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第二章・下

時刻は零時四十五分。

 悠のスマホのタイマーが小さく震え、静かなバイブ音を発した。


 路地裏の冷たい壁にもたれかかっていた背中を離すと、彼は深く息を吐いた。

 時間だ。


 再び裏口へ戻る。厨房の様子に変化はなく、廊下からは相変わらず加害者たちの笑い声が漏れていた。声はさらに大きくなり、アルコールの影響で抑制が外れ始めていることがわかる。

 悠は扉を一度だけ見つめると、ポケットから黒いガムテープと小さな南京錠を取り出した。


 ――まず、逃げ道を削る。


 裏口のドアを外側からテープで固定し、念のために取っ手同士を南京錠で縛る。店員が気付けばすぐ破られる程度のものだが、それでいい。時間を稼げれば十分だ。

 次に、路地を挟んで正面の通りを確認する。人通りは減り、深夜の雑踏はまばらになっている。


 悠は裏口から離れ、表の通りへと回り込んだ。そこには会場の正面入口。ビルの一階は別の店舗で、深夜営業の飲食店が明るい光を漏らしていた。その脇にある狭いエレベーターが二次会会場への唯一の動線だ。

 階段は上層階まで続いているが、金曜の深夜にわざわざ階段を使う客はいない。実質的に「封鎖」すべきはエレベーターのみ。


 悠は腰をかがめ、エレベーターホールに小さな楔を仕込んだ。業務用のドアストッパーを改造したもので、表からはほとんど気付かれない。扉が開閉するたびに微妙に引っかかり、やがて完全に動かなくなる。

 ――エレベーターが止まれば、外界との行き来は大幅に制限される。


 封鎖を終えた悠は、通りを横切って斜向かいのビルの影に身を潜めた。そこからガラス越しに二次会会場を見張れる。

 照明が反射し、時折カラオケの映像がチラつく。加害者たちはテーブルを囲み、歌い、笑い、騒いでいた。


 不意に、笑い声が途切れる。

 悠は耳を澄ませた。窓は閉じているが、音の切れ間にかすかな会話が漏れてきた。


「……あの時の川の流れ、すげぇ速かったよな」

「お前、まだ覚えてんのかよ」

「忘れるかっての。あんな重いの二人まとめて……よく流れたもんだ」


 笑い声が混じる。グラスがぶつかり、氷の音が跳ねた。

 悠の喉の奥がわずかに震えた。握りしめた拳に爪が食い込む。


 七年前、暗い川に投げ込まれた海斗と美咲。誰も助けようとせず、むしろ笑いながら「重りにちょうどいい」と言っていた連中の声が、今もそのままの調子で耳に届く。その場に彼はいなかったというのに。

 理性で押さえ込まなければ、すぐにでも飛び込んでいきそうな衝動が胸を焼いた。


 ――だが、まだだ。焦るな。


 深呼吸をひとつ。

 その瞬間、会場の引き戸がわずかに開き、一人の男が廊下に出てくるのが見えた。


 松井健太。小心者で、いじめの輪にいながら常に後ろにいた存在。

 彼が一人で外に出てくるということは、何かを思い出している証拠だ。


 悠は暗がりから彼の姿を凝視した。

 標的は決まった。


 まずは、松井から。


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