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公爵家の養女  作者: 透明
第一章 回帰
19/21

暮れる



 『……遅いですね。もう邸に着いてもおかしくない頃なのですが』




 執事長のアルバートは、メイド長のエマと何処か焦りが混じる表情を浮かべ、ヒソヒソと話している。


 もう時期雨が降るのか、窓の外から空を眺めると、灰色の雲で覆われ、雨の匂いもするようだった。



 そのせいか、はたまたアルバートたちの心配が邸全体に伝わっているのか、邸内は何処か暗い空気が漂っている。




 『アルバート。父上はまだ帰ってこないの?』




 公爵が帰ってきた後、皆で食事をと約束していたため、まだ帰らない公爵を心配したシュタインが、アルバートにそう尋ねる。


 シュタインは不安気な表情を浮かべており、アルバートとエマはハッとすると『大丈夫ですよ、シュタイン様。そのうち帰って来られます』と安心させるようにアルバートは言う。



 だが、アルバートとエマの不安が伝わっているのか、シュタインは『本当に?』と更に聞くので、側で聞いていたエーデルが『シュタイン。アルバートたちを困らせるな』と注意する。


 アルバートが『私たちは大丈夫です。ありがとうございます、エーデル様』と言った時だった。



 玄関の方が騒がしくなったかと思えば、駆けてくる誰かの足音がリーナたちがいる談話室へと近づいてくる。




 『――アルバート執事長!!』




 突如大きな声を上げ、一人の執事が談話室に入ってくるのを、アルバートは『坊ちゃま達の前で失礼ですよ』と注意するも、その執事はそれを無視し『い、今……玄関にほ、保安官が来ていて……!』と息を荒げながら言う。


 その言葉を聞いた瞬間、その場の空気は一気に重くなり、『エーデル様!』と止めるアルバートの声も聞かず、急いで玄関へと向かうエーデルをシュタインも慌てて追う。



 そんな二人に遅れ、リーナも後を追い玄関へと向かうと、執事の言う通り数名の保安官が立っていた。


 保安官はエーデルと何かを話している。



 離れたところにいるリーナからはその声は聞こえず、だが、異様な空気に心臓が激しく打つ。


 シュタインが『あ、兄貴……? どうしたんだよ……!』と焦った表情を浮かべる。



 保安官と話し終えたのか、エーデルはゆっくりと後ろを振り向くと、絶望しきった表情を浮かべ言うのだった。




 『父上の乗った馬車が、落石に巻き込まれたって……』




 エーデルの話を聞き、リーナやシュタインだけではなく、アルバートやエマまでもが信じられないと言った表情を浮かべている。




 『落石に巻き込まれたって、どう言う事だよ? 父上は……父上は無事なんだよな……?』




 シュタインの問いに、エーデルは目を瞑り、何も言わずに顔を逸らす。


 『そんな……!』『嘘、だろ……』エマとシュタインの声が重なる。



 公爵様が亡くなった……?


 そんな……だって、朝まで元気だったのに。


 朝まで優しく笑いかけてくれていたのに。



 いつものように優しい声で『おはよう、リーナ』と笑いかけてくた公爵を思い出しては、胸が苦しくなる。


 そしてそのまま、リーナはその場にしゃがみ込む。




 『お嬢様!』




 その後のことはほとんど覚えていない。


 どうやって自分の部屋に戻ったのかも、何が話されたのかも。

 


 ただ、私もシュタインも大声を上げ泣き喚いたのを、アルバートやエマ、駆けつけた騎士団長のラインハルト達が、必死で慰めてくれていた事と、エーデルだけはただその場に、絶望したように立ち尽くしていた事。


 それだけは鮮明に覚えていた。

 






