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公爵家の養女  作者: 透明
第一章 回帰
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再出発



 辺りは血に濡れて、遠くの方では激しい雷轟が鳴り響き、思わず鼻を塞いでしまいたくなる程の鉄の匂いが、鼻を刺激する。




 (エーデルとシュタインに会いたい……)



 

 体は激しい痛みに襲われ、指先から段々と力が抜けていくのが分かり、頭の中に思い浮かんだ〝死〟と言う言葉に、恐怖で怯える暇もなく、彼女のその珍しく美しい紫色の瞳から、光が消えて行ったのだった。







 「――ハッ!」




 遠くから鳥の囀りが聞こえてき、眩しい陽の光が、ベッドから見える大きな窓から差し込む中、彼女はまるで悪夢でも見たかのように、酷く怯えた表情を浮かべ、息を荒げながら、ベッドで寝ていた体を起こす。



 そして、未だ早く脈打つ心臓を落ち着かせる暇もなく、辺りを見渡しては、ある違和感に気づくのだった。




 「あ、れ……どうして、私の部屋にいるの……?」




 彼女の視界に映るのは、豪華絢爛な部屋の壁や、机に椅子。


 その部屋はよく見慣れた、彼女がつい昨日まで住んでいた部屋だった。




 (確かに私は、結婚式を挙げるため彼の邸宅へと馬車で向かっていたはず。その途中で馬車が襲われ、私は薄暗く冷たい場所に連れて行かれて……)




 そこまで思い出すと、彼女は痛く恐ろしい記憶に襲われては、体を震わせる。


 確かに彼女は、婚約者の邸宅へと向かう途中に、何者かにより馬車が襲われ、そのまま何処かへ連れて行かれ、助けを乞う言葉も届かぬまま、無惨に殺されてしまった。



 はずだったのだが何故か、もうここには戻って来ることはないと、強く誓った彼女の部屋へと戻って来ていたのだった。




 〝世界一の美女〟〝帝国一の魔性の女〟〝ヴァンディリアに咲く一輪の白薔薇〟



 それらは全て、彼女、リーナ・フォン・ヴァンディリアを見た人々が、口にした言葉。


 帝国の剣と呼ばれるヴァンディリア公爵家の、公女であるリーナは、白みがかった美しい金色の髪に、世にも珍しいキラキラと輝く紫色の瞳を持ち、女神をも思わず見惚れてしまう程、美しい顔立ちをしている。



 そんなリーナは、元々、貧しい家の出で、母と父を幼い頃に亡くし、一人になった時、父の親友であるヴァンディリア公爵が、リーナを迎え入れそのまま公爵家の養子となったのだ。


 

 だが、公爵家には上手く馴染めず、公爵が亡くなり公爵家の長男が当主となってからも、馴染める事はなく、肩身の狭い思いをしていた。


 だがそんな生活も、たまたまパーティーで出会った伯爵家の男性と、もう直ぐ結婚する事で終わるはずだった。




 リーナは何かがおかしいと、自身の手を見る。


 すると、18歳にしてはかなり小さな手を見て、その嫌な予感が当たっていると確信する。




 (出て行ったはずの家に戻って来ただけではなく、体が小さくなってる……。もしかして私、過去に戻って来ているんじゃ……!)




 その可能性に気付いた時だった。


 コンコンッと、扉を叩く音がしたかと思えば「お嬢様、エマでございます。朝の身支度に参りました」と女性の声が聞こえて来る。




 (――エマ! 最高のタイミングだわ!)




 リーナは「入って」と直ぐさま返すと、扉が開き、メイド服を着た若い女性が部屋に入って来ると「おはようございます、よくお眠りになられましたか?」と優しい声で尋ねて来る。


 そんな彼女にリーナは「ねぇエマ。私って今、何歳だっけ?」と問いかけるのだった。




 いきなり、リーナに年齢を聞かれたエマと言う女性は、パチパチと瞬きをしては、驚いた表情を浮かべている。




 (エマの反応は当然よね。朝起きていきなり、自分の年齢を聞くなんて、ボケたのかと思うもの……)




 それでもリーナは、自身の置かれた状況を把握するために、例えメイドにボケたのかと勘違いされようが、尋ねるしかなかったのだ。


 エマと言う女性は「もう直ぐ14歳でございますよ」と不思議そうにしながらも、年齢を答えてくれる。




 (って事は13歳……やっぱり、五年前に戻って来ているんだわ……!)




