表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

60/83

60 すいすい大作戦

待ち合わせは午前8時。

早朝、涼しい風を受けながら現地に向かう道すがら、僕はふと、今日の目的を再確認していた。

(たしか、運動不足解消。健康的な夏の思い出づくり。あと、ついでに“助手”の息抜き)

……いや、そもそも誰が助手だ。

そう突っ込む前に、視界に見覚えのある蜂蜜色が飛び込んできた。


「せんぱ〜〜いっ♡」

入口ゲートの前で、両手をぶんぶん振っているのはもちろん――来栖ほたる。

大きな浮き輪を肩にかけ、帽子にサングラス、スポーツタオルを首に巻いた“全力夏仕様”。

……清楚とは。


「……その格好、清楚モードとは到底言いがたいが」

「え〜っ!? これは“運動部の爽やか系彼女”スタイルなんですけどっ♡」

「とはいえ別にセンスは悪くない。 しかし、プールに来ても相変わらずうるさいな。 大人っぽさはどうした」

「元気が取り柄ですからっ♡」

そう言って、ほたるは浮き輪を“ばふっ”と僕の腕に押しつけた。

「じゃーん♡ 先輩の分も、買ってきましたっ!」

「え、俺も浮き輪使う前提なのか?」

「当然ですっ! はい、“イルカのプリントが可愛い〜って店員さんが言ってました♡”」

「……それ完全に女の子の好みじゃないか」

「うふふ♡ でも、似合いますよ? ほら、浮き輪と知的メガネ男子のギャップってやつですっ!」

「新ジャンル開拓しなくていいから……」


結局、浮き輪を片手に施設内へ。


施設内は思っていたより広く、中央にそびえるスライダーをはじめ、流れるプールや子ども向けの遊具プール、そしてジャグジーエリアまで整っている。

家族連れ、カップル、学生グループと、夏らしい人の波がそこかしこではじけていた。


「おお~っ、思った以上に豪華ですね、ここ!」

「じゃあ着替えて、ロッカー出たところで合流しよう。混んでるから、はぐれると面倒だし勝手にうろつくなよ」

「了解っ♡」


更衣室のロッカーで手早く着替えを済ませ、タオルとロッカーキーを手首に巻いて、僕は先にプールサイドへ出た。

ひやりとしたタイルの上で待っているとーー


「お待たせしましたっ♡」

軽快な声とともに、ほたるがバスタオルをひるがえして現れた。


ほたるの水着は、淡いラベンダー色のフリル付きワンピースタイプ。肌の露出は少ないが、逆にその“控えめ感”が視線を集めていた。

身長も高くない彼女は普段は“妹系後輩”だが、今のほたるは違って見えた。肌の白さと濡れたツインテールのコントラスト、そして無邪気な笑顔が、妙に目を引く。

実際、すれ違った男子グループがちらりと彼女を振り返っていた。


(……すごい注目度だな)


視線をそらしながらも、気づかぬふりはできなかった。

僕の目にも、今日のほたるはどこか新鮮に映っていた。明るく笑っているのに、なぜかいつもより少し大人びて見える。


「……その水着、似合ってるな。いつもと雰囲気が違う」

ふと口にした本音に、ほたるの肩がピクリと跳ねた。まるで意外すぎて思考が止まったような反応だった。

「えっ!? に、似合って……っ♡ せ、せんぱい、それ、ほんとですか!?」

急に上擦った声で詰め寄ってきたほたるは、頬だけでなく耳まで真っ赤だった。手にしたタオルで顔の下半分を隠しながら、まるで恥ずかしさを隠しきれずに小動物みたいに身を縮めている。


「嘘ついて得することないだろ」

肩をすくめてそう返すと、彼女はタオルの奥で口を引き結び、小さく「うぅ……」と唸った。

「うぅ……急にそんなこと言われたら、照れますってばぁ……。うそ、今日の私は“爽やか彼女モード”なのに……なんか、先輩の一言で“初恋のヒロインモード”にスイッチ切り替わっちゃったかも……」

バスタオルの隙間から、そっとこちらを覗く目は潤んでいて、照れくさそうに揺れていた。


「よし、まずはあっちから行くか」

話題を変えるように指さしたのは、屋外のメインプールエリア。スライダーや流れるプール、子ども用エリアまで揃った一大プールゾーンだ。

「わーっ♡ プール! プール! おおき〜い♡ やばい、テンションMAXで沈みそうですっ!」

両手を広げ、まるで空を飛ぶように駆け出そうとする彼女に、僕は苦笑しながら釘を刺す。

「沈むな。泳げ」

「泳ぎますともっ! 今日こそ、25メートル完泳チャレンジです!」

「それって、まだ一度も成功してないってことか……?」

「な、なにごとも目標は高くっ!」


そのまま勢いよく水に飛び込もうとして――

「わっ、つめたっ!? やっぱ入るのあとにします!」

「おい」


尻込みしてプールサイドをぴょんぴょん跳ねるほたるに、周囲の小学生が笑っている。

だが当人はどこ吹く風。むしろ笑われたことすら喜んでいるようだった。


「先輩、先に行っててくださいっ! 私、水慣れしてから本気出すんで!」

「“本気出す”を一生言ってそうだなおまえ……」


僕はため息をつきつつ、足元をゆっくり水に沈めた。

ひんやりした水温が、思考を一気に切り替えてくれる。


「……久々に来たが、プールも悪くないな」


空は広く、陽射しは強く、だけど水面がそれを跳ね返して、どこか心地いい。

風も、ざわめきも、日常とは違うリズムで流れている。


「せんぱ〜い♡ 見ててくださいねっ! 今から華麗に入水しま〜す!」


声がする方を見上げれば、ツインテールが水着に似合わぬ勢いで腕を広げ――

「――って、うわわ! バランスっ……きゃあっ!!」

ドボン。


派手な水しぶきと共に、浮き輪ごと沈んでいくほたる。

「……なにが“華麗”だよ」


呆れながら近づくと、水面から顔だけ出した彼女がプカプカ浮いている。

「むぅ……思ったより、水深ありました……」

「まぬけすぎる……」

「でも! 楽しいですっ♡ これは間違いなく、“先輩との夏満喫ポイント+100”ですね!」

「そのポイント、どこで管理してるんだ」

「心のなかの“ほたる帳”ですっ!」


照り返す水面に、太陽の輪が重なっていた。

隣で浮かんで笑う彼女の姿が、なぜだかやけにまぶしく見えたのは――

きっと、水のせいだけじゃない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