魔女は葛藤する
スピカ=ルーンは走っていた。
腕には奇妙な動物を抱いている。
何かに追われているようだった。
頬を紅潮させ、足をもつれさせながらも、
スピカは必死で逃げまとう。
動物はただ鳴くばかりだった。
「待て、スピカ=ルーン!!
大人しく掴まれ!!」
「待てと言われて、大人しく待つ
馬鹿がどこにいる!?」
後ろから追いかけてくる男に、
スピカはツッコミを入れながら走っていた。
それはそうだろう。
待てと言われて待つのは、飼い犬か、
よっぽどの馬鹿である。
古今東西繰り返されて来た
かけあいをしつつも、スピカはあせっていた。
リリアという名の動物をしっかりと抱き抱えながら
彼女は必死で男との距離を開けようとしている。
とーー。
リリアが急にスピカの腕の中で暴れ始めた。
驚くスピカの前で、ぴょいんと跳ねて
抜けだしたリリアは、そのまま男の方に向かって行った。
「リリア、危ないっ!! やめなさい!!」
スピカが慌ててリリアを追いかけた。
リリアはぐるぐると男の周りを回っている。
星のようなきらめきが周囲に飛び散り、
男の顔が穏やかな顔になっていく。
「あれ……? 俺、何やってたんだ?」
「え……?」
スピカは驚いたように目を見開いていた。
男はさっきとは様子が違く、スピカを見る目にも
侮蔑やその他の悪い感情がうかがえなかった。
再び、リリアがぴょいんと跳ねつつ
スピカの腕に収まる。
と、声が聞こえてきた。
〝スピカよ、わらわの声が聞こえるか?〝
「師匠!? どこにいるのですか!!」
〝落ち着くのじゃ。わらわは、そちの
近くにはおらん。リリアは役にたったみたいじゃな〝
「この子、師匠が……」
スピカは紅い瞳に涙を浮かべた。
温かい気持ちが胸に広がっていく。
〝シュイアが動き始めた。リリアを連れ、
使い魔たちのもとへ急ぐのじゃ〝
「シュイアが? でも、師匠!!
私は、彼らを巻き込みたくはありません」
〝もう巻き込まれておるのじゃ。
メリッサたちは、シュイアの目的を
すでに知っておる。彼らと会うのじゃ」
「待って!! 師匠!! 師匠!!」
声はとぎれて聞こえなくなった。
スピカは青ざめた顔で座り込んでいる。
アルトたちを巻き込ませたくないと
姿を消した。だけど、結局は巻き込んでしまったのだ。
私が、彼らに会ったから。
彼らを好きになったから。
もう会っちゃいけない。
そう思うのに、スピカの心の奥で
会いたいと深く思う気持ちが膨れ上がってきた。
エトワールに、メリッサに、リイラに、
レティに、そして、なにより、アルトにーー。
会いたい。また会って話がしたい。
一人はもう嫌だった。
そんな彼女の心を見透かしたように、
ぐいぐいとリリアが口で彼女の服の袖を引いていた。
行こう、と。彼らに会いに行こう、と。
スピカは涙を袖でぬぐうと、リリアをしっかりと
抱きしめて歩き出したーー。
スピカがついに彼らと
接触をはかります。
次回はアルトたちと
教会の使者の戦いです。
次回もよろしくお願いします。