76 誕生日前日の違和感
ほたるの誕生日前日。
僕はほたるとLINEでメッセージのやり取りをしていた。
ほたる 19:46
大丈夫ですよ〜 2時に待ち合わせですよね
楽しみにしてます
悠真 19:47
ああ、駅前のスタバな。
そういや浴衣、自分で着れるのか?
ほたる 19:53
ちゃんと着れるか不安です
でも、がんばります
(……うーん?)
画面を見つめたまま、僕の指が止まる。
言葉の内容はほたるらしいのに、何かが違う。
絵文字もスタンプもなく、文末もやけにあっさりしている。
いつもなら、もっと明るくて、軽口混じりのメッセージだった。
「夏祭りデートなんて緊張しちゃいます♡」とか、
「浴衣姿見て鼻血出しちゃダメですよ♡」とか――
そんな無駄に元気な文面じゃないのが、逆に気になった。
悠真 19:55
なんか今日のお前、様子おかしくないか?
大丈夫か?
送信してから、しばらく間が空く。
1分、2分……それ以上。
スマホの画面は沈黙したままだ。
ほたるなら、早ければ数秒で反応してくるのがいつもの流れだった。
その沈黙が、いつになく長く感じられた。
ほたる 20:03
実はほんのちょっと熱っぽいかも〜
でも寝てたらすぐ治るから大丈夫です
絵文字もスタンプもない。その文章は、いつもとは違う“静けさ”をまとっていた。
「……やっぱり、おかしい」
呟いた声は、自分でも思ったより重かった。
あいつが、絵文字ひとつなしに「大丈夫です」なんて言うのは、まずない。
明るさで誤魔化してるにしても、それすら感じられない。
“元気に見せてる”んじゃなく、“元気にする余裕もない”――
そんなふうに思えてしまう。
悠真 20:04
もし具合悪いなら無理するなよ
送信したまま、返ってくることなく10分。
悠真 20:15
本当に大丈夫か?
明日、調子戻らなかったらすぐ言えよ
既読がつかず反応もない。
画面を握ったまま、ソファに沈み込む。
エアコンの音だけが静かに響く部屋の中で、僕はずっとスマホの通知が鳴るのを待っていた。
(……寝落ち、か?)
そう自分に言い聞かせようとする。
けれど、モヤモヤが胸を離れなかった。
送られてこないたった一言に、これほど落ち着かなくなるなんて思ってもみなかった。
いつも明るくて、よく喋って、すぐに反応してくるあいつが――
黙ったままでいる。
たったそれだけで、何かが大きく崩れた気がしてならなかった。
———
目が覚めて、すぐにスマホを手に取る。
LINEの通知は――来ていない。
悠真 06:31
おはよう、調子はどうだ?
送信ボタンを押した指先に、微かな違和感が残る。
――たった一言が、こんなにも重くなるなんて。
布団に沈んだまま、しばらく画面を眺め続ける。
だけど、メッセージに「既読」はつかない。
「……まだ寝てる、だけか……?」
そう自分に言い聞かせるように呟いて、スマホを裏返し、顔の横に置いた。
けれど、まぶたを閉じても眠気は戻ってこなかった。
窓の外はすでにまぶしく、夏の朝らしい蝉の声が耳に届いていた。
その音が、余計に神経を逆撫でする。
ベッドから起き上がり、窓のカーテンを少し開ける。
夏らしい晴天。今日は祭り日和だ。
それでも、心の中のもやもやは晴れない。
「……少し早い時間だが、電話してみるか」
ほたるの名前をタップして、発信。
何回コールしても電話に出ない。
「……」
今まで、たとえ寝坊していても電話にはすぐ応答していたのに。
しかも、今日はあれだけ楽しみにしていた誕生日当日だ。
ぐっすり眠っているだけかもしれない……。
しかし、何かが引っかかる――嫌な予感が消えなかった。
「ちょっと……様子、見に行くか」
口にしてみるも、すぐに気づく。
「……いや、ほたるの住所知らねぇじゃん」
頭をかく。焦りがじわじわと広がる。
どうしたものかと机の横に置かれたカバンに目やったとき、
そこにぶら下がっていたキーホルダーが目に入った。
――ほたるからもらった、あのイルカのやつ。
「あのとき……GPSがどうとか、冗談で言ってたよな」
浮かんだ言葉に、ふっと鼻で笑った。
だが次の瞬間、別の記憶が蘇る。
『どうしてうちの場所がわかった?』
『うふふ、実は私が教えたのよ』
母さんの言葉だ。
文化祭のあと、あいつとLINE交換していたと言っていた。
あのとき、あいつ――母さんに聞いて僕の家を訪ねてきたんだった。
「……母さん、知ってるかもな」
僕は階段を駆け下り、リビングのドアを開けた。
「母さん、起きてる?」
「なあに〜?」
キッチンから顔を出した母に、僕は少し声を低くして聞く。
「……ほたるの家って、知ってる?」
母は眉をひそめた。
「ほたるちゃんの家? ううん、知らないわよ?」
「……そうか」
内心、少し落胆する。まぁ、そうだろう。
「どうかしたの?」
「……いや。昨日、ほたるがちょっと熱あるって言っててさ」
「えっ、それは心配じゃない。連絡してみたの?」
「電話したけど、繋がらない。寝てるだけならいいんだけど……」
母は洗い物を拭く手を止め、静かに僕の顔を見た。
「……すこし前にうち来たときは元気そうにしてたのよね。無理してたのかしら」
「でもまぁ……多分、寝てるだけだと思う。悪い、気にしないでくれ」
母との会話を終え、自室に戻る。
机の上のスマホをもう一度開く。
LINE――未読のまま。
通話履歴――応答なし。
画面を閉じても、気持ちはどこにも落ち着かない。
こうしている間にも、あいつが一人でしんどい思いをしてるんじゃないか――
そんな不安ばかりが膨らんでいく。




