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61 秘密の火花

プールの水面が陽光を跳ね返し、空気までキラキラして見える。

頭の上から照りつける真夏の光に、肌がじりじり焼かれる感覚すらも、今日はどこか心地よい。

浮き輪に腰をかけてぷかぷか漂うほたるの隣で、僕も同じように、緩やかに水面に揺れていた。


「ねーねー先輩っ、ちょっとあっちのスライダー、行きませんか? ほら、でっかいやつっ」

「……行くのはいいけど、その前に一息つかせてくれ。暑さで脳みそまで溶けそうなんだ」

「わぁ~い♡ やったぁ♡ じゃあ、フードコートで糖分チャージですねっ! チョコミント! 今日の気分はぜったいチョコミントですっ!」

「もう決まってるのかよ」


僕たちは浮き輪を引きずりながら水から上がり、アスファルトの照り返しに足を跳ねさせながらフードコートへと向かった。


「アイス~♡ アイス~♡」

「ほら、足元気をつけろって。こけるぞ」

「だいじょーぶですっ♡ 今の私は……“アイスに恋する乙女”モードなので!」

「……なんだそのモードは」


フードコートに到着するなり、ほたるは屋台のメニューにかぶりつく勢いで目を走らせた。


「うぅぅ……チョコミントもいいけど、クレープもいいなぁ~……チョコバナナもおいしそう……こっちはマンゴー!? うそ、季節限定!? ……ねぇ先輩、どうしよう!!」

「……そのクレープ、1200円もするけどな」

「うぇぇ!? たっか!? いやでも、“夏の記念日スイーツ”って考えたらアリ……?」

「ない。“夏の記念日”ってなんだ。記念する要素どこにあった?」

「“せんぱいとプールデート記念日”っ♡」

「デートじゃない。あとで氷でも食っとけ」

「ぶぅ~、夢がないですよぉ……」


そんな他愛もないやりとりをしていた、そのときだった。


「……ん? あれ、加賀崎くん?」

唐突に聞き慣れた声が、背後から届く。

振り返ると、そこに立っていたのは――

白地に淡いブルーの水着、肩にはフード付きのタオル。

小学生くらいの男の子の手を引いている、どこか清涼感すら纏った少女――花園桜だった。


「……花園さん? え、偶然だな。こんなところで会うとは」

「本当に偶然ね。私は弟を連れて来てるの」

「お姉ちゃん、アイスまだ~?」


弟のほうが一歩前に出る。少し焼けた肌に、まだ水の雫を残す髪。小柄ながらも、瞳には好奇心がぎゅっと詰まっていた。


「この子は、弟の諒太」

「こんにちは、諒太くん。僕は加賀崎 悠真。君のお姉さんと同じ学校に通ってるんだ」


その横から、ほたるが勢いよく前に出る。

「来栖ほたるですっ♡ よろしくねっ!」

ツインテールを揺らしながら深々とお辞儀するほたるに、諒太は驚いたように目を丸くした。


「諒太くん、よろしくね」


僕が軽く手を差し出すと、諒太は一瞬きょとんとした後、元気よくそれを握り返してくれた。

「よろしくお願いします!」


しかしその直後。

諒太が僕の顔をじーっと見つめたまま、目を見開いてひとこと――


「あっ!!」

「……ん?」

首をかしげる僕の声にかぶせるように、諒太の声が響いた。

「ねぇちゃんのスマホの画面に映ってた人じゃん!」


……時が止まった。


「え、ええええっ!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?」

爆発したのは、蜂蜜色のツインテール。

ほたるがその場で一回転する勢いで叫んだ。


「ちょ、ちょっと待ってくださいそれっ!! ど、どういう意味ですか!? スマホの画面に!? せんぱいが!? え、えっ???」


桜が「ああ~……」と気まずそうに肩をすくめ、タオルを直す。

一方、ほたるはツインテールをしおれさせ、僕の袖をつかんだ。


「せ、せんぱい、ど、どういう関係なんですか……っ!!」

「いや、どういう関係も何も友人だ」

「ちょっと前にね。集合写真を撮ったの。待ち受けにしてたら、映ってたってだけ」

「あ〜、4人で撮ったやつか」

「姉ちゃん、よく写真見てたよ? だからてっきり、彼氏なのかと思ってたー!」

「ち、ちが……ちがうの!!」


慌てて僕はしゃがみ込み、花園さんの弟と目を合わせる。

