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公爵家の養女  作者: 透明
第一章 回帰
14/20

訪問者



 エーデルを探しに談話室へとやって来たリーナ。


 談話室内には、アルバートと談笑するシュタインの姿があり、リーナに気づいたシュタインが「リーナも食べる? これ美味いよ」と口にするクッキーを進めて来る。



 机の上には色とりどりの美味しそうなクッキーが入った皿が置かれ、優しい紅茶の香りが食欲をそそる。


 終いにはアルバートが「お茶をお入れしますね」と言うものだから、リーナはエーデルを探す事を忘れ、シュタインと一緒にクッキーを頂くことにする。




 「そう言えば、何か用があって来たんじゃ無いの?」




 しばらくクッキーを堪能していた時、シュタインは口の中に入っているクッキーを飲み込むと、思い出したかのようにリーナに問いかける。


 リーナはクッキーを口に運ぼうとした手を止めると「あっ……」と、談話室にやって来た目的を思い出す。



 シュタインに言われなければ、忘れたままクッキーを堪能し、部屋に戻る所だった。


 リーナはシュタインとアルバートに、談話室にやって来た目的である事を尋ねる。




 「エーデルに聞きたい事があるんだけど、どこにいるか知らない?」




 そう、リーナはエーデルにお茶会の相談をするために、談話室へとやって来たのだ。


 エーデルの部屋にエーデルはおらず、談話室に居ると思い来てみたものの、エーデルの姿はない。


 どこに行ったんだろ? と考えるリーナに、シュタインは「兄貴ならリヒト兄と一緒に練武場で、剣の手合わせをしてるよ」とクッキーを食べながら教えてくれる。




 「え? リヒトと……?」

 


 驚くリーナ。シュタインにアルバートは「シュタイン様。食べながら喋られてはいけません」と注意する。


 シュタインはクッキーを飲み込み「はーい」と、全く信用できない返事をする。


 そんなシュタインにリーナは「リヒトがうちに来てるの?」と聞き返すと、シュタインは頷き「練武場行く?」と言うので、リーナは反射的に頷いていた。




 「――お嬢様! 練武場に来られるなんて珍しいですね。何か用事ですか?」




 練武場では、騎士たちが剣の稽古に励んでおり、やって来たリーナに気づいた騎士団副団長のバルドゥールが、嬉しそうに話しかけて来る。


 ニコニコと笑みを浮かべる、リーナよりも二十センチは高いバルドゥールを見上げる。



 騎士たちは皆、背が高く、まだまだ成長過程のリーナは毎回見上げて話さなければならないのだが、その度に首が攣りそうになる。


 優しい騎士たちは、膝をつき話そうとしてくれるのだが、話がある度に膝をついてもらうのは申し訳ないので、騎士たちと話すときは少し距離を空けるようにしているのだが、やはりそれでも首は辛い。

 


