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公爵家の養女  作者: 透明
第一章 回帰
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作戦会議



 その日は朝から雨が降っており、エーデルの部屋の大きな窓からは、雨が降っているのが見え、そんな外の様子を見ながら、窓枠に腰をかけるエーデルはシュタインが帰って来た日の食事のことを思い出していた。




 『婚約者も見つかるかもしれないしな』




 そう冗談混じりの公爵の言葉が、エーデルの頭を離れない。


 エーデルは、自身の右手を見つめると(あんな事で動揺するなんて……)と眉を顰め、ギュッと手を握る。




 そして、エーデルの中にある幼い日の記憶を思い出す。




 『リーナです。7歳です……よろしくお願いします』




 そう、目の前に立つ何処か怯えたような、自身より2つ下の、まだ幼い少女は、視線をずっと下に向け、視線が合う事はない。


 そんな少女を見て、エーデルは(うさぎに似てるな)と、たまに家の庭にやってくる、エーデルを見るとぷるぷると震え出す、真っ白なうさぎを思い出す。



 そして、そんな少女を見て(きっと仲良くはなれないな)と心で思いながら「……エーデル、9歳です。……よろしく」と自己紹介をする。


 すると、ずっと下を向き、ぷるぷると震えていた少女は、パッと顔を上げる。



 その瞬間、2人の視線が交わり、エーデルの心臓はドキッ――と音を立てる。




 美しい金色の髪は、ふわっと揺れ、珍しく美しい紫の瞳が、エーデルを見つめ逸らさず、またエーデルもそんな少女から視線を外すことができない。


 その瞬間、先ほどまで怯えたような表情を浮かべていた少女は、ふわっと笑みを浮かべるのだった。




 まるで、花が咲いたような少女の笑顔に、エーデルの顔が熱を帯び、赤くなったのが分かる。


 ドキッドキッと激しく脈打つ心臓は、彼女に恋に落ちたのだと認めざる終えないほどだった。




 少女とはたった今出会い、言葉も交わしたと言えるほどの物ではないが、エーデルはその少女に激しく惹かれたのだった。




 (もう、何とも思っていないと思っていたのに、全然ダメじゃないか。むしろ……)




 エーデルが深いため息をついた時「……怖ーい顔をしていたと思えば、今度はため息。何か悩み事?」と言う声がする。


 その声にハッとしたエーデルは、顔を上げると、エーデルの部屋のソファーに座るシュタインが、眉を顰め、エーデルを見ていた。




 (……そうだった。いたのか)




 シュタインが部屋にやって来ていた事を忘れていたエーデルに、シュタインは「その反応、俺が居ること忘れてたでしょ?」とエーデルを疑いの目で見る。




 「……それで、何の話をしてたっけ」




 窓枠から降り、ソファーに座るシュタインの元へ行くと、シュタインが「だーかーらー!」と何度も言わせるなと言いたげに腕を組み、眉を顰める。




 「リーナがこの家に居たいと思えるようにするには、どうすればいいかって話してんの!」


 「……あぁ。そう言えばそんなこと言っていたな」




 シュタインの向かい側のソファーに腰を下ろすエーデルは、シュタインに「そもそも何でいきなり家に居たいと思えるように何て言い出したんだ?」と問いかける。


 するとシュタインは「……だって」と視線を逸らし、口をつぐむ。




 「いきなりあいつ、友達が欲しいからってパーティーに参加するって言い出しただろ? きっと、父上の言う通り、男を見つけて、この家を出て行きたいんだよ!」


 「お前も自分で言っていただろ? リーナは友達が欲しいから、パーティーに行くって」


 「分かんないじゃん! それが本当かどうかなんて」




 シュタインは口を尖らせると「だって……前に言ってたじゃんか。好きでここに来た訳じゃ無いって」と言う。




 シュタインが士官学校に通っていた時、長期休暇で、家に帰って来ており、エーデルやシュタインの友人が家に遊びに来ていた。



 リーナも含め、皆んなでおやつを食べていた時、シュタインの友人がシュタインとリーナをからかい、シュタインは恥ずかしくなり、心にも無いことをリーナに言ってしまったのだ。


 しまったと思ったのも束の間、リーナは『私だって好きでここに来た訳じゃ無い……!!』と声を上げると、部屋から走って出て行く。


 

 

 『リーナ……!!』


 

 

 シュタインは、慌ててリーナの後を追おうとするも、エーデルがそれを止める。


 エーデルの瞳は、シュタインに対して怒りが向けられており、シュタインは言葉を詰まらす。




 エーデルが、リーナの後を追いかけ部屋を出ると、シュタインをからかった友人は『しゅ、シュタイン、ごめん……』と謝るも、その声はリーナへの罪悪感でいっぱいのシュタインには届かなかった。



 その後、事情をエーデルから聞いた公爵が間に入り、何とかリーナとシュタインは、仲直りをすることが出来たが、シュタインは今でもその事をずっと悔いているのだ。



 

 「そんなにリーナに出て行かれたくないなら、何で意地悪な事を言うんだよ?」


 「それは……! 初めて会った時に悪態を付いちゃってから、どう接していいか分からないんだよ……」



 

 そう最後の方はごにょごにょと、声を小さくし言うシュタインに、エーデルは「ガキだな」と腕を組む。


 その言葉にシュタインは「そんな事言ってるけど、兄貴だって人の事言えねぇじゃん!!」と立ち上がり、エーデルを指差す。



 丁度その時、コンコンッと扉が叩く音がし『エーデル様、アルバートでございます。お茶をお持ちいたしました』と執事長のアルバートの声がする。


 エーデルは「入って」と言うと、ティーセットを持って来た、背筋がスラッと伸び、口髭を生やし白髪混じりの品のあるテールコートを着た男性が「失礼致します」と入って来る。