 「リーナ、聞いてよ! 兄貴が超怒ってくんだけど!」




 談話室でリーナが本を読んでいると、何やらぶつぶつと文句を言いながら談話室に入って来たシュタインは、リーナに聞いて貰いたそうに言う。


 リーナは「何かしたの?」と本を閉じ、シュタインを見ると、シュタインは「別に、大したことしてないよ?」と返す。



 何かはしたのね……何て思っていると「何が大したことしてないだ。もう五日も剣の稽古に出てないだろ?」と怒りながらエーデルが入ってくる。

 



 「違うよ! まだ四日だよ!」


 「四日も五日も変わらないだろ。いくら、強いからって、サボってたら他のやつに追い越されるぞ」




 エーデルに叱られてもシュタインは「俺のことを追い越せるわけないじゃん! この前の合宿の模擬戦だって、俺が一番強かったもん」と言い返す。




 「たかが合宿の模擬戦で威張るなよ」


 「たかが合宿の模擬戦って、その合宿を得ないと、叙任式は受けれないんだよ?」


 「騎士は模擬戦に勝ったって意味ない。実戦で勝てなきゃな」




 そう正論を返してくるエーデルに、シュタインは「もう直ぐ叙任式だからって、偉そうに……!」と言い返す。


 アサーナトスでは早くて18歳から遅くで21歳までの者たちが、騎士の叙任式を受ける事になっており、そのためには合宿や実戦に参加し、成績を収めなければいけない。



 そして今年、18になるエーデルは叙任式を控えているのだ。


 シュタインはまだ、叙任式を行える歳ではないので、ひたすらに合宿と実戦を行い、行える歳までに認めて貰えなければいけないのだが、最近どうやら稽古をサボっているらしい。



 因みに、リヒトも余裕で叙任式を行う条件を満たしており、今年、エーデルと共に叙任式を行うのだ。




 「そうだ。叙任式受ける俺は偉いんだ。だからさっさと稽古に行け」




 エーデルは面倒くさそうにそう言うと、慣れた手つきでシュタインの襟元を掴んでは、引っ張って行く。




 「うへぇ……横暴だ。暴君兄貴だ……」


 「何とでも言え。父上が甘いからって、俺は甘やかさないからな」




 シュタインの悲鳴と共に、エーデルとシュタインの姿は見えなくなる。


 そんな二人の様子を、リーナは苦笑いしながら見送っていた。



 エーデルとシュタインが稽古をしている最中、リーナは読書をしたり、エマやメイドたちに刺繍を教えてもらったりしながら、穏やかな一日を過ごした。




 「――あれ? 父上は?」




 剣の稽古から帰って来たシュタインが、顔をタオルで拭きながら、談話室にいるアルバートにそう問いかけると、アルバートは「まだ帰っておられません」と答える。


 朝早くから出かけた公爵だが、もう日も沈みかけているというのに、まだ帰って来ていない。



 リーナはその事に何処か嫌な予感が過ぎる。




 「公爵様はどこに行かれてるの?」




 今度はリーナの問いに「ヴィルスキン辺境伯の元へと行かれているはずです。朝、急用が出来たと仰られていましたから」と答える。


 ヴィルスキン辺境伯と聞き、リーナはほっと胸を撫で下ろす。



 あの時と、状況が似ていたから嫌な考えが過ってしまっていた。


 ヴィルスキン辺境伯の元へと行くまで、アデン山は通らないから、大丈夫だと、それに例の公爵が事故に遭う日まではまだ日数はある。



 神経質になっているんだわ。


 そう頭を振っていると、エーデルが「よく、父上が遅く帰って来ることなんてある。そう心配しなくても大丈夫だよ」と言ってくれる。



 