 リーナは「グランべセル公子が来てるって聞いたから、挨拶しようと思って」と練武場へとやって来たわけを話すと、バルドゥールはなるほど、と頷く。


 そして、奥の方に視線をやると「グランベゼル公子なら、団長と今手合わせをしている最中ですよ」と教えてくれる。



 バルドゥールの言う通り、奥の方でリヒトと騎士団のラインハルトが剣を交えていた。


 リヒトはまだ16歳で、大人のラインハルトとは身長差や体格差もあるが、ヴァンディリアの騎士団長であるラインハルトに喰らい付いている。


 どころか、ラインハルトを押しているように思えた。



 流石は、ヴァンディリアと同じく、帝国の剣と呼ばれるグランベゼルの公子なだけある。


 近くまで行くも、リヒトはリーナに気づいていない。



 リヒトより先にリーナに気づいた、他の騎士たちが「お嬢様!」「おい、お嬢様だ。ちゃんとしろ」と騒つき出す。


 それに気づいた、真剣にリヒトとラインハルトの手合わせを見ていたエーデルが「リーナ?」と驚いている。



 リーナは普段、練武場へと来る事がないので、エーデルは「どうした? 何かあったか?」と問いかけて来る。



 リーナは首を横に振ると「エーデルに用があって、シュタインに聞いたらリヒトと練武場に居るって聞いたから、挨拶しにきたの」と答える。


 エーデルに用があってと言うリーナに、エーデルは「用? 戻る?」と言うので「後ででいいよ」とリーナは返す。




 「後ちょっとで終わるから。終わったら聞くよ」


 「うん、ありがとう」




 リーナはそう言うと、未だリーナが来た事に気づかず、リヒトとラインハルトは手合わせをしている。


 そんなリヒトを見てリーナは「リヒトがうちに来るなんて珍しいね」と言うと、エーデルは「いや、しょっちゅう来てるよ」と返す。



 その言葉に「え?」と驚くリーナ。


 聞き間違いだろうか。今、しょっちゅう来てるって聞こえたような。


 いや、聞き間違いじゃない。

 今確かにエーデルはしょっちゅう来てると言った。


 リーナが公爵家にやって来てから約7年。

 一度もリヒトとは屋敷内で会ったことがない。


 リーナは「本当に?」と聞くと、エーデルは「本当だよ。なぁ、シュタイン」とシュタインに話を振る。




 「来てるよ。最近もエミリアの誕生日パーティー前に来てたよ」




 そう平然と言うシュタインに、リーナは驚きを隠せない様子。


 エミリアの誕生日パーティーってつい最近じゃない! と、ずっと家に居たのにリヒトが来ていた事に全く気づかなかったリーナ。


 「知らなかった……」と呟くリーナに、エーデルは「まぁ知らなくても当然だよ。毎回、リヒトのやつ、お前に遠慮して練武場だけ寄って帰ってるからさ」と言う。




 「私に遠慮して……?」


 「……他所の人間がよく家に訪れたら、嫌だろうからって。きっと、お前があまり他所の人間に慣れてないから気を遣ってたんだと思う」




 リヒトがよく、公爵家にやって来ていた事も、自身のために気を遣ってくれていた事も知らなかった。


 彼の優しさが嬉しくも思い、また、そんなに気を遣わせていたとはと思うと、申し訳なくも思う。



 もしかして、回帰前のリヒトもよく、公爵邸に来ていたのかな……?


 そんな疑問が頭をよぎるも、もうそれは聞く事はできない。




 「お、終わったみたいだな」




 エーデルの言葉に顔をリヒトたちの方に向けると、手合わせを終えたらしく、リヒトとラインハルトは何かを話している。


 そして互いに頭を下げると、こちらに向かい歩いて来ようとする。




 「え……リーナ?」




 リヒトはリーナに気づくと、その綺麗な黄金色の瞳を大きく見開き、駆け寄って来る。


 そして、リーナの目の前まで来ると「驚いた……来てたの?」と驚きと嬉しさが混じったように言う。


 リーナは頷くと「今さっきね」と答え、リヒトは「そうだったんだ……あ、汗を拭かないと」と慌てて騎士からタオルを受け取り汗を拭く。



 そんなリヒトを見つめるリーナ。


 その時「あ! シュタイン様!」と呼ぶ声が聞こえて来る。



 その声を聞いた瞬間、シュタインの体は大きく動揺し固まる。


 そんなシュタインをどうしたのかと見ていると「シュタイン様。やっと来られましたか!」と呆れたような、怒ったような声が近づいて来る。



 声のした方を見ると、そこにはタオルを首に掛けたラインハルトがおり、険しい顔をシュタインに向けていた。


 だが、直ぐにリーナに気づくと凄く驚いたような表情を浮かべ「お、お嬢様……!」と言うと「来られていたのですね……申し訳ありません。大きな声を……」と慌てて謝る。


 そんなラインハルトを見て、リーナは、いつも騎士たちは気を遣ってくれるな、と思う。



 騎士たちは皆、背も高く、ガタイも良いので女性、それもまだ子どものリーナからすれば、圧を感じてしまう可能性があるので、騎士たちはリーナに対して圧なく接するよう心がけてくれていた。


 リーナが「大丈夫だよ」とラインハルトに返すと、安心した表情を浮かべ、直ぐにシュタインに「シュタイン様! 稽古をサボられてはいけません!」と先ほどよりも小さくなった声で言う。




