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魔女と使い魔のバタバタな日々  作者: ルナ
命を狙われる魔女
4/39

少女は魔女を憎悪する

 使い魔少年、アルト=ハルメリアの朝は、マスター

である、スピカ=ルーンを起こすことから始まる。

 スピカはひどく寝起きが悪い。部屋の戸を叩いても起きない。

大声を出しても起きない。ゆすっても、薄目を開け、また寝てしまう。

そんな彼女を起こすことは不可能かと思われたが、

彼には秘策があった。

 朝早く起きて焼いた、まだほかほかのチョコレートの蒸しパンの

皿を持っていくと、ぱちり、と彼女は覚醒した。

 寝ぼけ眼が彼の眼を捕える。アルトは赤くなった。かわいい。

「誰……? あー、アルトか。おはよう、アルト」

「あっ! ちょっと待ってください。そのまま起きたら

あぶなーー!!」

 少し高く作られた寝台から、スピカの体が落下した。

 ギョッとなるアルト。が、彼が受け止めようと近づく前に、

スピカは謎の呪文を唱えて宙に浮いていた。

「私が魔女だってこと、わすれていた?」

 にっこりと微笑まれ、アルトは脱力した。


 草木染めの黒いローブに着替えたスピカは、もぐもぐと

蒸しパンを頬ぼっていた。いつものツインテールに結われた

白い髪には、やはり今日も星の髪飾りがきらめいていた。

「スピカさん、ちゃんとミルクも飲んでくださいよ! 

蒸しパンをのどにつまらせますよ!! サラダもスープも残しちゃ

駄目ですからね!!」

 アルトの声が飛ぶと、スピカはうっとうしそうに眼をすがめた。

 彼女はあまり指図されるのが好きではない。

「うるさい奴が一人増えた」

 それでも、砂糖をたっぷり入れたミルクを飲み、ポテトサラダと

野菜スープをたいらげた。目を見開き、味を楽しむ。

 アルトは日々家事の腕の才能を開花させていた。

料理も昨日より上手くなっている。

 少し汚れていた館も、つるつるピカピカに磨かれていて、起きぬけの

目にはすこし眩しい。たまっていた洗濯物が、ひらひらと外ではためいていた。

この子にしてよかったかもしれない。

 スピカは口には出さないものの、そう思い始めていた。


「今日出かけるから」

「はい?」

 食事を終えた後、いきなりスピカはそう言った。

 すっかり目が覚めたらしく、魔術で取り寄せた草の選別を開始している。

 これは彼女の日課だった。薬を頼まれる依頼は多いので、お得意さんの

はいくつか用意するのだ。

 ごりごりと草をすりつぶし始めたスピカに、アルトは驚いて聞いた。

 スピカは聞こえなかった?、と首をかしげた。

「き、聞こえてます。聞こえてますけど、いきなりどうしたんですか? 

 何かありました?」

 スッと白い手が差し出された。アルトの手も白いが、それ以上に、まるで

日の光など浴びたことがないような、病的な白さだった。

 そこにはピンク色のかわいらしい封筒があった。

紙はかなり上等で、王家の紋がおしてある。

「レティがお茶会をするって。リイラも行くらしいから、

君もよかったら、どう?」

「行きます!! ……あの、でも、それ、モラン王家の

紋章です、よね? レティってまさか……」

 さすがに貴族の息子なので、紋章を見たことがあるのだろう。

 こくり、とスピカは頷いた。

「そう。レティーシャ・エルト・モラン。モラン王家の姫」

 言った後で、あ、とスピカが叫んだ。

 同時に、紅い目でじろりと睨んでくる。

 薬草をすりつぶしすぎたらしく、緑色の液体と化していた。

「君が話かけるから」

「僕のせいなんですか!?」

 怖い顔で睨まれ、アルトは泣きそうになった。

 あきらかに自業自得の結果なのだが、スピカは責任転嫁していた。

舌打ちしつつ呪文を唱えて薬草を元の状態に戻す。

「元に戻せるんじゃないですか!」

「これは疲れるからあまりやりたくないんだ。なにより、

また最初からやるのがめんどくさい。あーあ、君のせいだ」

「ひどいですよ、その言い方!!」

「使い魔は黙ってて」

 カッとアルトが怒りで赤くなった。

「使い魔にも人権いや、使い魔権をください!!」

「何それ」

 くっ、と魔女は笑みをこぼした。ムッとなりながらも、

あまりにかわいらしいのでアルトはうつむいた。

 と、次の瞬間。

ドンドンドン!と戸を叩く音がした。

「ちょっと! 誰もいないの~!!」

「リイラ」

 スピカはすぐに戸を開けた。彼女の親友、リイラ=コルラッジは、

にっこりと大人びた笑みであいさつした。

「ひさしぶりね、スピカ。今までこれなくてごめんね」

「ううん、いいよ。おばあさんは元気?」

「うん! スピカの薬がよくきくのよ!! ……あ、

この子が使い魔君?」

「アルト=ハルメリアです」

 ぺこり、とアルトは頭を下げた。リイラが自己紹介をする。

「リイラ=コルラッジよ。スピカとはおさななじみなの。

よろしくね、アルト」

「あ、はい、こちらこそ」

 こちらを見ていたハズのスピカの目が、

何故か嫌そうにすがめられた。さっきまでご機嫌だったのに。

 アルトはきょとん、となった。

「スピカさん、どうしました?」

 スピカはアルトとリイラの間に入ると、キッと彼女を睨んだ。

「リイラ。これは、私の使い魔だぞ」

 私の、を強く強調しながらスピカは言った。はたから見れば、

嫉妬をしているようにも見える。

「別に、所有権を主張しなくても取らないわよ? 

