天のへび
はじめに降ってきたものは、塩水でした。雨に塩気が混じってしまうのです。それから、魚とよくわからない草が降ってきました。お百姓さんはとても、とても困りました。なにせ、塩水が降ってくるのでは、育つものも育たないのですから。
困りに困ったお百姓さんたちは、領主お抱えの博士に相談することにしました。博士は大よろこびで言いました。「それは天の海に穴が開いているのだ」と。大よろこびだったのは、天の海に穴が開くなど、前代未聞のことだったからです。博士はそのことでなにやら難しい本を書いて、えらい人たちの間で評判になりました。
お百姓さんは博士に聞きました。「それで、おれたちはどうすればいいんですかい」と。博士はなにやら難しいことをぶつぶつと呟いては、石板に何かを書いては消し、書いては消して、そして、自分の小部屋へと姿を消しました。しばらくして、博士はなにやら怪しい粉を持ってきて、お百姓さんに言いました。「これを撒けば、塩水でも作物が育つようになる」と。
しばらくの間は、お百姓さんも安心でした。けれども、粉が尽きると、やはり食べ物が育たなくなりました。お百姓さんは博士のもとにまた向かいました。しかし、博士は本を書くのに忙しい、とお百姓さんたちの話を聞いてくれませんでした。
困ったお百姓さんたちは、今度は司祭様のところへと向かいました。司祭さんは言いました。「それはお前たちが悪いことをしているからだ」と。司祭様の勧めに従って、お百姓さんたちは断食をしました(もっとも、みなすでに断食同然のありさまでしたが)。するとどうでしょう、塩水の雨ではなく、普通の雨が降ったのです。お百姓さんたちは喜びいさんで、少なくなった食料でパーティーを開きました。すると、塩水の雨が降りました。やれやれ、これでは意味がありません。
困りに困ったお百姓さんたちは、村はずれのおばあさんのもとを訪れました。みな、このおばあさんのことを恐れていました。なんせ、人ぎらいで、夜な夜な人をとって食うといううわさすらあるような、そんなおばあさんだったのです。
おばあさんは言いました。「そういうことは博士に聞いてみな」と。お百姓さんは言いました。「博士にはもう聞きました」と。おばあさんは言いました。「そういうことは司祭に聞いてみな」と。お百姓さんは言いました。「司祭様にはもう聞きました」と。おばあさんは「やれやれ、どいつもこいつも役立たずだ」と言って、旅のしたくを始めました。どこへいくのですか、とお百姓さんが聞くと、おばあさんはだまって天を指差しました。
おばあさんは言いました。「天の蛇が悪さをして、天に穴が開いている」と。そして、言いました。「私は天の蛇をこらしめに行く」と。
はじめに降ってきたものは、血でした。雨に血が混じっていました。それから、鱗とよくわからないぶよぶよしたものが降ってきました。そして、雨が降ってきました。今度は、混じりっけなしの雨です。お百姓さんはとても、とても喜びました。そして、いつのまにか帰ってきていたおばあさんの家で、パーティーを開きました。




