59 夏の風物詩
照り返す陽光に、アスファルトがかすかに揺らいで見える午後。
窓の向こうでは蝉が全力で鳴いているが、家の中はエアコンのおかげで静かな別世界だった。
僕はリビングで、アイスコーヒーを片手にノートパソコンと睨み合っていた。
(……SNS相談、返事だけでも軽く三十件)
自分で休止宣言しておいて、結局こうして返してしまっているのは職業病みたいなものか。
どの文面も恋と人間関係の悩みに満ちていたが、共通していたのは――
(夏は、気持ちが揺れやすい季節ってことだ)
相談内容すべてに返信し終えたタイミングで、ふと気がつく。
LINEの通知バッジが、いつの間にか「2」になっていた。
タップすると、見慣れた名前が並んでいる。
ひとつは、氷室玲奈。
もうひとつは、星乃みゆ。
夏休み中は定例の放課後相談も一時お休み。
それでもこうしてメッセージが届くあたり、ふたりとも「間を空けるのが苦手」なタイプなのだろう。
まずは氷室さんからのメッセージ。
玲奈 13:29
いつもの相談なのだけど、ちょっとだけ直接聞きたいことがあって
夏休み期間中で申し訳ないのだけど、お盆過ぎあたりで都合の良い日はないかしら?
文章は相変わらず丁寧で礼儀正しい。
どこか“急ぎの気持ち”をにじませていた。
次に、星乃さん
☆みゆ☆ 13:32
夏休みで仕事めっちゃ忙しいよ〜休みたいよ〜遊びたいよ〜
あ、この間の遊園地めっちゃ楽しかったね☆
また遊びに行こうね!
人気モデルの彼女は夏休みはむしろ普段よりも忙しいのかもしれない。
僕はふたりに素早く返信を行うと既読がすぐに付く。
それだけで、何かと繋がっている安心感のようなものが、じんわりと胸に広がった。
とはいえ、しばらくは束の間の静寂を味わいたいところだったのだが――
ピンポーン。
不意に鳴ったインターホンが、その思考を中断させた。
(……またきたか?)
玄関を開けると、予想どおり。
蜂蜜色のツインテールが陽光を弾き返して、無邪気な笑顔とともに現れた。
「せんぱーいっ♡ 夏の風物詩、お届けにあがりました〜!」
「風物詩が玄関で元気に喋ってることに違和感しかないんだが」
「えへへ~♡ 暑中お見舞いがわりに、ほたるをお届けにまいりましたっ!」
「いらん。毎日アホみたいな会話してたら脳が溶ける」
「アイスも脳も、どうせすぐ溶けますよ? だったら先に涼みに行きましょう、プールにっ!」
「……は?」
突然飛び出した単語に、一瞬思考が追いつかなかった。
「せんぱい、夏ですよ? 夏といえば、スイカ・花火・プールじゃないですか!」
「いや、論理の飛躍が……」
「でも! でもっ! いちばん人間らしくなれるのは、水着だと思うんです!」
「人間らしさと水着に何の関係が……」
「むしろ! 水着になってこそ、本当の自分をさらけ出せるっていうか~♡」
「……おまえが言うと、ただの誘惑ワードに聞こえるんだが」
「えへへ♡ じゃあこうしましょ。“夏のリフレッシュ作戦 inプール”。ちゃんと“健全”にしますからっ」
「……いや、もう“健全”の定義があやしいな……」
「いいじゃないですか、ほら、“恋愛コンサルの健康維持”って名目で!」
僕は言葉を詰まらせた。
「……まあ、確かに運動不足解消にはなるかもな」
「やったー♡ じゃあ、決まりですね!」
ツインテールが勢いよく跳ね、彼女はカバンからカラフルなメモ帳を取り出す。
「作戦名は、“すいすい大作戦!” 場所はウォーターアドベンチャー! 持ち物リストと集合時間はこの付箋に♡」
「準備早すぎるだろ……おまえ、いつから仕込んでたんだ?」
「ずっと前から決めていましたっ♡」
僕は息をついて、アイスコーヒーをひと口。
「……わかったよ、行くだけ行く。でも、騒ぎすぎんなよ」
「了解ですっ♡ 大人っぽい“清楚”な感じでいきますからね!」
「……その宣言が一番信用ならないんだけどな」
「ひどーい♡ でも楽しみですっ、先輩と過ごす、夏の1ページ!」
両手で“フレーム”を作るポーズで僕を覗き込みながら、
ほたるはくるりとその場で回って、笑顔を弾けさせた。
(……まぁ、家で無為に過ごすよりは良いか)
そう思った瞬間、僕の手元の付箋に、“先輩ポイント+70”と勝手に追加されていた。




