表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公爵家の養女  作者: 透明
第一章 回帰
18/21

父と公爵



 『そんなに、あいつの方がいいのなら、さっさとこの家から出て行けばいいだろ』




 目の前には、美しい顔を歪め、冷めた青い瞳をこちらに向けるエーデルが立つ。


 そんなエーデルにリーナは『ごめんなさい。でも、帰って来るのが遅かったのには、事情があって……!』と釈明しようと言い返す。




 『ノアは悪くないの。だから怒らないで』




 そう訴いかけるように言うリーナの言葉に、エーデルの体はピクッと反応すると、更にその美しい顔を歪めリーナに向ける。




 『もう、お前に振り回されるのはうんざりなんだ。……今はお前の顔も見たくない』




 初めて聞く彼の本心。


 好かれているとは思ってはいなかったが、顔が見たくないほど嫌われていたとは。


 リーナは泣きそうなのを我慢し、手をギュッと握ると『ごめんね、迷惑かけて』とエーデルに謝る。



 その声にハッとしたエーデルは『リー、ナ……』と呼ぶも、リーナは振り返らずに部屋から出て行く。


 その日から間も無く、リーナの結婚が国中に発表されたのだった。







 「リーナ! 準備できたー?」




 部屋の鏡の前で、帽子を整えていると、部屋の外からシュタインの声が聞こえて来る。


 リーナは「今行くわ!」と答えると、部屋を出て階段を降りて行く。




 「シュタイン、お待たせ!」




 そう言って、玄関前に行くと、シュタインの他にエーデルとリヒトの姿があった。


 リーナの14回目の誕生日から約2年経ち、エーデルとリヒトは18歳になっており、幼さはまだ残すもすっかり大人っぽくなっていた。



 そして、リーナとシュタインも16歳になり、前よりも幼さはなくなり立派な令息令嬢に成長していた。




 「父上の誕生日プレゼントを買いに行くんだよな?」




 綺麗におしゃれしたリーナとシュタインを見て、エーデルがそう尋ねるので、リーナは「そうだよ」と頷く。


 そう。今日はもう直ぐ公爵の誕生日なので、リーナとシュタインは誕生日プレゼントを買いに、街まで出かけるのだ。



 何をあげればいいか分からず、悩んでいると、シュタインが一緒に買いに行こうと誘ってくれ、決まったのだ。




 「エーデルは行かなくていいのか?」




 リヒトの問いかけに、エーデルは「あぁ。先生の結婚式の方が先に入ってたからな」と頷く。


 エーデルとリヒトが士官学校時代お世話になった先生の結婚を祝うパーティーが開かれるらしく、エーデルもリヒトも参加するそうだ。



 結婚パーティーは士官学校内で行われるらしく、エーデルもリヒトも士官学校時代の制服を着用している。



 まだ叙任式を受けてない騎士達は、制服を持たないので、学生時代の制服を着用する事が、エーデルたちが通っていた学校ではルールらしい。


 14歳の時に来ていた服なんて、18歳の二人が着れるはずなく、わざわざこの日のために手直ししていた。


 そんな二人を見て、リーナはシュタインに「シュタインは参加しなくていいの?」と聞く。



 シュタインも二人と同じ士官学校に通っていたので、参加しなくてもいいのかと思ったが、シュタインは「俺その先生と被ってないから行かなくていいんだよ」と言うのだ。




 「招待状も来てないし。まぁ、来てても行かないけどね」




 いかにもシュタインらしい返答に、リーナは「なるほど」と頷く。




 「リヒトの制服姿初めて見たけど、凄く似合ってるね」


 「そう? 制服は士官学校以来だから、なんか恥ずかしいよ」




 そう眉を顰め笑うリヒトは、2年前より更に背が高くなり、制服が映えている。


 ふと、エーデルの方に視線を向けては「エーデルも、相変わらず似合うね」と言うと「褒めても何も出ないぞ」と笑みを浮かべる。



 エーデルもリヒトもここ2年で群と身長が伸び、騎士団一背の高い騎士団長のラインハルトに背が追いつきそうだ。


 エーデルはリーナを見ては「リーナ、少し背が縮んだんじゃないか?」と言って来る。



 だがその表情は、笑っていて、からかっているのが分かる。


 リーナは「エーデルが伸びただけでしょ!」と言い返すと、エーデルは「それもあるけど、やっぱり縮んでるよ」と言う。



 最近、エーデルはリーナをからかうようになった。

 

