会いたかった
「お嬢様、おはようございます」
朝食を摂りにダイニングルームヘとやって来たリーナに、声をかける執事長のアルバートに、リーナは「おはよう」と挨拶を返しては、席に着く。
ダイニングルームには、リーナ以外おらず、リーナはアルバートに「エーデルとシュタインは?」と尋ねる。
「シュタイン様は今、別の者が起こしに行っております。エーデル様は、既に朝食をお摂りになられ、先ほど邸を出られました」
アルバートの話を聞き、リーナは「そう……」と心配そうに呟く。
エーデルが当主に就任してから早二月。
エーデルは当主として毎日、朝早くから夜遅くまで働き、何日も邸を開ける日が続き、ここ数日エーデルの顔を見ていない。
それほど、ヴァンディリアの当主の仕事は忙しいものなのだが、リーナはエーデルが倒れてしまわないか心配だった。
「エーデルはちゃんと朝食を摂っていた?」
「一応は。ですが、前のように多くは摂られていません。朝食を摂る時間も惜しいようで」
エーデルの事を心配しているのは、リーナだけでは無かった。
アルバートやエマ、他の使用人や騎士団の者たちも、日に日にクマが増え痩せ細るエーデルを心配していた。
「……おはよう。兄貴は?」
アルバートと話をしていると、起きて来たシュタインがまだ眠いのか、目を擦りながらダイニングルームへと入って来ては、エーデルの事を聞く。
シュタインも、口には出さないが、エーデルの事を心配している。
アルバートが「もう、邸を出られました」と言うと、シュタインは「そっか……」と呟く。
「シュタイン様も起きて来られましたし、朝食に致しましょう」
アルバートの言葉に、リーナとシュタインは頷くと、並んで座り朝食を摂り始める。
クラウスが亡くなってから、エーデルとも一緒に食事を摂ることは少なくなり、最近ではリーナとシュタインの二人で食事をしている。
それでも二人は並んで座るのだ。
しばらく食べていると、シュタインは手を止めて「兄貴、大丈夫かな」と呟く。
「俺がもう少し頭がよければ、兄貴のこと手伝えたりできるのに……」
シュタインの言葉にリーナも手を止めると「私も……」と呟く。
リーナもシュタインも、ここ数日で自身の不甲斐なさに気づき、色々と考えているようだ。
何か、エーデルの役に立ちたいが、エーデルは一人で何でもそつなくこなすため、逆に迷惑をかけてしまいそうで。
落ち込む二人にアルバートは「シュタイン様もリーナ様も、お二人が元気で過ごされていることをエーデル様は望んでおられます。ですので、今はしっかりと朝食を摂り、いつものように過ごされてください」と言う。
「今はまだ、当主になりたてなのでエーデル様は忙しくされていますが、そのうち、休める日も来ますので、それまでお二人がいつものように元気でいないと」
アルバートの言葉に、シュタインは「うん……そうだね」と頷くと、朝食の続きを始める。
そんなシュタインを見てリーナも朝食を摂るも、どこか浮かない表情を浮かべていた。
◇
ヴァンディリア公爵邸にある植物園へとやって来たリーナは、紅茶用に茶葉を取りに来ていた。
やはり、何かをエーデルにしてあげたく、疲労に効くお茶を淹れてあげようと思ったのだ。
回帰前も、エーデルは当主に就任してしばらく慌ただしくしていた。
今みたいに、毎日のように朝早くから夜遅くまで働き、何日も邸を空けるのなんてザラにあった。
そんなエーデルを見てリーナは、何かできることはないかと考えた末、ヴァンディリアにとって都合の良い相手と結婚する事だと思い、リーナは婚約者探しに勤しんだ。
まぁ、早くヴァンディリアから出たいと言う気持ちもあったが。
リーナは茶葉を摘みながら、そう言えば婚約者が決まってから、エーデルと一度大喧嘩は言い過ぎかもしれないけど、喧嘩したことあったっけと思い出す。
普段、リーナに対して無関心と言った態度を取っていたエーデルだが、リーナが婚約者を探す事には酷く反対していた。
だが、婚約者が決まった後は、もう何も言わなくなっていたが……。
確か、彼と出かけていて、夜中に帰って来てそれにエーデルが怒ったんだったよね……。
