魔女達は暗殺者の少女の事を考える
スピカ=ルーンは雪のような髪を
今日は結わずに垂らしていた。星の
髪飾りは手にしっかりと握られている。
その紅い目は潤んでいて元気がない。
しかし、それはスピカだけではなかった。
アルト=ハルメリアも青い瞳に涙をためて
いて金の髪はどこかくたっと萎れている。
ディオナ=コーラルがいなくなった。
その事実は、魔女と使い魔に多大な悲しみを
与え続けていた。いつも会う度にスピカを
殺そうと狙ってきた暗殺者の少女。
しかし、一度スピカは彼女に助けられて
いるのだった。関係の修復が出来るかもしれない、
とも思った。だけど、彼女は永遠に会えぬ場所へと
消えてしまった。突然魔術か何かで開いた空間に落ちて
しまったのだ。生死は不明だが、スピカには生きている
可能性が低いことがよくわかっていた。
「スピカ……」
「いつまでも悲しんでいちゃいけないのは分かってる。
だけど、涙が止まらないの……」
ついに目から真珠のような雫をこぼしたスピカのか細い
肩をアルトが抱き寄せた。どうしてこんなことになって
しまったんだろう。悲しみの渦は決して消えてなくならない。
どうしたら悲しみの種は消えてくれるのだろう、とアルトは
一難去ってまた一難な日々に思いをはせるのだった――。
ブルネットの長い髪をなびかせながらリイラ=コルラッジは
ため息をついていた。場所は『占い喫茶・カッサンドラ』の室内
である。いつもは最新流行の形に編み込んでオシャレなリボンまで
つけているのだが、そんな心の余裕もなくて今はただ下ろしたまま
の髪型になっている。食欲はなかったが、職業婦人として食べなけれ
ばもたないので味のしないカスタードクリームの詰まったシュー生地を
少しずつ食べながらミルクティーを飲んでいた。
と、その隣に勝手に何者かが腰掛ける。ずうずうしい奴だと睨みつけよう
とした彼女は、目を大きく見開いて固まってしまった。
エトワール・クロウ・リルアラだったのである。彼はここの常連で、店主の
メリッサ=ウォーカーとも仲がいいのだった。彼女の義理の息子とも仲がいい
ため居着かない息子の代わりによく来るのだという。
「エトワール……!!」
上ずった声になってしまったリイラはハッと口元を押さえると何でもないような
顔を装った。彼氏と別れてから、妙に彼を意識してしまう。最初は大嫌いな奴だったが、
最近はスピカやアルトとも仲がいいようだし、何かと気を使ってくれるし、何より、リイラ
は命の危機から脱した時彼になぐさめられているのだった。何故か彼が気になる。
彼は、自分の事など「スピカの親友」程度にしか見ていないと思うけれど。
「砂の味って顔だな」
「えっ!? ……ごめん、おいしいんだけど食欲なくて」
「別に俺に謝らなくてもいいさ。誰だって食欲ない時はあるし」
そういう彼の手元にはコーヒーの入ったカップだけが持たれていた。
お菓子の載った皿はない。彼も食欲がない人の一人なのだろう。
「ディオナって子の事、気にしてるのか?」
「……ええ」
ディオナの事をリイラはよく知らない。スピカを狙う暗殺者という程度にしか認識が
ない。スピカが助けてくれたこともあると言っていたけれどあんまり信用していない。
ただ、目の前で消えられたのでどこか後味が悪い。
「あのさ……」
「何?」
エトワールが何か言いかけた。リイラはドキドキと勝手に高鳴る胸を抑えるように
しながら話を聞く。だが、話の続きを聞くことはリイラにはできなかった。
後ろからメリッサがエトワールの頭を小突いたからである。
「……ていっ!!」
「いてっ!! な、何すんだよメリッサ!!」
「ケーキ屋に来てコーヒーだけ注文するなんて、あんたそれでも常連客なの!?
ちゃんとケーキも食べなさいよケーキも!!」
「甘ったるいのあんまり好きじゃないの知ってるだろ……」
会話を邪魔されたエトワールはうんざりしたような気持ちでため息をついた。
メリッサには悪気はなかったらしく首をかしげている。さらにエトワールが文句を言い、
メリッサが言い返してぎゃんぎゃんと言い合いが始まる。
悲しんでいる暇もないようなやりとりに、リイラは少しだけ笑うと食欲が少し出てきた
のでシュークリームを一口食べた。さっきとは違う、極上の味がした――。
レティーシャ・エルト・モランは、いつものお茶会もせずに部屋に引きこもっていた。
亜麻色の髪はきっちりとお団子型に結われていたのだが、レティがベッドで寝転んで
いるのですでにほどけかかっていた。かわいらしいドレスにもしわができている。
レティはリイラやスピカと違い、いなくなったディオナに一度も会ったことがない。
しかし、スピカ達の悲しみが伝線してしまったかのようにここ数日無気力で
過ごしていた。東洋人のメイドであるアカネが心配そうに声をかけても上の空
である。もちろん食欲などなく、部屋に運ばれた食事もつまむ程度に減っている
だけだったので、そんなに食事をしていないのは明らかだった。陶器の水差しに入って
いた水だけは減っていたけれど。
「レティ様、まだ気にしておられるのですか?」
「アカネ……うん」
アカネは空になった水差しを変えながら小さな主を見つめていた。レティは返事をしながら
少しだけ起き上がる。レティの差し出したクリスタルのコップを受け取って口をつけた。
飲みやすいようにか砂糖の入った水である。
「スピカ達が、気になるの。あたしに、何かできることないのかな」
「レティ様が、いつものようにしている事をなさってはどうですか? 皆さんを招いて
お茶会をするんです。喜ばれますよ皆さん」
「うん!! スピカ達も元気になるかもしれないしやってみる!!」
レティの笑顔が太陽のように眩しく輝いた――。
ディオナの事で落ち込む少女達をなぐさめる男たち
(+メイドのアカネ)のお話です。アカネはかなりの
間出ていなかったので本当に久しぶりの登場ですね。
次回はほのぼのお茶会の開始です。
次回もよろしくお願いします。