 自身の年齢を聞いたことにより、過去に戻って来ていると確信したリーナは「ありがとう。大人になる夢を見て、混乱していたみたい」と笑みを浮かべる。




 「大人になる夢ですか? きっとお嬢様は、素敵なレディーになられていたのでしょう」




 そう、ふふッと微笑ましそうに笑うエマに、リーナは「……えぇ、とても」と、血に濡れた地面を思い出しては、震える手を押さえ、笑みを浮かべるのだった。




 (それにしても、どうして過去に戻ってきてしまったんだろう?)




 エマに髪を梳かしてもらいながら、うーんと、回帰して来た理由を考えるリーナ。


 だが、何故回帰して来たのかも、何故それが13歳の時なのかも分からない。



 いくら頭を悩ませても分からず、難しい表情を浮かべているリーナは、ふと鏡に映る自身を見てはエマに尋ねるのだった。




 「……今日は何か特別な事があるっけ?」




 普通に朝食を摂りに行くだけだというのに、髪は綺麗に三つ編みにし、片方に流されてあり、いつもより気合が入っているのが目に見てわかる。




 (いつもは、髪を櫛で梳かすだけで終わるのに……)




 不思議に思っているリーナに、エマは「お忘れになられたのですか? お嬢様。今日は、シュタイン様が帰って来られる日ではありませんか!」と嬉しそうに答える。


 そんなエマとは対照的に、リーナは「シュタインが帰って来る……?」と訳がわからないと言った表情を浮かべる。




 (シュタインが帰って来る? シュタインが……帰って来る!?)




 やっと言葉の意味を理解したのか、リーナは(そっか。私が13歳ってことはシュタインも13歳。ってことはシュタインが士官学校から帰って来るんだわ……!)と嬉しそうにする。




 ヴァンディリア公爵家には、リーナの他に2人の子どもがいる。


 そのうちの一人、弟のシュタインが今日、三年間の士官学校生活を終え、帰って来るのだ。



 そのため、今日は久しぶりに家族全員が揃う事となっており、豪華な食事が沢山用意される事となっている。


 


 (そっか。私が過去に戻って来たってことは、他の人たちも過去に戻ってると言うこと。)


 (会えるんだ。もう一度二人に……!)




 リーナと二人の兄妹仲は決して良いと言えるものではなかった。


 いや、むしろ最悪なものだった。



 初めてリーナが公爵家にやって来た時から、リーナが家を出るその日まで、兄の方はリーナとは全く口を聞かず、弟の方は暇さえあればリーナに嫌がらせをして来た。


 そんな二人の事が、リーナはずっと苦手だった。



 別の意味もあったけれど、そこまで好きではない相手と結婚を急いだのも、早く公爵家から出ていきたかったから。



 けれど、そんな二人でも一応は義兄妹として、家族として公爵邸で過ごしたため、それなりに情が移っていたのか、死に間際、思い浮かんだのは苦手なはずの義兄弟二人の顔だった。




 (もしかしたら、亡くなる前に二人に会いたいって願ったから、過去に戻って来たのかしら?)


 (もしそうなら、今度は二人と仲良くまでは行かないけど、前よりいい関係になれる事ができるんじゃ……?)




 リーナはそう考えては、嬉しそうにニコニコと笑みを浮かべるので、エマもつられて「お嬢様が幸せそうに笑っていらっしゃる……!」と嬉しそうに笑みを浮かべる。




 (二人とそれなりに良い関係を築ければ、好きでもない相手と結婚を急ぐ必要もないしね! それで今度こそは好きな相手と絶対結婚して、幸せに暮らすんだから……!)


 


 何故、過去に戻って来たのかは分からないが、リーナは前世では叶わなかった夢を叶えるため、再びリーナ・フォン・ヴァンディリアとして生きられるこのチャンスを、目いっぱい活かそうと心に決めたのだった。

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