当時は、いつも無関心なくせに、何なの! って苛立っていたけど、今思えば仮にも妹があんな夜遅くにいくら婚約者とは言え帰って来たら、そりゃ怒るわよね……。
そう、苦笑いを浮かべるリーナ。
けれど、その事があって直ぐにリーナは婚約者と結婚を決めたため、その日までエーデルと喋ることはなかった。
今回は、婚約者を探そうとは思ってはいないけど、その必要があり、エーデルの為になるなら、ヴァンディリアにとって有益な人と婚約する手も視野に入れとかないと。
茶葉を摘み終えたのか、リーナはカゴいっぱいに茶葉を摘み、植物園から出る。
その時、誰かと軽くぶつかってしまい、リーナは「ごめんなさい……!」とあわてて謝罪し、顔を上げる。
だが、顔があると思われた位置に視線を向けても、顔はなく、更に視線を上に上げるリーナ。
騎士団の中で一番高いラインハルトよりも高いのではと思うほど背が高く、がっしりと鍛えられた身体は、圧を感じ、リーナは思わず後退りしてしまう。
見下ろしているからか、影であまり表情が見えず、怒っているのか笑っているのか分からない。
ただ、低く淡々とした「申し訳ありません、お怪我はありませんか」と言った声が降ってくる。
リーナはその圧に圧倒され、固まっていると「ジークフリート!」と言うシュタインの声が聞こえて来たかと思えば、シュタインがリーナたちの元に走ってき、リーナを見るなり「うぉっ! リーナいたの?」と驚く。
巨体に隠れ、シュタインはリーナが見えていなかったようだ。
ジークフリートと呼ばれる彼は、シュタインの方を向くと「シュタイン様」と名前を呼ぶ。
どうやらシュタインは彼のことを知っているらしく、リーナはシュタインに「彼は?」と問う。
シュタインは「そう言えばリーナはまだ会ったことなかったっけ」と言うと、彼のことを紹介する。
「最近、騎士団に入ったジークフリートだよ。前に兄貴が話してたでしょ?」
シュタインの言葉に「あぁ……彼が。」とエーデルが言っていたことを思い出す。
騎士として優秀だけど、今までどこの騎士団にも入っていなかったとか。
昨年の、剣客祭でヴァンディリア騎士団の活躍を見て志願したそう。
騎士団に中々顔を出す事がないから、彼とは初めて会ったのだ。
リーナは「リーナです。初めまして」と挨拶をすると、ジークフリートは「挨拶が遅れてしまい申し訳ありません」と胸に手を当てお辞儀する。
「ジークフリート超大きいだろ? ラインハルトよりも大きいんだぜ! それに剣の腕も高くて、騎士団で人気者なんだよ!」
「なぁ? ジークフリート!」と嬉しそうに話すシュタインに「恐れ多いです」と返すジークフリート。
そんな彼を見て、柔らかい雰囲気……さっき私とぶつかった時は、どこか殺伐とした雰囲気を感じたのに……気のせい? と思う。
「そう言えばリーナはここで何してたの?」
突如シュタインに話を振られ、リーナは「え……? あぁ……茶葉を摘みに来てて……」と戸惑いながら返す。
「茶葉?」
「うん。エーデルに淹れてあげようと思って……」
「へぇ……いいじゃん! リーナの淹れるお茶美味いし! 兄貴も喜ぶよ」
そう言って笑うシュタインに、リーナは「喜んでくれたら良いけど」と眉を顰め笑う。
そんな二人のやり取りを、ジークフリートはただ黙って見つめていた。
その事にリーナはほんの少し不信感を抱く。
シュタインたちと別れ、自室へと戻って来たリーナは先ほど出会った新入りの騎士、ジークフリートについて考えていた。
どこかで会ったような気がするのだが、あんな2メートル越えの人と会っていたら忘れることはないだろう。
回帰前には確か、ジークフリートと言う人物がヴァンディリアの騎士団にはいなかったはず……多分。
回帰前は今よりも、騎士団との交流がなかった為、分からない。
まぁ、あんなに背の高い人、会っていたら忘れることはないわよね、と思いリーナは考えるのをやめる。
その日の晩、エーデルが帰って来たらお茶を淹れようと思っていたリーナだったが、エーデルが帰ってくることはなく、遅くまで粘っていたが、エマに言われ寝床についた。