 そのどれもは可愛いもので、リーナは前より仲良く慣れたみたいで嬉しかった。



 元々、エーデルは仲良い人には良く喋り、冗談を言い合ったりする方だ。


 それを知ったのは、リヒトたちと出会ってからで、それまで回帰前よりかはエーデルと仲良くなれたと思っていたのだが、リヒトたちと話すエーデルを見てまだそこまでだったことに気づいた。



 それから約2年、エーデルはリーナに対してもよく冗談を言ったり、ふざけたりするようになり、前よりかは確実に仲良くなった。


 はずなのだが、最近どこか妙に距離を感じる気がする。



 物理的な距離ではなく、何と言うか心の距離があるような。


 嫌われているとかではないんだろうけど。



 それが良く感じるのは、リーナとリヒトが話している時だった。


 何処か距離を置いているような、遠慮しているような。


 その何とも言えない距離に、リーナはどこか寂しさを感じていた。




 そう話をしていると、リーナとシュタインについて来てくれる騎士のルドルフとルートヴィヒがやって来、リーナとシュタインはエーデルとリヒトに挨拶をし、公爵の誕生日プレゼントを買うため馬車に乗り込む。



 エーデルの事も気になるけど、まずは公爵の事だと、思考を切り替えるリーナ。


 もう直ぐ、公爵の誕生日という事もあるが、リーナが16歳の年の、公爵の誕生日から一カ月後の日、公爵はアデン山にて馬車で公爵邸に帰宅の途中、落石に巻き込まれ亡くなってしまうのだ。