あ、ひょっとして、スピカ、ヤキモチ?」

「違う!!」

 ヤキモチと聞いてアルトはかなり期待したが、違う!と

叫ばれて落ち込んだ。そうだよね、違うよね、

とぶつぶつ呟きながら。

 うつむいていたので、彼は気づいていなかった。

魔女の耳が微かに赤く染まっているのに。


 すっかり無口になったスピカの、古びたほうきに飛び乗り、

彼らは王都シュザリアへとやってきた。住民街を通ると石

を投げられるというので、遠回りして商店街へと行く。

 そこで魔女は機嫌を直した。

 万人受けしがたいような、ぶきみなぬいぐるみや、

奇妙な形の宝飾品を次々と見ていく。

「本当に趣味が悪いんだから」

 リイラのグチを聞き流し、商品を一つ手に取った、

その時だった。

「魔女、スピカ=ルーン、覚悟っ!!」

 凛とした少女の声と共に、いきなりの白刃が彼女を襲った。

スピカがよけると、舌打ちと共にたくさんのナイフが投げられる。

 魔女は全てをよけきり、さらに少女の手の中にあるナイフ

を全部たたき落とした。

 魔女に抑えつけられ、少女はじたばたと暴れた。

「兄の敵! 今こそ殺してやる!!」

 スピカの力が緩んだ。そのすきを逃さず、上手く抜け出した

少女は、エメラルドのはめられた高価そうな短剣を構え、

憎々しげに叫んだ。

「絶対に許さないんだから!!」

「君の兄は、悪徳高利貸しで、多くのものに恨まれていた。

だから殺しただけだ」

「確かに……」

 少女は今にも泣きそうに顔をゆがめた。

「兄はあくどいこともしていた! でも、あたしには優しかった!! 

むしけらみたいに、殺されていい訳がなかった!!」

 スピカの体が小さく震えた。その顔が悲しみに染まったのを、

アルトは見逃さなかった。が、それを上手く打ち消し、彼女は少女を睨む。

 ギラリ、と紅い目が怪しく光った。

「ならば、兄と同じ所へ送ってやろう」

「スピカ!!」

「駄目!!」

 手のひらから雷の玉を取り出した彼女は、思いがけず大きな声で

怒鳴られ、目を見開いた。彼女の名を呼んで、止めようとしていた

リイラも同様である。

「これ以上、傷つかないでください。あなたは、人を殺すたびに

自分も傷ついているのでしょう!? もう、やめてください」

 スピカの顔が少女と同じになった。底知れない悲しみが、彼女の

心を支配していた。ふっ、と玉も消滅した。

「逃げましょう、スピカさん!! リイラさん!!」

 スピカの手を取り、アルトが駆け出した。リイラが後を追う。

 少女は咆哮ほうこうするように叫んだ。

「逃げるのか、卑怯者!! あたしは、絶対にあきらめないからな!!」


 スピカが初めて殺した相手は、自分の父と母だった。

 悪魔と取引をした後、教会の神父とその妻は、

娘を化け物よばわりし、殺そうとした。スピカは、恐怖した。

今まで自分を愛してくれていた相手が、武器を持って襲い

かかってきたのだ。スピカは頭が真っ白になり、本能が

告げるまま両親を、変化させた爪で引き裂いた。

 生きていた人間を、ただの肉塊に変えた。

 気づいた時、スピカは血の海で倒れこんでいた。

肉塊を胸に抱いたまま。変化してしまった紅い目で、

リイラの姿を茫然として見ていた。

 その後、彼女は一時期心をなくしたかのように、

人を殺しまくっていたのだった。命乞いも、涙も、

彼女の心を溶かすことはなかった。

 その中の一人が、あの少女の兄だった。

 人は私を悪魔的というが、本当は違う。

 私は夜叉なのだ。いきていてもしょうがないのだ。

 そう思っていた彼女を救ったのは、

魔法の全てを教えてくれた師匠だった。

 スピカは人を殺すのをやめた。森に館を建て、

そこにひきこもった。レティとリイラだけが、彼女を

恐怖の対象として見なかったことから、二人と

仲良くなった。が、人を殺さないということが

免罪符になる訳はない。憎しみは消えることはない。

 もう、殺した相手は還ってなど来ないのだ。

途中からすごく重い話になってしまいました。

次回はあまり重くならないように

気をつけたいと思います。

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