「諒太くん、僕はお姉さんの“彼氏”じゃないよ。”お友達”だ」

「え~? ほんとに?」

「ほんとだって。信じてくれ」


場の空気がなんとか落ち着きかけたところで、今度は花園さんの視線が、隣にいるほたるに注がれる。

「そ、それより……その、加賀崎さんと来栖さんって、二人でプールに来てるんですか? ま、まさか付き合っているとか……?」


その質問に、ほたるがにっこり笑って――

「はいっ♡ 付き合ってま~す♡♡♡」

「えぇっ!?」


花園さんの顔が、彼女にしては珍しく大きく揺らぐ。

その様子を見て、僕は慌てて口を挟んだ。

「付き合ってない。こいつはただの後輩だ」

「ひ、ひどいっ……せんぱい、心という名の浮き輪がパーンって割れました……」


そのやりとりを見ながら、花園さんがホッと小さく息を吐き、誰にも聞こえないほどの声で呟いた。

「……よかった。付き合ってなかったんだ」


ぼそりと漏れた小声――その直後、ほたるだけがぴくりと反応し、ずい、と花園さんへ歩を詰めた。

口元に指を当てると、「ちょっと」とだけ告げ、小声で内緒話の体勢に入る。


二人の間で、ひそひそとした火花が散るのが分かった。


声を潜めながらも、着火済みのロケットのような勢いで詰め寄るほたるに、花園さんは少したじろぎながらも、冷静さを装おうと眉を寄せた。

「今“よかった”って言いましたよね!? つまりっ、やっぱりっ、せんぱいのことっ!!」

「ち、ちが……っていうか、そういう意味じゃ……!」

「“写真を保存してる”、“私たちが一緒にいたら動揺する”、そして“付き合ってないと分かった瞬間ほっとする”!! どう考えても“好き”じゃないですかっ!! これは確率論的にも統計学的にも!」

「そ、そんな理詰めで迫られても……!」

「はぁ~~~~完全に狙ってますね!? ふんふん、そうですかそうですか~~~!」


ほたるのツインテールが風もないのにピョンピョン跳ね、感情がダダ漏れだった。


桜はその様子をじっと見つめながら、わずかに視線を伏せた。

ツインテールの少女の感情に圧されながらも、内に秘めたものを押し返すように、表情を引き締めていく。

彼女の口元が微かに動いた。ほたるには聞こえないように、風に紛れるほどの声で、自分にだけ分かるように。


「みゆには“絶対に大丈夫”って言っちゃったけど……こんな美少女のライバルがいたなんて……。 うん、ここは私がなんとかしなきゃ……」


そのささやきのあと、桜はほたると少し距離を取り、何事もなかったように僕たちのほうへ戻ってくる。その足取りは穏やかだったが、どこか芯のある重みを感じさせた。

心の中ではすでに、親友、星乃みゆの恋を守る決意にギアが入っていた。


「ええと……」と、こちらに戻ってきた桜が少し声を張る。

「加賀崎さん、このあいだの遊園地、楽しかったですね。 みゆもずっとご機嫌だったんですよ」

「……!!」

ほたるがびくっと反応する。

「え、花園さんも行ったんですか?」

「うん。みゆと私、加賀崎くんと榊くんで。観覧車とかも、ね」

「うぐぅ……! 遊園地……観覧車……密室……先輩と……!?」


桜は構わず続ける。

「それで、加賀崎さん。夏休み中にまた、同じメンバーで遊びに行きませんか? 今度は、海とかどうですか?」


僕は少しだけ考えてから、答えた。

(そういえば榊も夏休み中に花園さんと会うきっかけがないってぼやいてたな……)


「そうだね、行こうか。 榊には僕から声をかけておくよ。またグループトークで日程調整しよう」

「ありがとうございます!」


横で聞いていたほたるが、ぷぅっと唇を尖らせる。

「も~~~! 先輩はっ、またほたるを置いて遊びに行くんですねっ!」

「いやいや。夏休み入ってから、ほぼ毎日会ってるだろ」

「うぅっ……せんぱいが寝取られたぁ~!!」

「寝てないし、やめろ、失礼だろ」


ペシッと軽くおでこを弾くと、ほたるは「いったぁ~い!」と地面に転がる演技をはじめた。

その様子を見ながら、花園さんは小声でぽつり。

「……すごく仲いい……これは……みゆピンチかも……」


――波のきらめきの奥で、それぞれの“想い”が静かに燃え始めていた。

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