」
その瞬間、目の前にいる彼と視線が絡む。
相変わらず、冷たく深い海の底のように、光のない瞳。
ただ、いつもと違い、顰めっ面ではなく驚いた表情を彼、ナハトはリーナに向けて来たのだ。
この人でも驚くことなんてあるんだと、驚き、固まるリーナ。
先ほどまで驚いた表情を浮かべていた彼は、直ぐにいつもの仏頂面に戻っており、淡々と感情の籠らない声で言う。
「何故泣いているのですか?」
「え……?」
泣いている? と一瞬、何のことかと思うも、そういえば目に砂が入り、涙が出ていたのだと思い出す。
ナハトが驚いた表情を浮かべていたのに気を取られ、痛みで涙を流していた事を忘れていた。
「……目に砂が入ったんです」
まさか、泣いていることに彼が触れて来るとは思わず、淡々と返してしまう。
だが、ナハトは特に気にした様子もなく「そうですか」理由が分かると「あまり擦らない方がよろしいかと」とまたもや、らしくない事を言ってくる。
いや。彼は仏頂面で無感情なように見えるが、聖職者だ。
きっと、こう言った涙を流す人を見て、話を伺う姿が本来の姿なのだろう。
その優しさは、今までリーナに向けられた事はなかったが。
リーナは「……そうですね」と返すと「洗い流さないといけないので、私はこれで」と歩いて行こうとした時だった。
ナハトは眉を顰めたかと思えば「ヴァンディリア令嬢」と歩いて行こうとするリーナの事を呼び止める。
まだ何か用かと思い、振り返ると、少し動けば触れてしまうほどの距離にナハトがおり、リーナは驚き目を見開く。
だが、ナハトはその事は気にしてはおらず、リーナの顔……と言うより、瞳を見てはまたもや驚いた表情を浮かべるのだ。
「何ですか?」そう、問いかけようとするも、ナハトが思わず口から出てしまったと言った感じで呟いた言葉に、それは遮られてしまう。
「フォルトモント……!」
その言葉を聞き、リーナは眉を顰める。
そして、リーナが口を開こうとした時だった。
「リーナ」
後ろからそう呼ぶ声が聞こえたかと思えば、リヒトがこちらへ向かって歩いて来ていた。
「リヒト」と名前を呼ぶリーナの元へ、リヒトがやって来ると、リーナを庇うようにナハトに体を向ける。
「……ナハト司祭もいらっしゃったのですね。もしかして、邪魔をしてしまいましたか?」
そうまるで睨みつけるように、ナハトに尋ねるリヒト。
ナハトは「いえ……」とリヒトを数秒見つめると「私はこれで」と歩いて行く。
そんなナハトの後ろ姿を見送るリーナとリヒト。
リヒトは「彼といたんだね……何か言われたりはしなかった?」と問いかける。
何か? と言われ、先ほどナハトが言っていた〝フォルトモント〟と言う言葉を思い出すリーナ。
この間、エーデルが叔父様たちと話していた時に同じ言葉を聞いた。
フォルトモントとは一体何なのだろう。
リーナはそう思うも、リヒトに「何も言われてないよ。」と返す。
そんなリーナを見て、リヒトは驚いた表情を浮かべたかと思えば、リーナの頰に手を当てると「泣いたの……?」と動揺したように言う。
涙で目の中の砂は流されたのか、痛みがなくなり、目に砂が入り涙が出ていた事を忘れていたリーナ。
「やっぱり何か言われたんじゃ……」と眉を顰めるリヒトに、リーナは慌てて「め、目に砂が入って涙が出て来ただけだよ!」と説明する。
「風が吹いた時に、目に砂が入ったみたいで……その時に丁度、ナハト司祭と鉢合わせして。少し会話をした程度だから」
リーナは自分でそう説明して思う。
そういえばリヒトは、どうしてこんなにナハト司祭の事を警戒……? しているんだろ?