 アルバートが入って来てもなお、シュタインはエーデルに「リーナに対してだけ、いつも冷たいじゃんか!」と言い、図星を突かれ「ゔっ……」と罪悪感がエーデルの胸を刺す。




 「そ、れは……そうだけど。それには理由が、だな……」




 そう視線を逸らし、言葉を濁すエーデルにシュタインは「どんな理由なんだよ?」と詰め寄る。


 そんな二人のやりとりを横目に、お茶を淹れていたアルバートは「まぁまぁ、お二人とも。ひとまずお茶でも飲まれてください」とお茶を差し出す。




 二人は「……ありがとう」とティーカップを手にすると、お茶を飲む。




 「……ねぇ、アルバート」




 二人がお茶を飲むのを、側で控え見ていたアルバートの名前を呼ぶシュタイン。


 アルバートは「どうされましたか、シュタイン様」と答える。




 「どうやったら、リーナがこの家から出て行こうって思わなくなると思う?」




 シュタインの質問に、アルバートは「お嬢様がですか?」と驚いた表情を浮かべる。


 そして、顎に手を当て何かを深く考える素振りを見せると「そうですね……もう少し、エーデル様とシュタイン様が、お嬢様とコミニュケーションをお取りになられれば良いかと」と答える。




 「えー、そんなのでいいの? もっとこうさ、何かをあげるとかさ……!」


 「プレゼントももちろん、素敵ではございますが、お嬢様はきっと、もう少しお二人とお話をしたいと思われておられると思いますよ」




 「エーデル様もシュタイン様も、お嬢様の前では一気にコミニュケーションが下手になられますから!」と悪気がなく言うアルバートに、エーデルとシュタインは事実なため、何も言い返せずにいる。




 「でも、話すって何を話せばいいんだろ? 今まで普通に話してないから分かんないや……」




 頭を悩ませるシュタインは「アルバート! 教えてよ!」と、アルバートに助けを求めるも、アルバートは「それはシュタイン様ご自身でお考えになられてください」と断る。




 「えぇ……」




 「分かんないよ〜」と、ソファーにぐでっと座るシュタインの向かいに座るエーデルは、何やら顎に手を当て考えているようで、何か思いついたのか「……祭り」と呟く。




 「祭り?」


 「あぁ。この前、たまたまリーナとエマが話をしているのを聞いたんだ。もう直ぐ、街の方で祭りがあってその祭に行きたいって言ってるのを」




 エーデルの話を聞いたシュタインは「それだ!」と立ち上がると、目を輝かせ「三人で祭りに行こうよ!」と言う。


 そんなシュタインに、エーデルは「それを言おうとしてたんだよ」と言い、ジトっと見る。




 「今まで三人で出かけたことなんてなかったし、この時期のお祭りって、音楽祭だろ? 結構出店が出るって有名だし、きっとリーナも楽しんでくれるよ!な、アルバート!」




 目を輝かせながらアルバートに同意を求めるシュタインに、アルバートは「えぇ、きっと」と笑みを浮かべ頷く。




 「そうと決まれば早速リーナを誘いに行こう、兄貴!」




 そう浮かれた様子で部屋から出て行くシュタイン。


 部屋に残ったエーデルは「こうと決まれば早いな……まだ父上に外出許可も貰ってないのに」とため息をつく。




 「公爵様には私からもお伝えしておきます」


 「悪いな、アルバート」




 「シュタインだけじゃ心配だな」エーデルはそう呟くと、部屋から出て行こうとするのを、アルバートは呼び止める。




 「お嬢様はきっと、エーデル様とシュタイン様に誘われればとてもお喜びになられると思います」




 そう真っ直ぐエーデルを見るアルバートに、エーデルは一瞬驚いた表情を浮かべるも、直ぐに笑みを浮かべ「そうだといいけど」と部屋を後にする。




 「――ま、街で祭りやってるんだけど、お前も一緒に行く?」




 エーデルの部屋から出て来たシュタインは、広間にいるリーナの元へ行くと、早速音楽祭へと誘う。


 だが先程まで、意気揚々としていたシュタインだが、いざリーナを目の前にすると、恥ずかしさが勝つらしく、素っ気ない態度になっている。



 そんな自分に(ばっか……! 何で普通に誘えないんだよぉぉ……!!)と嫌になる。




 突然、シュタインにお祭りに誘われ、戸惑った表情を浮かべているリーナは「お祭り……?」と首を傾げる。




 「そう、祭り」


 「どうしていきなり……?」




 互いに慣れて無さすぎて、辿々しくなる二人。


 そんな二人にやって来たエーデルが「街の方で音楽祭が開かれているから、俺とシュタイン、リーナの三人で行かないか?」と再度問う。




 「え……」


 「俺たちで一緒に出かけたことはなかっただろ? せっかくシュタインも帰って来たし、兄妹だけで何処かに行きたいと思ったんだ。どうかな?」




 エーデルの言葉を聞き(兄妹……!)と嬉しそうに、頬を赤らめるリーナ。


 兄妹と言われたことも、お出かけに誘われたことも初めてで、リーナは嬉しくなる。



 そして、笑顔を浮かべ「私、音楽祭に行ってみたかったの……!」と言うと、エーデルは優しく笑うと「じゃあ決まりだな」と頷くのだった。

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