 回帰前、突如として39歳という若さで亡くなってしまった公爵。


 公爵が大好きだったリーナは、エーデルやシュタインよりも泣いたのだった。



 けれど今、リーナは回帰してき、公爵はまだ生きており、リーナは公爵が亡くなる日を知っている。


 だから、公爵を死なせないようにすることが出来るのではとリーナは考えていたのだ。



 落石による事故で亡くなるという事は、その日に、公爵をアデン山に行かせなければいいだけ。


 それだけでは怖いので、その日は一日中、公爵邸にいてもらい、リーナも公爵から離れないと決めたのだ。



 もう、絶対に公爵を死なせないと、そして――と、リーナはかつてのエーデルの姿を思い浮かべる。


 そのエーデルは、今よりも痩せ細り、というかどこかげっそりとした様子で、疲れ切っているようだった。



 そんなエーデルを思い出しては、エーデルのためにも、絶対に公爵を死なせないと誓うのだった。


 一人、拳を握り意気込んでいる、向かいに座るリーナを見て、シュタインは「張り切ってるね」と言うのだった。




 「――あぁ……疲れたぁ……!! もう無理、ご飯食べないと動けない」




 何軒か、公爵へのプレゼントを見回ったリーナたち。

 朝早くから街に出、気づけばお昼を過ぎていた。



 ベンチに座るシュタインを見て、リーナは「お昼にしよう」と言うと、シュタインは「やったぁあ!!」と喜ぶ。


 それからお昼を取り終え、もう一度公爵のプレゼントを探し、家に帰る頃には日が暮れ始めていた。


 リーナもシュタインも、満足のいくものを買え、公爵の誕生日を待ち望む。



 そして日にちは経ち、公爵の誕生日の日になった。




 その日は朝から大忙しで、屋敷中、使用人たちが駆け回っている。


 メイド長なので、エマも忙しくしており、リーナのことを起こしに来たのは、14回目のリーナの誕生日の後に新しくヴァンディリアで働くことになった、ハンナだった。



 ハンナは少し、おっちょこちょいな所があるが、真面目で気が利くメイドだ。




 「お嬢様、プレゼントはお持ちになられましたか?」




 支度を終え、ダイニングルームへと向かおうとするリーナに、ハンナがそう聞くとリーナは「ちゃんと持ったよ。ありがとう」とプレゼントの箱を見せる。


 大事な公爵へのプレゼント。


 この日までずっと、大事なものをしまっておく引き出しの中にしまっていたのだ。




 「お誕生日おめでとうございます」




 ダイニングルームへと、家族四人が揃うと、いよいよ公爵の誕生日パーティーが始まる。


 美味しい料理を頂いたり、昔話に花を咲かせる。




 「父上、お誕生日おめでとうございます」




 食事を頂き終えた頃、エーデルが改めて公爵に祝いの言葉を贈ると、綺麗な包装された箱を渡す。


 公爵は「ありがとう。開けてもいいかい?」と嬉しそうに問うと、エーデルは頷く。




 「これは……カブスボタンだね!」




 エーデルが公爵にプレゼントとして贈ったのは、公爵の瞳と同じ色をした、ブルーサファイアで作られたカブスボタンだった。


 公爵は嬉しそうにカブスボタンを見る公爵に、エーデルは「ずっと使っていたやつが壊れたと言っていたので」と言う。



 公爵は早速袖にカブスボタンを付けると、笑顔でエーデルに見せる。


 そして「ありがとう」と嬉しそうに笑うのだった。


 そんな公爵を見て、エーデルも「いえ」と笑い返す。



 18歳になり、大人っぽくなったエーデルだが、尊敬し、大好きな父の前で見せる笑顔は、まだまだ子どもらしさが残っている。




 「父上! 今度は俺とリーナからのプレゼント!」




 シュタインの言葉に、シュタインとリーナは公爵にプレゼントを渡す。




 「ネクタイとネクタイピンか! もしかして、二人で選んだのかい?」




 シュタインは「うん! 一緒に買いに行ったんだ!」とリーナに笑顔を向けるので、リーナも笑う。


 リーナが選んだネクタイと、シュタインが選んだネクタイピンは同じ店のもので、色合いも合っている。



 公爵は今着けているネクタイから、リーナから貰ったネクタイに着け変えると、シュタインから貰ったネクタイピンを着ける。



 「これ全部身につけたら、仕事も捗りそうだ。それに、出張に行く時つけて行けば寂しくないしね」


 「皆んなありがとう。凄く嬉しいよ」




 そう笑う公爵はとても嬉しそうで、リーナたちはお互いに顔を見合わせては笑い合う。







 「公爵様……? まだ起きられていたんですか?」




 夜も深い時間、目が冴えてしまい少し家の中を散策していた時、談話室のソファーに座る公爵を見てはそう問いかける。


 公爵はリーナを見るなり「リーナか。少し眠れなくてね。リーナもかい?」と聞き返す。



 リーナが頷くと「こっちにおいで」とリーナを招く。




 「手紙を読まれていたのですか?」


