79 扉の先の熱のなかで
――バタン。
玄関の扉が開いた瞬間、わずかに熱を帯びた空気が顔を撫でた。
この室温は……異常だ。
夏とはいえ、エアコンの気配はない。むっとした熱気がこもっている。
「ほたる……!」
叫びながら廊下を駆け抜ける。
リビングとおぼしき部屋の奥――カーテンの隙間から見えた人影。
倒れていたその姿を前に、心臓が凍りついた。
床にうつ伏せになった彼女の髪が、頬にべったりと張りついている。
額に触れた瞬間、熱が皮膚越しに突き刺さってきた。
「……っ、すげえ熱……」
頬を軽く叩いてみる。
「おい、ほたる! 聞こえるか! 起きろ! ……ほたる!!」
返事はない。
呼吸はある。上下する胸元を見て、それだけは確認できた。
体の周囲には水の痕や吐しゃ物は見当たらない。
だが、瞼は薄く閉じたままで、かすかなうめき声すら発していない。
僕は手首を取り、脈を測る。
(速い……110bpmくらいか。熱のせいか、それとも脱水……?)
そのまま、彼女の手を取る。手足の指先が妙に冷たい。
「救急車……」
すぐさまスマホを取り出し、通報する。
指が震え、画面を何度か打ち間違えそうになるのを強く抑えた。
『119番、火事ですか? 救急ですか?』
「救急です。意識を失った16歳の女性が自宅で倒れています。高熱があり、脈が速く、反応が鈍いです。呼吸はあります」
『場所は――』
住所を冷静に伝え、状況を可能な限り正確に説明する。
「ーー熱はありますが皮膚に汗が浮かんでいないため脱水症と思われますが、詳しいことは分かりません」
『了解しました。救急隊を向かわせます。応急処置を行ってください。呼吸と脈が続いていれば、顔を横にして、衣類を緩めてください』
「分かりました」
スマホを床に置き、すぐに体勢を整える。
背中をそっと支え、彼女の体を横向きに――リカバリーポジションだ。
万が一嘔吐しても、気道がふさがれないように。
呼吸音は、まだ弱々しくも続いている。
「大丈夫だからな、今、助けるから……」
彼女のパジャマのボタンを一つ外し、首もとを広げる。
タオルを探し、濡らして額に当てる。
冷房のスイッチを入れ、室温を下げながら、直接冷やしすぎないように気を配る。
しばらくして、外からサイレンの音が近づいてくるのが聞こえた。
(来た……)
玄関へ走り、救急隊員たちを中へ案内する。
「こちらです! 高熱と脱水症状。意識はありませんが、呼吸と脈はあります」
隊員が即座に駆け寄り、バイタルを確認し、酸素マスクと点滴の準備を始める。
ほたるの名前と年齢、わかる範囲での既往歴、発見時の状況などを求められ、順に応えていく。
隊員が一瞬だけ僕を見て、そして静かに頷いた。
「判断、早かったですね。処置が遅れていたら、危なかったかもしれません」
そしてもう一度、こちらを見て確認するように尋ねてきた。
「ご家族の方ですか? 付き添いされますか?」
「親友です。可能であれば同行させてください」
隊員は小さくうなずいた。
「わかりました。車内、狭いですが大丈夫ですか?」
「はい」
ストレッチャーに運ばれていく彼女の顔は、さっきより少しだけ穏やかに見えた。
少なくとも、もう一人で苦しませることはない――そう思った瞬間、全身から力が抜けるように、膝がわずかに震えた。




