魔女は少女に助けられる
自分をかばってくれているのは、
明らかに自分を敵だと
して襲ってきたあの少女だった。
名前はディオナ=コーラル。
どうして彼女がこんなことをしたのだろう。
「誰だ、貴様は!? お前も魔女か?」
「こんなやつとあたしを一緒にするんじゃないわよ!!」
ディオナが小さな体を震わせて吼える。
びくっ、とスピカは身をすくめた。
「あたしは魔女なんかじゃないわ!!
肌も焼けてないんだから、見てみなさいよッ!!」
ディオナは肩をはだけさせると、必死で魔女で
ないことをアピールし始めた。
幼いとはいえ少女がそんな行動をしてきたので、
男たちは目をそらしつつ「もういい」と返した。
ディオナは鼻息も荒く服を正す。
「ふんっ、分かったらいいのよ!!」
スピカは訳が分からなかった。
彼女はいまだに憎々しげに男たちとスピカを
睨みつけている。その視線に、親しげな色は
ひとかけらたりともなかった。
だが、少女の態勢は明らかにスピカをかばっていた。
偶然でかばえるものではない。
それに、どうしてここにいるのかもわからなかった。
どうして自分をかばったりなどしたのだろう。
敵だと、殺してやると常日頃から言っていたのに。
「勘違いするんじゃないわよ!!
スピカ=ルーン!!」
「え?」
「あんたを助けたんじゃないからね!!
あんたを殺すのは、私なのよ!!
他の誰にも敵を譲ったりしないわ!!」
ドンッと力を込めて突き飛ばされ、
スピカはよろよろとその場を後退した。
キッと怒りを込めたような瞳が睨む。
「早く行きなさいよ、殺されたいの!?」
スピカは素早く身をひるがえした。
ありがとう、という言葉は胸に秘めて走り出す。
この少女には、今は聞きたくない言葉であろうから。
「待て、この魔女め!!」
「させない!!」
スピカを追いかけようとした男の一人に、
ディオナの蹴りが炸裂した。
男はディオナが人間であると知っているので、
手を出すことが出来ずにスピカが消えていくのを
悔しげに見つめていた。
(そうよ、私はあいつをかばったんじゃない。
敵を取られては困るもの。だからとりあえず助けただけよ。
それ以外のなにものでもないわ)
ディオナは自分に言い聞かせると、キッと目の前の
男たちを睨みつけていた。
スピカは息を切らせながら走っていた。
魔女狩りが始まった今では、馬車に乗ることも
できないだろう。万が一にも乗れたとしても、
その馬車の御者に降りた後で通報されるか、
馬車が襲われるかのどちらかだろう。
箒さえも失った今としては、スピカはただ走るしかなかった。
幸いにも、ここには教会の使者はいない。
頬を真っ赤に染め、呼吸を荒くし、
ただ彼女は走るだけだった。
走れるだけ走ると、スピカは体力がつきかけてきたので
少し休憩を取ることにした。
今は誰もいないので構いはしないだろう。
「ふう……疲れた」
のどがカラカラでお腹も空いたけれど、残念ながら
水も食料も持ってはいなかった。
くううううっ、とお腹から音が鳴る。
ぎょっとなって周囲を見たものの、誰もいないので安心した。
「少し、やばいかも……」
そう思った時だった。
獣の悲鳴のようなものが聞こえてきたのだ。
気がつくと、スピカは森にほど近い場所にいた。
スピカは慌ててそこに近づいた。
すると、腹を空かせた魔物が獣、というか動物を
襲っているではないか。
スピカは軽い炎の術で魔物を追い払い、
動物を助けた。普段はこんなことをしない。
腹が減ったら動物も魔物も死ぬ。
それが分かっているから手は出さない。
だが、悲痛な悲鳴が聞こえたのでつい助けていた。
スピカは一旦魔物に近づいて果物のようなものを
あげると、抱き上げた動物と共にそれを食しながら
歩き出した。みずみずしくおいしい果物である。
たくさんあるのでのどの渇きもいやされ、
お腹もいっぱいになった。
「お前、名前なんて言うの?」
「~~~」
動物はスピカの言葉に、その動物特有の
言語で語りかけた。スピカは頷き、
動物をなでる。その動物は長い耳をしていた。
ウサギ、というのに特徴がにているが、
尻尾はかなり長いので違うだろう。
「そう、リリアっていうのね。
お前、女の子なの。親や兄弟は?」
「~~~」
「そう、はぐれたの。一緒に来る?」
「~~~」
「うん、分かった。一緒に行こうね」
ウサギに似た動物、リリアを抱きながら、
スピカはゆっくりと歩き出した。
森の中ならば、追手も来にくいだろう。
それに、食料が大量にあるのでちょうどいい。
スピカはそこでふと思い出して笑ってしまった。
「変なの。私、少し前までは一週間とか、
何も食べなくてもお腹なんか空かなかったのに」
研究していたら後は飢えなんかどうでもよかった。
さすがに水分は取っていたが、リイラが来ない時には
何日も食べない日が続いたのに。
それが変わったのは、アルト=ハルメリアが来てからだった。
彼は決して食べないことを許さず、いつ何時でも
三食作ってくれていた。
アルトのことを思い出すと、胸がひどく傷む。
目から涙をこぼし始めたスピカに、リリアは
なぐさめるように鳴きはじめ、涙をなめた。
「泣かないで、って言ってくれてるの?
ありがとう……」
新たにできた相棒に微笑みながら、スピカは
しばらく泣いていたーー。
スピカに新たな相棒ができました。
ウサギみたいな変わった動物です。
次回はアルト編にうつりますが、
どうか次のお話もよろしくお願いします。