私がナハト司祭の事が苦手だなんて、話していないはずだけど……。
そう不思議に思うリーナ。
リヒトは「……なら良いけど。早く戻って、目を洗い流そう」と言い、リーナの手を引き歩き出す。
そんなリヒトの後ろ姿を見て、リーナは「そういえば、リヒトはどうしてこんな所に? 用があったんじゃ……」と言う。
リヒトは少し、リーナの方を振り返ると「リーナを探しに来たんだ」と返す。
「テントに行くと、エミリアからリーナが俺に会いに行ったって聞いて。戻って来る途中会わなかったし、心配になって探しに来たんだよ」
「狩猟祭の会場から少し離れると、危険なエリアがあるからね」
リヒトの話を聞き「なるほど」と頷くリーナに、リヒトは「それで、話って何だったの?」と問う。
「え……」
「エミリアが、リーナが兄様に大事な話があるから、ちゃんと聞くのよ! って言っていたんだけど……」
リヒトの言葉に「そうだった」と、足を止めると、リヒトも足を止めリーナを振り返る。
いきなり立ち止まったリーナを不思議そうに見つめるリヒト。
そんな彼を見たら、ハンカチが無いのに、ハンカチを渡す予定だったって本当に言っても良いのかな? とリーナは迷う。
渡す予定だったのって言って、そうだったんだって返されたら、なんて言えばいいんだろ……?
リヒトは、だから? と思わないだろうか。
優しいリヒトに限って、そんな言い方はしないだろうが、きっと反応に困るはず。
そう、色々と考えては、言うべきか迷うリーナに、リヒトが「リーナ?」と不思議そうに声をかける。
その時、少し離れた場所から「お嬢様ー!」と呼ぶ声がしたのだ。
声のする方に顔を向けては「……エマ?」と驚くリーナ。
声のした方にはメイド長のエマと、ヴァンディリアの騎士、ジークフリートの姿があった。
エマとジークフリートは、リーナたちの元へとやって来ると、リヒトに「グランベセル公子にご挨拶申し上げます」と挨拶をする。
そして、リーナの方を向くと「お嬢様、見つかりましたよ!」と嬉しそうにエマは言う。
その言葉を聞いただけで、エマが何を言っているのか分かったリーナは「本当?」と嬉しそうに言うと、エマは「はい。ジークフリート様が見つけてくださったのですよ!」と言う。
「ジークフリートが?」
そう言っては、驚いた表情でジークフリートを見るリーナ。
ジークフリートは「私は受け取っただけです」と首を横に振る。
「受け取っただけ?」
「はい。見つけたのは、ハンナと言うメイドです。彼女が持っているのを見かけたので、尋ねると見つけたからお嬢様に持って行くと言うので、私がお渡しすると受け取ったのです」
そう話すジークフリートに、狩猟祭にジークフリートは参加しないと言っていたのに、わざわざ、渡しに? と眉を顰める。
いや……わざわざ持って来てくれたんだ。それに今は、ハンカチが見つかった事を喜ぼう。
リーナは「二人とも探してくれてありがとう」とお礼を言うと、エマは「お嬢様のためなら、いくらでもお探ししますよ!」と笑う。
そして、邪魔しては悪いと、エマは「私たちはこれで失礼致します」とお辞儀をすると、歩いて行く。
そんなエマの後に続け、ジークフリートも歩いて行こうとするも、リーナに「……気をつけてくださいね」と一言言うのだ。
「え……?」と驚くリーナ。
だが、ジークフリートは頭を下げると、それ以上は何も言わず、歩いて行ってしまう。
そんな後ろ姿を見ながら、気をつけてください? 狩のこと? 私は参加しないけど……と考えるリーナに、リヒトが「何か探していたの?」と問う。
リヒトの問いに、リーナは頷くと「……リヒトに、ハンカチを用意したの」と白色の布地に、リヒトと同じ目の色である金色の刺繍がされたハンカチを渡す。
リーナからハンカチを差し出されたリヒトは「……俺に?」と驚いている。
どうやら、リーナから貰えるとは微塵も思っていなかったようだ。
そんなリヒトにリーナは「受け取ってくれる……?」と少し頰を赤らめ見る。
リヒトは「まさか、貰えるとは思わなくて……」と言うと、笑顔を浮かべ「本当に嬉しい。ありがとう」とハンカチを受け取る。
そして嬉しそうにハンカチを見る。
リーナは「あ、あんまり上手く無いけれど……」と恥ずかしそうに言うと、リヒトは「そんな事ないよ」と言ってはハンカチを胸に当てる。
「このハンカチを持っていたら、どんなものでも狩れそうな気がするよ」
そう笑うリヒトに、リーナは「怪我はしないようにね」と言うと、リヒトは「ありがとう」と頷く。
嬉しそうにするリヒトを見て、ハンカチが見つかって良かったと思うリーナ。
それから、二人は戻るのと同時に狩猟祭が始まった。




