51 感謝を包んだ紙袋
いくつかアトラクションを回り終え、昼下がりの空気がどこか緩んできた頃。僕らはパークの中央広場近くで、次に何に乗るかを相談していた。
「この“フェアリーミラージュ”ってやつ、そこそこ人気あるみたいだな」
榊が看板を見ながらつぶやく。
「ファンタジー系のライドだね。でも、待ち時間……70分もあるよ」
桜がスマホを見ながら言ったちょうどそのとき――
「はい、注目〜っ☆」
みゆがくるっと振り返って、ポシェットの中から小さな紙片を2枚取り出した。
「実はね、こういうの、こっそり用意してました〜☆」
みゆが手にしていたのは、アトラクション優先乗車券。
「“フェアリーミラージュ”、このチケットで2人分だけ優先レーン入れるんだって。せっかくだし――」
みゆはわざとらしく榊と桜を見て、にこっと笑う。
「榊くんと桜ちゃん、先に乗ってきちゃいなよ〜!」
「いや、さすがに悪いよ、それなら俺と悠真が並ぶってのも全然――」
榊が遠慮がちに申し出ようとするのを、みゆはひらりと手を振って止めた。
「いいからいいから。私と加賀崎くんはちょっと疲れちゃったから、ここらで一休みしてるの。実はこのチケットね、対象アトラクション3回まで使えるやつだから、他も含めてのんびり楽しんできて☆」
「……ふふっ」
その瞬間、桜がほんの一拍だけみゆを見て、小さく微笑む。
「うん、わかった。じゃあ、お言葉に甘えちゃうね」
桜はそう言って榊に向き直る。
「榊くん、行こっか」
「お、おう? すまん、ありがとう! じゃ、行ってくるわ!」
2人がアトラクションの優先レーンへ向かって歩き出すのを見送ったあと、僕はみゆの隣でふっと息を吐いた。
「……星乃さんの作戦通り、無事二人きりにすることができたね」
「うん、ね? いいタイミングだったでしょ」
満足げに笑うみゆは、ポシェットをぱたんと閉じて言う。
「じゃ、こちらは――コンサルとクライアントの時間、ってやつ☆」
「……あはは、そっか。たまには、そういうのもいいかもね」
どこかいたずらっぽく微笑んだ彼女の横顔が、夏の陽射しの中で少しだけ大人びて見えた。
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「アトラクションに並ぶの、ちょっと疲れたよね。涼みがてら、ショップでも見てみない?」
「いいね。ここからなら、すぐ近くにキャラグッズショップあったはず」
ふたり並んで歩くと、パレードの余韻が残る道の先に、ポップでカラフルな外観のショップが見えてきた。
中へ入ると、冷房の涼しさと甘い香りに包まれて、自然と緩んだ空気になる。
「わぁ……かわいい……!」
「テンション上がってる?」
「うん、ちょっとだけ☆」
ぬいぐるみ、キーホルダー、文房具。さまざまなミスティックランドのマスコットが並ぶ棚の前で、みゆは自然体の笑顔を浮かべていた。
その様子が、どこかステージで見るモデルの姿とは違って、年相応に無邪気で――でも、それがなんだか、すごく嬉しかった。
「あっ、見て。これ、“ポポピヨン”の新作……!」
「それ、星乃さんがよく使うLINEスタンプのやつだね」
「ふふ。うん、最近ハマってるの。ピンクの羽根と眠そうな顔が、なんか癒されるんだよね〜」
そう言いながら、彼女はディスプレイされたスマホカバーを指先でそっと撫でるように見ていた。
その指の動きが止まったのは、【限定】のタグがついたモデルの前だった。
「……かわいいけど、限定なんだ。ちょっと高いなぁ」
少しだけ目を細めると、みゆは小さく息を吐いて、スマホカバーの前から離れた。
そのとき、何気なく彼女がスマホを取り出したのが視界に入る。
……使い込まれて色の褪せたピンク色のスマホケース。端の角は擦れていて、見た目にも少し年季が入っていた。
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ショップを出てから、数分後。
人通りの少ない木陰のベンチに、ふたり並んで腰を下ろす。
「ここ、風通しもいいしちょうどいいかも」
「うん、しばらくここで休憩しよう」
その合間、僕はポケットに手を入れ、小さな紙袋を取り出し、星乃さんに手渡す。
「……これ、よかったら……。今日は星乃さんにはいろいろとお世話になったし」
「……え?」
紙袋の中から取り出したのは、先ほどみゆが眺めていた“ポポピヨン”の限定スマホカバー。
淡いピンク色に、羽根を閉じて眠っているキャラが描かれている。ゆるい表情と、ふわふわの羽根。まさに、みゆが言っていた“癒し”の存在そのものだった。
「ほら、星乃さんずっと見てたから。 このキャラクタースタンプでもよく使ってるから好きなんだろうなって思って」
「……」
みゆの瞳が、ふっと揺れた。
一瞬、驚いたように僕の顔を見たあと、視線をそっとスマホカバーへ移す。
「……ありがとう。すごく、すごく嬉しい……」
少しだけ声が震えていた。けれど、みゆは微笑んで、そっとそのカバーを胸に抱いた。
そして、ほんの少し間を置いたあと――
「ね、さっそく使ってもいい? めっちゃテンション上がってるんだけど☆」
彼女は弾んだ声で言うと、すぐにバッグからスマホを取り出し、机の上にそっと置いた。
今まで使っていたケースを外すと、角がこすれて白くなっているのがよく見えた。
「長い間ありがとね、こっちのカバーも」
そう小さくつぶやいてから、新しいカバーを丁寧にスマホに装着する。
パチッと音を立ててはまった瞬間、みゆは嬉しそうにスマホを持ち上げて、小さくくるくると回して眺めた。
「うわぁ、ぴったり……! かわいい……! なんか、スマホごと生まれ変わった気分☆」
「よかった。それだけ気に入ってくれたなら、何よりだよ」
「ふふっ……これはもう、大切に大切に使わせてもらうしかないね」
そう言って見せた笑顔は、どこかくすぐったくなるほど素直で、あたたかくて。
僕もつられて、思わずふっと笑っていた。




