70 潮風の終わりと、手を振る夕暮れ
午後の陽射しが傾き始めたころ、浜辺にはゆるやかな時間が流れていた。
「じゃあ最後に、スイカ割りしよう! 夏といえばコレでしょ!」
桜の提案に、テントの下にいた全員が顔をあげた。
「スイカ!? マジで持ってきてたの?」
「うん! クーラーボックスの下に隠してた。暑さ対策万全!」
「花園さん、本当に完璧すぎるよ……!」
榊は感動したように手を合わせる。星乃さんも驚いたように目を丸くして、
「うそ……本物のスイカ? 丸ごと?」
「丸ごと! ちゃんと新聞紙で包んで持ってきたよ〜!」
そのまま、ビニールシートの上にスイカを設置。即席でタオルを目隠しにし、交代でスイカ割り大会が始まった。
「左左! いや、ちょっと右!」
「ストーップ、今がチャンス! 割れぇぇぇっ!」
声を張り上げながら、みんなが笑っていた。目隠ししたままフラフラと前進する桜の背後で、榊が必死にナビしているのがまた微笑ましい。星乃さんも楽しそうに声をあげて、僕の腕を軽く掴んだ。
「加賀崎くん、次の番だよっ⭐︎ やってやって!」
「うーん、僕がやってもなぁ……」
「観察ばっかじゃなくて、たまには本気出して?」
笑顔のまま手を引っ張られ、そのまま僕も列に加わった。
結果――僕はスイカにまったくかすりもしなかった。全員大笑いだった。
やがて、本命の星乃さんがラストターンで見事にスイカを真っ二つに割り、またしても歓声があがった。
「みゆすごい〜!」
「やった……! 今日一番の手ごたえ!」
夕暮れが始まる海辺で、甘くて冷たいスイカを囲みながら、僕たちはもう一度輪になった。
服は濡れて、髪も砂まみれ。なのに誰も不機嫌な顔ひとつしていなくて、むしろみんなが心の底から笑っていた。
「そろそろ、片付ける時間だね」
桜がふと呟いた。
「まだ遊びたい気もするけど、電車の時間もあるしな……」
「うん。テント、先に畳もうか」
「よーし、俺たち男子がやる!」
榊と僕が立ち上がり、テキパキと片付け作業に入る。その間、桜とみゆがゴミをまとめ、ビーチ道具の砂を落とす。
最後の荷物をバッグに詰めたとき、海辺にはもうほとんど人がいなかった。さっきまで騒がしかった音が、少しだけ静かになる。だけど――寂しさというより、満足感があった。
「今日はほんと、楽しかったね」
桜がぽつりとこぼす。
「うん、夏の一日って感じだった」
榊が頷きながら、サンダルの中の砂を払っている。
「……みんなと来れてよかった」
星乃さんの声は、少し風に紛れながらも、ちゃんと届いた。
「また来たいね、こういうの」
「うん。次は……山、キャンプとか?」
そんな会話をしながら、僕たちは帰りの道を歩き出した。
帰りの電車は、ほどよく冷房が効いていて、心地よい揺れが眠気を誘う。
桜は窓際で少しうとうとしながら、みゆと並んで座っている。向かい側では榊が、スイカの前でみんなで撮った写真を見ながらにやにやしていた。
「……ねぇ、加賀崎くん」
星乃さんが、静かに僕の名前を呼んだ。声のトーンは、どこか穏やかで。
「今日、ありがとうね」
「ううん。こちらこそ、ありがとう」
目が合った。それだけで、言葉以上に何かが伝わった気がした。
終点が近づくにつれて、少しずつ現実の空気が近づいてくる。けれど、海で過ごした今日一日は、たしかに心の奥に刻まれていた。
もうすぐ夏が終わる。でも今はまだ、日差しがほんの少し残っている。
「――じゃあね、また学校で」
駅の改札前、手を振る星乃さんの笑顔が、夕暮れの中でやさしく揺れていた。
(楽しかったな……)
僕はそれを胸の中でそっとつぶやいた。
──夏の終わりは近い。
きらめきは、まだほんの少し、空の上に残っていた。