 「そうだよ。こっちはシュタインが2歳の時にくれたもので、こっちはエーデルが士官学生時代に送ってくれたものだ」




 公爵は一通の文を取ると「これは……君のお父さんからの手紙だ」と言うと、リーナに渡す。




 「お父さん……?」


 「それだけじゃない、後何通もあるよ。君の父と私が友人だったと言うことは知っているね?」




 公爵の言葉に頷くリーナ。

 初めて公爵と会った時に、公爵が言っていた。


 公爵は、リーナの父から送られたという手紙を見ては、懐かしそうに話し出す。




 「君の父とは丁度、13年前くらいかな。その時はまだアサーナトスはパラディースと停戦前で、毎日のように国境付近で争い仲間が死んでいくのを見ていた。」


 「そんな中、私が率いていた軍は深手を負ってしまってね。何とか国境付近にある町、君の生まれ故郷であるニートリッヒへと向かったんだ」


 「みんな数日飲まず食わずで、寝不足と負った傷により体力も失われていき、私含め皆その場で力尽きてしまったんだ」


 「もう死んだと思っていたのだが、次に目を覚ますと私はベッドの上に横たわり、温かい部屋の中にいたんだ」


 「死んだはずなのにと体を起こし、辺りを見渡すと、数名の隊員たちもベッドに横なっていた」


 「不思議に思っていた所、部屋のドアが開き、残りの仲間が入ってきたんだ」




 公爵はその時のことを思い出したのか、少し笑みを浮かべながら「もう会えないと思っていた仲間たちが入ってきたのを見て、私は夢かと思ったよ。けれど夢ではなかった」と言う。




 「私はすぐにここは何処なのかと、なぜ助かったのかと尋ねた。すると、皆は言ったんだ。ここのお店のフィンスさんが助けてくれたと」


 「フィンス……」




 リーナはその名前に聞き覚えがあった。


 何故ならそれは、父の名前だからだ。



 公爵は「そう、君の父だ」と穏やかに笑う。




 「当時、酒屋の店主だったフィンスが、私たちが倒れているのを発見したらしくてね。一部の目が覚め軽傷だった者と往復して店にある、客室に運んでくれたんだ」


 「そして、かなりの人数がいたのにも関わらず、一人で私たちに料理を振る舞ってくれてね。状態が良くなるまで留めてくれたんだ」


 「それが私と彼の出会いだった」




 初めて聞く、自身の父と公爵の話に、驚きながらも何処か嬉しく思うリーナ。


 今まで、遠慮して聞くことのなかった、あまり記憶がない父の話は、とても楽しく温かいものだ。




 「彼の店にいる間、沢山のニートリッヒの人たちと話したよ。その話の中心にはいつも、フィンスがいた」


 「フィンスの周りには沢山人が集まり、温かく、直ぐに私の仲間たちもフィンスが気に入り、私もフィンスをとても気に入っていた」


 「それから私たちは体が良くなり、フィンスとは別れ、パラディースとは停戦になった後、私はニートリッヒに行く機会があれば必ずフィンスの元を訪れた」




 公爵はそう言うと、リーナを見て「何度か幼いリーナにも会っているんだよ。覚えていないかもしれないけど」と笑う。


 もちろん、幼かったリーナは覚えておらず「そうだったんだ……」と驚く。




 「私だけでなく、あの時お世話になった仲間たちも良く訪れていたよ。それと、ヴィルスキン辺境伯も常連だったらしく、三人で朝まで飲み明かした事もあったな」




 そう懐かしそうに笑う公爵に、ヴィルスキン辺境伯……? と予想外の名に驚いている。


 公爵は「だから、フィンスが亡くなったと聞いた時、彼が一番大切にしていた君の事が思い浮かび、君を迎え入れることを決めたんだ」と言う。




 「突如、慣れない家に、兄弟もできて驚いたと思う。あまり、私も君のことを見てやれなかったと思う」




 そう申し訳なさそうに言う公爵に、リーナは首を横に振り「そんなことありませんわ」と言う。




 「公爵様は、十分私に良くしてくれました。今こうして、私が生きているのもあの時、私を公爵家(ここ)に連れてきてくれたおかげです」




 それは、心の底からの思っていることだった。


 公爵がこうして、リーナを養女として迎え入れてくれなければ、まだ幼かったリーナはのたれ死んでいただろう。


 それに、公爵は父が亡くなり、悲しみ塞ぎがちになっていたリーナを、沢山の優しさと愛で包んでくれた。



 感謝してもしきれない。




 公爵はリーナの頭を優しく撫でると「リーナももう、16歳か。大きくなったね。デビュタントが楽しみだ」と優しく笑う。




 「誰が何と言おうと、君は私の娘であり、ヴァンディリアの公女だ。だから、これからも何も気にせず、誰よりも幸せになりなさい」


 「それが、(フィンス)の願いでもあり養父(私の)願いだ」




 あまりにも優しく、愛に溢れた声に、リーナは嬉し涙を流すと「はい」と、幸せそうに笑うのだった

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