そんな事も知らず、エーデルが屋敷に戻ったのは夜更けを過ぎ、夜が明けようとしていた頃だった。
「エーデル様、お帰りなさいませ」
誰も起きていないと思い帰って来た為、アルバートが出迎え驚くエーデル。
「もしかして、待っていたのか?」と尋ねると、アルバートは「いえ。何せ年寄りなもので、目が早く覚めてしまうのです」と返す。
エーデルは「なるほど」と笑うと、アルバートは「エーデル様、お休みになられる前にお茶でもいかがですか?」と問う。
「お茶?」
「はい。実は、お嬢様が元々、エーデル様にお淹れになるつもりで、待たれていたのですが、夜も遅くなり、もし、アルバートがエーデルに会ったら淹れてあげてほしいと言われていまして」
「リーナが?」
何だか久しぶりにその名前を聞いたと思いながら、エーデルは「遅くまで起きていたのか?」と尋ねる。
アルバートは「はい。ここのところ毎日、遅くまで待たれておられます」と頷く。
アルバートからリーナの事を聞き、エーデルは申し訳なさそうに、だがどこか嬉しそうに「そうか……いや。今度リーナに会った時に淹れてもらうよ」と言う。
「そのためにも、早く帰って来なきゃね」
久しぶりに見たエーデルの笑顔に、アルバートは安心するのと同時に、この顔をリーナにも見せあげたかった、と思うのだった。
「――これも関係ないか」
邸に戻って来たエーデルは、寝室には行かずに、談話室である書物を読んでいた。
その書物には〝フォルトモントの歴史〟と書かれてあった。
エーデルは、ヴィルスキン辺境伯らから話を聞いて以降、ずっとフォルトモントの歴史や、アサーナトスや神聖国の繋がりについて調べていた。
だが、どの資料や本にもフォルトモントとアサーナトス、神聖国の詳しい繋がりなどは記載されておらず、頭を抱える。
そもそも、フォルトモント自体について詳しく載った物が少なすぎる。
パラディースに行けば、詳しく載った物があるのかもしれないが……そう考えながら、ソファーの背もたれにもたれ掛かり、頭を反らす。
そして、先ほどアルバートから聞いた事を思い出す。
『ここのところ毎日、遅くまで待たれておられます』
そう言えば、最後にリーナの顔を見たのはいつだっけ。
前は毎日顔を合わせていたのに、思い出せないほど会えていないなんて……。
リーナやシュタイン、ヴァンディリアを守るために今は弱音を吐いている場合じゃない。
その時、エーデルの頭の中に、リヒトと楽しそうに話すリーナが思い浮かぶ。
当主を継いで、忙しくすればリーナへの想いも無くなっていき、段々親しくなっていくあの二人を見て心痛める事も無くなると思っていたのに……。
エーデルは深いため息をつくと、目を覆うように腕を乗せる。
「リーナに会いたい……」
エーデル以外誰もいない部屋に、エーデルの小さな思いが消えていく。
それと同時に聞こえて来たのは「エーデル?」と言う、愛おしく、もう何日も聞くことのできなかった声だった。
エーデルは、とうとう幻聴まで聞こえて来たかと、苦笑するも「エーデル!」と今度ははっきりと声が聞こえる。
その声に驚きエーデルは体を起こす。
談話室の入り口には、同じく驚いた様子のリーナが立っており、エーデルは「リー、ナ……?」と立ち上がり、リーナのもとに歩いていく。
「エーデル……! 帰ってたのね……!」
そう言うリーナに、エーデルはまだ驚いており「幻覚……?」と首を傾げる。
そんなエーデルにリーナは「幻覚じゃないよ」とエーデルの頰に手を触れると、その温もりから幻覚じゃないことが分かる。
リーナは「凄く疲れてる……クマができてるわ」と心配そうにエーデルを見つめる。
そんなリーナの手に触れ、リーナの手に顔を傾けると「会いたかった……凄く……」とエーデルは気づいたら呟いていた。
その言葉にリーナは、驚く事もなく優しく微笑むと「私も。会いたかったよ、エーデル」と言う。
恐らく、エーデルの会いたいとリーナの会いたいではまた、意味合いが違うだろう。
けれど今はそんな事どうでもいいと、エーデルは思うのだった。




