75 夏の贈り物
ショッピングモールに着くと、館内は夏休みらしい穏やかな賑わいを見せていた。
吹き抜けの天井からはやわらかな自然光が降りてきて、ガラス越しに覗く空は白っぽく霞んでいる。
外の蝉の声は遠のき、代わりに館内を流れる音楽と人々の話し声が、どこか柔らかく耳に届いた。
「このあたりにアクセサリーショップがあったはずなんだけど……あ、あれだ。あの奥」
僕が指差す先に、淡いグリーンを基調とした、ガラス張りの落ち着いた店構えが見えた。
“Milieu”と描かれた控えめなロゴと、ドライフラワーのディスプレイが印象的なショップ。
玲奈はこくりと頷き、僕の少し後ろを歩いてついてくる。
店内は、木目の棚と真鍮の什器が整然と並び、どこかアンティークな雰囲気が漂っていた。
所狭しと並ぶ小さなアクセサリーたち。シルバーのイヤーカフ、淡水パールのピアス、そして色とりどりのブレスレットたちが、スポットライトの下できらりと揺れていた。
「……どういうのを選べばいいんだろうな」
僕は少し立ち止まり、目の前のブレスレット棚に視線を落とす。
華奢なものからポップなデザインまで並んでいて、正直、どれが“ちょうどいい”のか見当がつかない。
「プレゼントだったわよね?」
玲奈が隣に立ち、少しだけ首を傾げながら問いかける。
「うん。ちょうど後輩の誕生日が近くてさ。なにか用意しておいたほうがいいかなって思って」
「後輩って部活とか? でも悠真くん、部活はやってなかったよね?」
「うちの高校の一年なんだが、別に部活とか同じ中学とか、そういう接点があるわけでもないんだよ」
「へぇ」
玲奈は軽く返事をするものの、その声音には微妙な間が混ざっていた。
どこか探るような視線が、僕の横顔をそっとなぞる。
「……なんとなく、“後輩”って聞いたから、てっきり男の子かと思ってたけど、アクセサリー見ているところを見ると女の子なんだね」
「あ――」
僕は一瞬、気まずそうに棚のブレスレットを見つめた。
「あぁ、うん。女の子なんだ」
その言葉に、玲奈の手がわずかに止まる。
隣で揺れていたイヤリングのチェーンが、ふいに静まったように思えた。
「そっか、女の子か……」
ぽつりと、玲奈がつぶやく。
その声には、ほんの少しだけ、乾いた質感が混じっていた。
「なんていうか……こっちの都合おかまいなしに話しかけてくる、騒がしいやつなんだけど、まぁ、元気をもらってるみたいなところがあるから、そのお礼も込めてみたいな感じかな」
玲奈は言葉を挟まず、ただ「そうなんだ……」とだけ、低く呟いた。
興味がないようにも見えるけど、その視線はブレスレット棚の奥の方をじっと見つめている。
「……だったら、アクセサリーって、ちょっと意味深に取られたりしない?
特に相手が女の子なら……ブレスレットとかって、なんとなく印象残るし」
玲奈が口にしたその言葉に、僕は思わず手を止める。
「あぁ、それ、ちょっと気にしてたんだけどーーほら、この辺りのデザインなら、カジュアルだし渡しやすいかなって思って」
僕が手に取ったのは、淡いブルーのガラスビーズとゴールドの細いチェーンを組み合わせた、シンプルなブレスレット。
小さな星形のチャームがひとつついていて、派手すぎないけれど、どこか印象に残る感じがあった。
そのブレスレットを見ていた玲奈が、ふっと息を吐くように言った。
「うん、悪くないと思う。色も落ち着いてるし、重すぎない感じがいいかも」
「そっか、よかった。そういうの、ちょっと不安だったんだよね」
「うん……女の子へのアクセサリーって、やっぱり人によっては意味を勘ぐるかもしれないし。
たとえば、あんまり高価そうだったり、大人っぽすぎたりすると、逆に気を遣わせちゃうこともあるから……」
玲奈はそっと言葉を選ぶようにしながら、視線をブレスレット棚に落とした。
「だから……そういう意味では、ちょうどいいと思うよ。
あくまで“友達”とか、“ありがとう”っていう感じの距離感で。
使いやすそうだし、普段づかいできるものって、意外と嬉しかったりするから」
「うん、気軽に使える程度のもので考えていたから、ちょうどいいかな」
僕はうなずきながら、手の中のブレスレットをもう一度しげしげと見つめた。
確かに、派手じゃないけど、ちょっとした個性もある。
チャームはさりげないし、あいつならきっと、そういうところに目を留めて笑いそうな気がした。
「うん、これにしよう。やっぱり……なんか、あいつっぽい気がする」
そう言うと、玲奈はほんのわずか、口角を上げて頷いた。
「……なら、それでいいと思う。ちゃんと考えて選んでるって、伝わると思うよ」
「ありがと。玲奈さんの意見、やっぱり参考になるな。冷静だし、目線も現実的というか」
「え、冷静……って、それ褒めてる?」
「もちろん」
僕が笑うと、玲奈も肩をすくめるように小さく笑った。
玲奈はそう言って笑ったけれど、さっきよりほんの少し、笑顔の持続が短かったような気がした。
僕は選んだブレスレットを手に取り、レジへと向かった。
「ギフト用でお願いします」と伝えると、店員さんが手早くラッピングの準備を始める。
その間、ふと横を見ると、玲奈は入り口近くのガラス壁に寄りかかるようにして、外の光をぼんやりと見つめていた。
指先でトートバッグの取っ手を、無意識のようにくるくる回している。
言葉をかけようとして、やめた。
タイミングが、うまく見つからなかった。
包みを受け取った僕が「ありがとう」と礼を言うと、玲奈は振り返り、いつもと変わらないトーンで微笑んだ。
「いい感じに選べてよかったね」
「うん、玲奈さんのおかげで」
「ふふ、それはどうかな」
そう言って笑う声が、少しだけ遠く感じたのは、気のせいじゃないと思う。




