第七章・下
居酒屋の個室の座敷に残されたジョッキは、どれも半分以上がぬるくなっていた。
乾いた笑い声や談笑は、もうとうに失せている。
店内に響くのは、テレビから漏れる野球中継の実況と、氷が溶ける小さな音だけだった。
六人で囲んだ席は、いまや三人しか残っていない。
真琴の席は空いたまま。そこに置かれたグラスの縁には、紅の口紅がまだ鮮やかに残っていた。
岡部沙耶はストローを噛みしめるようにして、落ち着きなくグラスを回している。
「減ってるよね、どんどん……。次は誰?」
冗談めかしたその声は、掠れて震えていた。
松井は顔を伏せ、手元の箸袋を裂いては丸め、また裂くことを繰り返している。
「……俺ら、本当に……最後まで残れるんだろうか」
か細い呟きは、座敷に沈むように消えていった。
そんな二人を横目に、佐伯俊哉は不敵な笑みを浮かべていた。
背筋を伸ばし、わざと大きな音を立てて氷を噛み砕く。その目には、恐怖よりも怒りの炎が宿っている。
「ビビるなよ。あいつの狙いなんて、ただの自己満足だ。俺たちが怖がれば怖がるほど、向こうは気持ちよくなる。そんなのおもしろくもねえ」
彼はスマホを取り出し、画面に映るメッセージアプリを指で叩いた。
無造作に、しかし挑発的に文字を打ち込んでいく。
――次は俺を狙えよ。
――ただし簡単にはいかせねえ。俺はお前なんかに負けねえからな。
送信ボタンを押すと、佐伯は薄く笑った。
「ほら、これで向こうも尻尾を出すさ。俺は逃げねえ。あいつと正面からやってやる」
岡部が息を呑み、松井は青ざめて顔を上げた。
二人の視線を意に介さず、佐伯はジョッキを掴み、大胆にあおった。
喉を伝うアルコールの熱さが、むしろ戦いの火種を煽っているように見えた。
減っていく仲間たちの影。
残された三人の間に流れるのは、恐怖と不信、そして一人の男が放つ異様な闘志だった。