 「また稽古をサボったのか」




 タオルを肩にかけ、頬を拭きながらシュタインの方を向き、リーナとエーデルの元に戻って来るリヒト。


 そんなリヒトにエーデルは「士官学校を首席で卒業したから、余裕こいているんだろ」と呆れている。




 「いくら優れていても、稽古をしなければ意味ないって言うのに」


 「まぁ、シュタインの事だから気が向いたらちゃんとするよ」




 「だと良いけど」とエーデルは言うと、リヒトを見て「上がって行くだろ?」と聞く。


 リヒトはチラッとリーナを見ると、リーナは頷く。




 「お邪魔しようかな」


 「なら、俺の服を貸すよ。汗かいたから着替えろよ」




 エーデルとリヒトに身長差はさほど無く、体格も二人とも鍛えているが、さほど差はないので、リヒトはエーデルの服を借りれるのだ。


 稽古があるシュタインは放って、リーナたちは屋敷内へと戻る。



 リヒトとエーデルとは、着替えるため一度別れ、リーナは一人、談話室にいた。


 お茶を飲み、二人が着替え終わるのを待っていると「あ、良い匂いがする」と言いながら、着替え終えたリヒトが談話室へとやって来る。


 リヒトはエーデルの服を着ており、やはり丁度良さそうだ。




 「喉が渇いたでしょ? お茶を淹れるね」




 机の上に置かれたティーポットを手に取ると、空のティーカップにお茶を注ぐ。


 その様子を見ていたリヒトは「リーナがお茶を淹れてくれるなんて、嬉しいな」と柔らかく笑う。




 「よく自分でお茶を淹れるの?」


 「うん。アルバートやエマたちみたいにまだ、上手く出来ないけど、感謝を伝えたい相手や、もてなしたい相手には自分で淹れたりするの」




 リーナは「どうぞ」と少し緊張気味にお茶をリヒトに差し出す。


 リヒトはお茶を一口飲むと、ふわっと柔らかい笑みを浮かべ「凄く美味しい。このお茶好きだな」と褒めてくれる。




 「そう言えば、エーデルは?」




 リヒトと一緒に着替えに行ったはずのエーデルが戻って来ないことに気づいたリーナ。


 