 「エーデル……そうだよね」


 「あぁ」




 そう、大丈夫。


 きっと直ぐに「ただいま」と笑顔で帰って来るはず。




 「――遅いですね」




 あれから数時間経ち、日も完全に暮れ、外は真っ暗になっているが、公爵はまだ屋敷へと帰って来ていない。


 流石に遅すぎると思ったのか、アルバートやエマ含め、他の執事やメイドたちも落ち着かない様子。



 そんなアルバートたちを見て、ますます不安がよぎり、嫌な汗を手にかいてしまう。


 シュタインも心配しているようで「ねぇ、アルバート。父上はいつ帰って来るの?」と問いかける。




 「いつ頃帰るか父上は言っていたのか?」




 エーデルの言葉にアルバートは「え、えぇ……日が暮れる前には帰ると仰られていたのですが。」と戸惑っている様子。


 公爵が夜遅くに帰って来ることなんて、しょっちゅうある事。



 だが今日は、元々外出の予定なんてなく、家族皆んなで夕食を摂る約束をしていたのだが、朝早くに急用が入り公爵は家を出た。


 きっと、普通に家を出たなら皆、ここまで不安には思わなかったかもしれない。



 急用で公爵が出て行くとは、よほどの事があったに違いない。


 そんな中、帰りが遅くなると言うことは、心配になる。




 「お嬢様。そんな暗い顔しないでください」




 突如、そう言った声がしたかと思えば、騎士団長のラインハルトと副団長のバルドゥールが談話室に入ってくる。


 二人は剣を腰に刺し、どこかへ出かける様子だった。




 「エーデル様もシュタイン様もです。私とルドルフでヴィルスキン辺境伯の元へと向かってみます。だからもう少しだけお待ちください」




 バルドゥールの言葉に、ラインハルトは頷く。




 「バルドゥール……頼む」




 エーデルの言葉に、バルドゥールは頷くと、談話室から出て行く。


 ラインハルトは「きっと大丈夫ですよ」とリーナ達に声をかけると、シュタインは「だよな」と少し元気になる。



 その様子を見ていたアルバートとエマは顔を見合わせ、安心したように笑う。


 そんな中、リーナだけは何処か不安そうな表情を浮かべていた。



 その時、玄関の方が騒がしくなるのが分かり、シュタインが「父上だ!」と談話室を出て行く。


 そんなシュタインの後を「走るな」と注意しながらついて行くエーデルは、リーナに「良かったな」と声をかけるも、リーナは「う、うん……」と浮かない様子。




 そして、玄関へと着いたリーナ達だが、玄関にいる人たちを見て足を止める。




 「え……」「は……」とリーナとエーデルの声が重なる。


 玄関にはシュタインと、シュタインの目の前に複数人の保安官が立っていた。


 その瞬間、リーナの心臓は激しく打つ。




 「何、で保安官が……?」




 後から来たアルバート達も、保安官を見て驚いている。


 シュタインは保安官と話し終えたのか、ゆっくりこちらを振り返る。


 その顔はだんだんと歪んでいくと「リーナ、兄貴……」とシュタインの目から、ポロポロと涙が落ちて行く。




 「どうした……何があったんだ? シュタイン」


 「父、上が……落石に巻き込まれて……な、亡くなったって……」




 その瞬間、鈍器で頭を強く打たれたかのような感覚がした。


 心臓の音が耳まで届き、視界が真っ暗になって行くようだった。



 目の前ではシュタインが大粒の涙を流し、隣に立つエーデルが訳が分からないと言った表情を浮かべながら、立ち尽くしている。


 アルバートやエマ、ラインハルトも信じられないといった表情を浮かべている。



 同じだ。


 あの悪夢のような日と同じ。



 どうして? まだ、公爵様が事故に遭う日じゃないのに。


 アデン山にはいっていないはずなのに。


 どうして?


 止められなかった。知っていたのに……止められなかった



 様々な感情が溢れてき、いつの間にか涙が溢れ、叫ぶように泣いていた。



 

 享年39歳と言う若さで、ヴァンディリア公爵家の当主、クラウス・フォン・ヴァンディリアは突如この世を去った。


 それはあまりにも突然のことで、誰も当然予想してはおらず、後に皇帝は「帝国にとって、とても大きな存在を失った」と悲しみの言葉を述べ、大司教、教会一同は「彼はこの国に誰よりも身を捧げていた。それを神はしかと見ていた事だろう」と公爵への最大の敬意を述べたのだった。




 第一章 回帰 完

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