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第四章・下


 藤島の荒い呼吸が、夜の路地裏にこだまする。悠は冷静に結束バンドを再確認し、彼の手首と足首を固定した。


 「……離せ、テメェ……」

 声は震え、怒号の裏に恐怖が入り混じっていた。悠は無言のまま、手首に残る結束の締まりを微調整する。完全に暴れられない状態にしながらも、致命的な苦痛はまだ与えない。


 周囲を見渡すと、背後の階段の踊り場に暗がりがあった。悠は藤島を引きずるようにして、そこへ運び込む。建設現場仕込みの体格は確かに強いが、スタンガンと拘束具のコンビネーションは効率的だった。


 「ここで少し……考えろ」

 悠は低く囁く。藤島はうめき声をあげながらも、言葉を発する余裕はない。息が詰まり、背中に冷たい壁が押し当てられる感覚が続く。時間が経てば経つほど、窒息の恐怖が身体を蝕む仕組みになっていた。悠は目を逸らし、あえて直接的に手を下すことはしなかった。心理的圧力と物理的制限だけで十分だった。


 その間、4階の個室居酒屋では、二次会の雰囲気が変化していた。


 「……藤島、どこ行った?」

 佐伯俊哉がグラスを置き、辺りを見回す。普段なら絶対に声を荒げない男だが、焦燥が滲み出ていた。


 「さっき席にいたはずなのに……まさか、外?」

 西岡真琴が、スマホを弄りながら視線を泳がせる。普段の自信に満ちた態度は消え、僅かな不安が口元に浮かんでいた。


 「いや……松井が騒いでたの、あいつのせい?」

 岡部沙耶が笑いをこらえながら言う。だがその目は笑っていない。ジョッキを握る手がわずかに震えていた。


 グループ内に小さな動揺が生まれる。

 普段なら誰も疑わない「藤島」という力の支柱が、今ここにいない。笑いの裏で常に存在感を誇示していた男が消えたことは、全員の心理に波紋を広げた。


 悠は窓越しにその様子を見つめる。ガラスに反射した居酒屋内の光に、動揺する面々が浮かぶ。計画通りだ。まだ一人も手を下していないが、恐怖の種はすでに植え付けられた。


 藤島の息遣いが、壁に反響する。彼の視界には悠の影しか映らず、助けを求められないことを悟る。時間差で精神と肉体を追い詰める、悠の復讐計画が静かに進行していた。


 「……これで、連鎖は始まる」

 悠は微かに息を吐き、影の中に沈む。外の喧騒に混じる笑い声は、もう彼らの心を震わせる前触れに過ぎない。


 夜は深まる。藤島の拘束によって生まれた沈黙が、二次会の室内に微かな緊張の波紋を伝えていく。誰もまだ気付かない。だが確実に、恐怖の連鎖は始まっていた。


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