男は魔女に求婚する
使い魔少年アルト=ハルメリアは、
女主人とその親友と共に、お茶会の
誘いを受けて城下町に来ていた。
いきなり命を狙われたため、三人で逃げてきたので
、もうへとへとだった。
「スピカさん、平気ですか?」
「ん、だい、じょう、ぶ」
あきらかに大丈夫ではなかった。
彼女、スピカ=ルーンの顔はひどく真っ青で、
まるで病気にでもなったかのようだった。
実は、彼女は人を殺したらしいのだ。
その敵を討ちに来たのが、スピカが殺した
男の妹らしい。アルトには彼女の事情は分からなかった。
ただ分かるのは、スピカが人を殺したことで自身をも
傷ついている、ということだけだった。
「スピカ、もう今日は帰る? どうする?」
彼女の親友、リイラ=コルラッジがスピカに聞いた。
スピカは黙って首を振り、かなり無理をして笑う。
アルトは何か言いかけたが、ギラリと睨まれて
は黙るしかなかった。
「行こう」
三人が歩き出した、その時だった。
どん!と一人の男が彼女にぶつかってきた。
スピカはバランスを崩しそうになり、
リイラに支えられた。
「ぼけっとしてんじゃねえよ!
邪魔だ。邪魔!!」
「そっちからぶつかってきたんでしょう!?」
リイラが男を怒鳴りつけた。スピカは何も言わず、
男を無言で睨むように見やる。
男と目が合い、男の顔がみるみるうちに赤く染まった。
「お譲ちゃん、かわいいな。そのかわいさに免じて
許してやらないこともないぜ」
「そりゃあどうも」
無愛想にスピカが言い返す。リイラはまだ腹を立てていて、
何よ、偉そうに!と小声で毒づいた。
「名前はなんて言うんだ? 俺はエトワール・クロウ・リルアラ。
リルアラ子爵だよ」
「スピカ=ルーン……」
「スピカか……。お前、俺と結婚しないか?」
スピカが口をOの形にしたまま固まった。
リイラがいきなり何言うのよ!!と怒鳴る。
そしてアルトは、むうっと頬を膨らませ、
男とスピカの間に割って入った。
「ちょっと! 僕の主をくどくの、
やめていただけませんか!?」
男はムッとしたらしく、アルトの胸倉を掴み、いきなり
殴りつけた。アルトが吹き飛び、その場に叩きつけられる。
「俺になれなれしく口をきいてんじゃねえよ、
使用人ふぜいが!!」
カッとスピカの紅い目が怒りで燃え上がった。
冷たく、しかし熱い炎が、彼女の中で渦巻いていた。
彼女の怒りに呼応するように、鋭い雷がスピカの
周囲で鳴り続けていた。髪飾りとゴムが彼女の髪からはじけ飛び、
ばさり、と白い髪が逆立った。
「私の所有物を殴っていいのは、私だけよ」
バキッという鈍い音とともに、今度は男が殴られた。
端正な顔に小さなこぶしが綺麗にめりこみ、
男はかなり遠くまで飛ばされた。アルトたちが目を丸くしている。
スピカは何事もなかったかのように、ゴムと髪飾りをつけ直し、
二人に目を移した。
「二人とも、行こう」
「あの、い、いいんですか、あの人……」
「どうでもいい」
その目にはまだ冷めぬ怒りがあり、二人は息を呑んだ。
別に同情する理由もないし、スピカをこれ以上怒らせる
のも怖いので、彼らは歩き出した。
十分ほど歩き、スピカたちはモラン城へとやってきた。
雪のように真っ白な、うつくしい建築物である。
衛兵は、三人を見るなり笑顔になり、姫様がお待ちです、
と満面の笑みで言った。城の人間には、恐れられては
いないようだ。アルトは少しホッとした。
「よくいらっしゃいました!!」
城内に入ると、すぐにメイドがやってきて、彼女たち
を案内してくれた。レティづきの腹心のメイドらしい。
高価な造りの戸をたたき、中に入ると、幼い少女が
いきなり抱きついてきた。
「スピカ~。会いたかったよ!!」
「私も。レティ」
そこで、スピカはようやく本心からの笑みを向けた。
「この子がスピカの使い魔!?」
「そう」
レティは目をきらきらさせてアルトに質問を投げつけ、
のべつもなしにペラペラとしゃべりまくり、アルトを
閉口させた。メイドの少女が止める。
「姫、迷惑ですわよ」
「アカネは口うるさいの!!」
「姫のために言っているのです!!」
メイドの少女は、東洋人らしかった。珍しいまっすぐな
黒髪はとても美しく、腰のあたりまで垂れ落ちていた。
肌はどこか黄色みががっている。
きれいな少女だった。
アカネというらしき少女は、そつのないメイドだった。
てきぱきとお茶の用意をし、すぐに下がる。
白いティーテーブルには、お茶を楽しむための準備が
しっかりと並べられてた。
バラの模様の陶器のティーセットに、銀製の三段のケーキスタンド。
マカロンの盛られた皿。ケーキの大皿。
スタンドの上には、サンドウィッチ、スコーンや
ショートブレッド、ケーキがたくさん並べられていた。
メイドが行ってしまったので、変わりにアルトが
リーフティーをカップに注いでいく。
良い香りが部屋中に立ち込めた。
今日のお茶は、甘めのミルクティーだった。
「何を取りますか、レティーシャさま」
アルトがトングを手にして言うと、
レティは頬をふくらませて言い返した。
「レティって呼んでよ」
「え、駄目ですよ、姫様ですから」
「アルトはスピカの使い魔でしょう!?
