表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

66/83

66 変わりゆく潮風のなかで

「こっちにテント張ろう!」

桜が先頭で砂浜を歩きながら、振り返った。

朝の潮見浜は、早朝とは思えないほど明るかった。


午前7時半。真夏の太陽はすでにじんわりと熱を帯びて、砂浜を照らしている。

でも、まだ“灼熱”と呼ぶには遠く、海から吹く風がその熱気をやわらげてくれていた。

澄んだ空の向こう、波の音がゆっくりと耳に馴染んでいく。


「いい場所〜! ちょっとだけ奥まってて、でも海も見える!」

「木陰も少しあるしな。ここならテント張りやすいな」


僕と榊が持ってきたレジャーシートと荷物を広げて、

その横で、星乃さんが折りたたみの日除けテントを開いている。


「榊くん、運んでくれてありがとね〜☆」

「荷物持ちなら任せてくれ! で、これ、どっちが前?」

「えっとね、こっちが入口側。そこ引っ張ってくれる?」

「了解」


日除け対策ガチ勢の星乃さんは、大きな帽子・サングラス・長袖ラッシュガードという完璧装備。

指先にまで神経が行き届いてるみたいに、彼女は日焼け止めを丁寧に塗り直していた。

その仕草がなんとなく愛らしくて、笑うというより、目が離せなかった。


「なに?」

「いや……本当にちゃんとしてるなって思って」

「当然でしょ。お仕事なんだよ?」


その一言に、ふふっと笑いをこらえる桜。

「みゆが一番“本気”で海に挑んでる」

「うっ……挑んでるって、別に戦ってないよ!」

「でも日差しに対して敵意を感じるんだよなぁ……」

「……全力で予防してるだけだよ!」


ちょっとだけムキになってるのがまた可愛くて、僕は変な笑いを飲み込んだ。


榊はというと、ビーチボールをふくらませながら、

「そういや、さっき電車降りるときみんなして笑ってたのなんだったんだ?」

「うふふ、榊くん、寝てたでしょ? 電車降りるとき寝癖すごくてみんな笑っちゃったんだよ」

「な!? それは見られたくなかった……」

「え〜、でも可愛かったよ? ほら、ふにゃ〜って寝起きの顔して」

「やめろ、その再現度の高さやめろ……」

「あはは、ごめんごめん」

「笑いながら言ってる人が謝っても全然響かねぇ……」


苦笑しながらも、桜と榊の距離感は安定してて。

あの遊園地のときと違って、今はもう“友達以上”の空気をほんのり感じる。

(……なんか、いいな)


その一方で――星乃さんは。


「……よし、これでOK☆」

テントを張り終えて、砂を軽く払って、

星乃さんは小さく一息ついた。


髪はいつもより少し短く見えて、風に揺れてる。

まぶしそうに目を細めた表情が、なぜかやけに静かで。


「ねぇ加賀崎くん、日焼け止め、もう塗った?」

「え? ああ、まだだ」

「なら、これ貸すよ。SPF50+、PA++++。ちゃんと落ちにくいやつ」

「……ブランド物? 効果も強そうだな」

「最強だよ☆ 海でナメたら一瞬で焼けるからね」


サラサラとした高級感のある感触のボトルを渡され、僕は一応、手の甲に出してみた。

「うわ、冷た……」

「うん、冷蔵庫で冷やしてきた。気持ちいいでしょ?」

「完全に準備万端すぎる……」


笑う僕に、彼女はちょっとだけ照れたように目を逸らした。

「……せっかくの思い出なのに、後で後悔したくないからね」


(その言い方、ちょっとずるいな)

胸の奥が少しだけ、くっと鳴る。


準備がひと段落した頃、ようやく一息つく時間ができた。


「さて……どうする? 先にちょっとだけ海入る?」

「うん、せっかくだし! 最初の“ざぶん”って一番気持ちいいもんね!」

「俺、ビーチボール持ってくわ〜!」

「じゃあ私、ゴーグルあるから水中チェック係やるね」


桜と榊がタッグを組んで、さっそく水際へ走っていく。

その後ろ姿を見送ったあと、ふと隣を見る。


「……星乃さんは?」

「……私は、もうちょっと後で入ろうかな」

「体調?」

「ううん、まだ心の準備が……」

「……こういう場で、水着姿を見せるのってね……やっぱり、すごく“自分”を見られる気がして。ちょっと怖いの」


「モデルの仕事で水着着たりするんじゃないの?」

小さく笑って、でもどこか不安そうで。

「もう、そういうのとは違うんだから……でも加賀崎くんは、そういうの、気にしないよね」

「まぁそりゃ男だしね……でも、“自分で納得したタイミング”が一番いいと思うよ」


その言葉に、星乃さんは目を見開いて、少し黙ったあと――

「……ありがとう」


太陽が高くなってきて、砂の温度もほんのり上がってきた。

潮風が横から吹いて、彼女の髪をやさしくゆらす。

言葉にはしないけど、きっと、今日のこの空気の中で。

少しずつ変わっていけたらいい。


そんなことを思いながら、僕は浜辺の先にいるふたりを追いかけて、

水際へと足を向けた。


波がさらっていく足元の砂と一緒に、何かがほどけていく気がした。

今日という一日が、忘れられない夏の光に染まっていく。

そんな予感を胸に、僕は一歩、海へと踏み出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