 「エーデルなら、シュタインの様子を見に行くって、練武場に行ったよ。直ぐ戻って来るとは言っていたけど」




 リヒトの話に、リーナは練武場から戻る時、シュタインが邸に戻るリーナたちについて行こうとし、ラインハルトに止められていたな……と思い出す。


 リーナが座っているソファーの、隣にある一人用のソファーに座り、お茶を飲むリヒト。



 お茶を飲む所作だけでも、とても品があり美しい。


 エーデルやシュタインもとても所作が綺麗だが、リヒトも負けず劣らず綺麗で、流石だ。


 そして、あのグランベゼル公子とこうして二人でゆっくりとお茶を頂くとは、夢にも思っていなかったなと思うのだった。



 それにしても、本当に綺麗な顔立ちをしているとリヒトを見て思うリーナ。


 そう言えば、回帰前、令嬢たちの間で良く話題に上がっていた事を思い出す。



 令嬢たちが騒ぐのも無理ないわね、なんて思いながらリヒトを見ていると目が合う。


 リヒトは軽く笑みを浮かべ首を傾げるのに対し、リーナはじっと顔を見ていた事への恥ずかしさから「そ、そう言えば……!」と話題を振る。




 「エミリアは元気にしている?」




 慌てた様子のリーナに、リヒトは「元気ですよ。元気が有り余りすぎているくらいだよ」と眉を下げ笑う。




 「最近は良く、リーナの話をしているよ。ずっと、リーナの事が気になっていたみたいだし、仲良くなれて嬉しいみたい」




 リヒトの話に、リーナは頬が赤くなる。


 リーナと違い、エミリアには友人が沢山いる。そんなエミリアが、自身と仲良くなれて嬉しいと思ってくれているのが、凄く嬉しかったのだ。


 リーナは「私も! ずっと女の子の友人が欲しかったから、凄く嬉しいの」と言うと、リヒトは「見てたら伝わって来るよ」と頷く。




 「でも、悔しいなぁ。リーナと最初に会ったのは俺なのに、エミリアの方が仲良くなるなんて」




 リヒトはそう言うと、リーナを真っ直ぐ見つめ「エミリアだけじゃなく、俺とも仲良くしてほしいな」と軽く笑みを浮かべる。


 あまりにも唐突な事に、リーナは冗談……? と思うも、あまりにも真っ直ぐに言うので、リーナは「も、もちろん」と頷く。


 リヒトは「ありがとう」と笑う。



 その時「ったく、シュタインの奴とことん逃げようとする」と呆れた様子のエーデルが、談話室へとやって来る。


 そんなエーデルに「よぉ、エーデル」と笑みを浮かべ、声をかけるリヒトに、どこか妙に黙り込んでいるリーナを見て、エーデルは「……何? どうかした?」と妙に感じる。



 だがリヒトもリーナも「何もないよ」と言うので、エーデルは不思議に思いながらも、リーナの前のソファーに腰を下ろす。




 「え、エーデルもお茶いる?」


 「あぁ、頼む」




 リーナは何処となく気まずく、リヒトの事を見れないので、お茶を淹れる事に集中する。




 「そう言えば、もう直ぐだな交流会」




 リーナがお茶を淹れている側で、エーデルがリヒトにそう話を振るのを聞いて、リーナは交流会? と思う。


 リヒトは「……そうだったな」とお茶を一口飲む。




 「今年は、公爵家(俺たち)意外の三家も参加するらしいね」


 「あー、そう言えば。面倒だな」




 エーデルとリヒトの話は何を言っているのか分からず、リーナは俺たち以外? 三家? と不思議に思いながらも、エーデルにお茶を差し出す。


 そして「交流会って何?」と尋ねると、そう言えばリーナは参加した事なかったなと、エーデルは頷く。




 「毎年皇帝陛下主催の、皇室、ヴァンディリア、グランべセル両公爵家が集まるちょっとした会みたいなものがあるんだ。今年は、丁度二週間後に予定されていて、いつもはその三家のみなんだけど、今年は二つの侯爵家と、辺境伯が参加する事になっているんだ」




 リヒトの話を聞き、リーナはそうだ、交流会……!と思い出す。


 回帰前、何度か参加した事があるその会は、リーナにとってはそこまで良い記憶がなく、思い出しただけでも胃が痛くなってしまう。



 そんな地獄の会がもう直ぐ行われようとしていたなんて……!



 そう頭を抱えたくなるリーナに、エーデルは「まぁ、ただのくだらない近況報告を永遠とする会だから、あまり気負う必要はないよ」と言う。



 平然としているエーデルに、リーナはそれはそうなんだけど! と思わず言い返したくなる。


 そう言う場が一番厄介なの! と心の中で猛烈に荒れるリーナ。



 落ち着くのよ。と、バレぬよう息を吐くと、避けては通れないから仕方ないと諦める。




 「その会にはエミリアも参加するから、何か困った事があれば、エミリアに聞くと良いよ。俺たちも側に入れたら良いんだけど、女性たちの会話に入るのは難しいから」




 そう眉を下げ笑みを浮かべるリヒトに、リーナはエミリアが居るならまだよかった……! とほっと胸を撫で下ろす。


 そんなリーナにエーデルが「しょうもない事をほざく者がいれば、俺が対処するから安心しろ」と言うも、リーナは、エミリアの誕生日パーティーの事を思い出し、安心できないと、一人でやるしかないと誓うのだった。




 「――そうだ! エーデルに聞きたい事があったんだけど……」




 アルバートが持ってきてくれたお茶菓子をお供に、話をしていた時、リーナはふと、エーデルに用があった事を思い出す。


 エーデルは「何?」とリーナに顔を傾ける。




 「実は、エミリアの誕生日パーティーがあった日から、凄く沢山お茶会の誘いを貰ってて、どのお茶会に行けば良いのか相談したくて」




 リーナがそう言うと、エーデルは「お茶会? 好きな会に行けば良いだろ?」と答える。


 そんなエーデルに、リーナは「令嬢たちのはそうなんだけど、中にはそうじゃないのもあって……」と言う。



 すると、先ほどまでの態度とは変わり、エーデルは「そうじゃない……? もしかして男も誘ってきてるのか?」と眉を顰める。




 「う、うん。きっと、公爵家の娘だから皆んな誘ってくれているんだろうけど、勝手に決めれないでしょ? 公爵様に聞きたかったんだけど、しばらく帰って来ないから」




 リーナがそう言うと、エーデルは「どれも参加しなくて良い」ときっぱりと言う。




 「え? でも……」


 「令嬢たちがいるお茶会だけでいい。他の者にはお茶会を開きたいのであれば、公爵家を通すように俺から言っておく」




 そう言って、お茶を飲むエーデル。


 そんなエーデルに、本当にそれでいいのかと不安になるリーナ。



 すると、ずっと話を聞いていたリヒトも「俺も、エーデルの言う通りでいいと思うよ。まだ、デビュタント前の令嬢を誘う男なんてろくな奴じゃないからね」と笑みを浮かべているも、何処か胡散臭く見える。



 回帰前は、デビュタント前にこうしてお茶会などに誘われる事がなかったため、本当に参加しなくて良いのか分からないが、とりあえずエーデルとリヒトが言う通りにしようとリーナは「分かった」と頷くのだった。

 

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