スピカはレティって呼んでるんだから、
アルトもレティって言わなきゃダメなの!!」
二人が言い合いしている中、スピカたちは
すでに勝手にお茶会を開始していた。
スピカはチョコレートケーキ、リイラは
キュウリのサンドウィッチをチョイスして食べている。
「ああっ!! 何二人だけで食べてるんですか、
スピカさん!! リイラさん!!」
「ずる~い!! 二人とも!!」
「てゆーか、スピカさん食べるの早っ!!
小食なのに食べるの早っ!!」
「早くしないとなくなるわよ」
どんどんとケーキやスイーツが無くなっていく。
アルトは唖然とし、レティは涙目になった。
「スピカ、ちょっとは遠慮してよおっ!! アカネ!!
ケーキとスイーツ追加!!」
「了解です、姫」
彼らのお茶会は、結局お茶の時間を大幅に超えるまで続いた。
「レティ、また誘ってね」
リイラが笑顔で手を振った。が、スピカはじいっとレティを見ている。
「どうしたの、スピカ?」
「レティ? 言っておくが、これは私の使い魔だからね」
「どういうこと?」
訳がわからない様子のレティ。リイラがあきれ顔になった。
「あんた、何八歳の子に嫉妬してるのよ」
「ヤキモチじゃないっていってるだろ!!」
「どう見てもヤキモチよ!!」
「全然ち・が・う!!」
ぎゃあぎゃあと言い合いながら二人はほうきに飛び乗った。
アルトもため息をつきつつ乗る。
着いてからも、二人はまだケンカしていた。
「じゃあ、私、帰るから。アルトと仲良くね」
「しばらく来るな!! リイラっ!!」
「言われなくても来ないわよ。アルトがいるしね!!」
そこからはもう言語にもなっていなかった。
わめきたてるスピカを置いて、リイラは帰っていく。
アルトも洗濯物の様子を見るため、一時彼女から離れた。
「あ~。まだかわいてないな」
サクッと木の葉を踏む音に気付き、アルトは振り向いた。
そこにいたのは、昼間の、スピカにいきなり求婚した男だった。
「どうして、ここにいるんです!? まさか、僕たちのこと
つけていたんですか」
アルトは鼻白み、男を睨みつけた。はっ、と男が鼻で笑う。
「そんな不遜なことするかよ。金があれば、スピカ=ルーン
の居場所を吐く奴らなんて、数多くいるんでな」
「そっちの方が不遜ですよ!! スピカには近づかないで
ください!! 彼女は僕の主です!!」
「安心しな。今用があるのは、お前だけだ!!」
「あぐっ!!」
再び殴られ、アルトは即席の物干し台に頭を強打した。
口が切れ、げほげほと血を吐く。
男は容赦なくアルトを蹴りつけた。彼が小さく悲鳴を上げる。
「調子にのってんじゃねえぞ!! この下級貴族が!!
上級貴族の俺様によお!!」
ざあっと雨が降り出した。つめたい雨が二人に降り注ぐ。
アルトは洗濯物が、とこの場に場違いなことを考えたが、
今は動ける状態ではなかった。
「私の所有物を殴っていいのは、
私だけって言わなかった?」
そこに、氷のように冷たい声が飛んだ。
男は罰が悪かったらしく、慌ててアルトから足をどける。
だが、スピカの怒りはおさまらなかった。
「私、バカと愚かなやつは嫌いなんだよね。
両方該当するお前は、殺してやる!!」
ザクッとかまいたちが男の足を切り裂いた。
否、生地が厚かったため、服のみを切り裂いた。
「ひ、ひいっ……ゆ、許してくれ!!」
「だーめ。ぜったいに、ゆるしてなんかあげない」
「スピカさん! 駄目ッ!!」
アルトがスピカの足にしがみついた。さすがに彼を
蹴り飛ばす訳にはいかず、スピカが止まる。
「なぜ、邪魔をする!」
「あんなやつのために、スピカさんが、
きずつか、ないで……」
アルトはそのまま気を失った。キッとスピカが男を睨む。
「アルトに感謝するんだな。見逃してやる」
スピカは男を置いて、抱き上げたアルトとともに
館へと帰って行った。
一週間後。
「スピカ=ルーン!! この前はすまなかった!!
謝る!! そいつには優しくする!!
だから俺と結婚してくー」
「黙れ、下種が!!」
「ぐふぉあ!!」
スピカの館には、あの男の姿があった。
彼女のパンチがヒットし、敷石に頭をぶつける。
どうやら、あきらめる気はないようだ。
アルトは思わず、殺すのを止めるんじゃなかった、
と黒いことを考えてしまうのだった。
別名、アルトにライバルを作るの巻きが完成しました。
彼にはまだまだ強くなってほしいので、
こういう形で試練をしかけていきたいと思います。