62 嫉妬と誤解とアイスの味
「じゃあ、ここの席、一緒にいいですか?」
「もちろん、どうぞ。うちの弟、すでにアイス食べ始めちゃってますけど、気にせずに」
「やったぁ♡ 糖分補給ターイムっ!」
空いたテーブルに、4人で腰をおろす。
諒太くんはすでにチョコバナナクレープに夢中で、紙ナプキンに手をベタベタにしながらも黙々と頬張っている。……かと思えば、ときどきこちらの様子をちらちらと伺ってくるあたり、好奇心旺盛な年頃らしい。
「花園さんは諒太くんと二人で来たの?」
僕が尋ねると、桜は手元のドリンクにストローをさしながら軽くうなずいた。
「うん。両親が今日は親戚の家に行っててね。私は用事なかったから、諒太を任されたって感じ」
「ふーん……やさし~いお姉さんアピールですか~?」
ほたるがストローを咥えたまま、ジト目でテーブル越しに覗き込む。ツインテールがわずかに揺れるのは、たぶん警戒モードの証拠だ。
「え? アピールなんて、別にしてないけど……?」
「ほらっ、“家庭的”とか、“面倒見がいい”とか、“清楚なお姉さん”とか! ね、先輩?」
「なんでそこで僕に振るんだよ」
「先輩、そういうのに弱いって、バレてるんですよ〜?」
「人の好みを勝手にタグ付けするな」
僕が苦い顔をすると、桜は小さく笑って、ほたるに視線を向けた。
「来栖さんは“家庭的”なタイプなんですか?」
「私はっ、そういうタイプじゃないんですっ!」
ピンと背筋を伸ばしてから、胸に手を当てて宣言するほたる。
「私が目指すのは、“天真爛漫で、いるだけで毎日が楽しくなる彼女”タイプですっ♡」
「へぇ……」
桜が興味深そうに微笑む。その目は、どこかやんわりと、でも確かに探るような光を帯びていた。
「じゃあ、料理とか、家事は?」
「が、がんばって練習中です!」
「ふふ、“練習中”なんですね」
「ま、待ってください! 今の“練習中”の言い方、ちょっと刺してきましたよね!? ね、先輩、そう思いません!?」
「……落ち着け。過敏すぎる。言葉にトゲがあるのはおまえの方だ」
会話に乗り遅れていた諒太くんが、タイミングを見計らったように首をかしげながら口を開いた。
「ねぇちゃん、やっぱ好きなんじゃ?」
「ち、ちがうってば! ほんとに!」
桜が慌てて否定し、少し頬を染めている。
僕はその隣で、飲みかけのアイスコーヒーを置きながら言葉を挟んだ。
「さっきも言ったけど、僕はお姉さんとは“お友達”だよ。だから安心して」
「うーん……でもお姉ちゃん、なんか今日、いつもと違う気がするんだよなぁ……?」
「……気のせいよ、諒太。お姉ちゃんはいつも通りだから」
桜は溜息まじりに紙ナプキンをたたみながらも、やんわりと笑う。その表情は柔らかいけど、どこか無理に笑ってるようにも見えた。
「諒太。私は加賀崎くんのこと、“お友達として”好きなの。分かる?」
「んー……“好き”だけど、“好きじゃない”ってこと?」
「……まぁ、そういうこと」
「ふーん、よくわかんないや」
「それでいいの。わかるようになったら、大人ってことだから」
ほたるはストローをいじりながらそんな微笑ましいやりとりを黙って見ていたが、ふと表情にほんの小さな疑問符を浮かべた。
「……?」
そのまましばらく考えていたが、結局答えが出なかったのか、何も言わずにクレープをかじりはじめる。
だが視線の端で、桜の様子を観察しているのは明らかだった。
そして、桜がふと、何かを思い出すように言葉を紡ぐ。
「でも、恋って……応援したくなるよね」
柔らかく、そしてどこか凛とした声だった。
「誰かの、真っすぐな気持ちって。それを見てると――私、そういうの、好きだから」
その言葉に、風鈴みたいに透明な余韻が残る。
——
花園姉弟と別れ、僕とほたるは再びプールサイドを歩いていた。
足元から跳ねる水しぶき。少しだけ傾いた午後の日差しが、水面にちらちらと反射している。
ほたるはというと、隣でずーっと頬をぷくーっと膨らませている。
「はぁ……花園さんに、先輩を取られちゃう~~~……」
「だから、取られるもなにも、別に僕と花園さんはそういうんじゃないって」
僕が即座に否定すると、ほたるは僕をちらっと見上げてから、ふうんと意味深な鼻を鳴らした。
「はぁ、ほんと、先輩って……恋愛コンサルとかやってるくせに、自分への好意にはびっくりするくらい鈍ちんですよね?」
「いやいやいや、花園さんと話したのは今日で3回目だし、僕を好きになる理由がないだろ」
「甘いっ! 先輩はいちごミルクより甘い!」
突然、ほたるがプールサイドに仁王立ちになり、指を突きつけてきた。
「人は……人はですねっ、先輩っ!! 一目惚れっていう感情があるんですよっ!」
「……いや、そりゃあるかもしれんが、そう簡単には……」
「現に私はっ!! ――あっ、い、いえ、なんでもないですっ」
ほたるは自爆しそうになった言葉を慌てて飲み込むと、ツインテールをぶんぶん振って誤魔化した。
「まったく……先輩は、自分の鈍感力でいくつ恋をスルーしてきたのか、ちょっと数えてみたほうがいいと思いますっ」
「いや、そんなのないし……ていうか、花園さんにそんな気があるようには、僕には見えなかったけどなぁ」
「まぁいいですっ。もう、いいですっ」
そう言って、ほたるはプイっと顔をそらしたが、その目には少しだけ楽しげな光が宿っていた。
「他の女のことは忘れて、ほたるとのプールデートを全力で楽しみましょっ!」
「……だからデートじゃないって」
「いいの! デートってことにしとけば、夢が広がるでしょっ♡」
「何その言い換え……」
呆れたようにため息をつきながらも、僕は小さく笑った。
この子のこういう強引さに、いつも巻き込まれている気がする。
「よーし、じゃあ、今度こそスライダー行きましょうっ!」
「やっぱりそこ行くのか……分かった、付き合うよ」
「きゃー♡ せんぱいとスライダー、落下型デート~!!」
「それも“デート”なのか?」
「もちろんっ♡」
ほたるは跳ねるように走り出す。
彼女の背を追いかけながら、僕はふと思う。
――たぶん僕は、この夏、思っていたよりずっと面倒な恋の渦に巻き込まれているのかもしれない。
けれど、それは少しだけ、悪くないとも思った。
「先輩ー! はやくー!」
「わかったって、こけるなよー!」
ツインテールが夏の陽射しをはじきながら、また先へと駆けていく。
その姿は、どこまでも眩しかった。
――この夏が、いつか特別な記憶になる気がしていた。




