47 ミスティックランド
土曜の朝。
夏の陽射しはすでに本気を出しはじめていて、駅前のロータリーには早くもアスファルトの匂いが立ちこめていた。
空は真っ青で、雲はまばら。今日は一日、いい天気になりそうだ――そんな確信とともに、僕は歩道橋の階段を降り、待ち合わせ場所へと向かった。
改札前の目印の柱のそばには、すでに桜と榊がいた。
ふたりとも私服姿。桜は淡い水色のワンピースに白いカーディガン、榊は黒地にグリーンのラインが入ったTシャツにベージュの短パン。カジュアルだけど、どこかこなれた雰囲気がある。
……とはいえ、会話のテンポはぎこちない。
「お、おはようございます……花園さん」
「うん、おはよう、榊くん」
それだけで一瞬の沈黙が生まれる。
お互いに微笑んではいるけれど、どこか探り合うような空気。
先週の勉強会で顔を合わせて、LINEで何度かやりとりをしているとはいえ、今日が初めての“プライベートで遊ぶ”という関係。無理もない。
榊は短く息を吐いて、後頭部をぽりぽりとかいた。
「……まだちょっと緊張すんな……」
そのタイミングだった。
背後から、明るく弾んだ声が飛んできた。
「お待たせ〜っ☆」
パッと視線を向けると、陽光を浴びて黒髪のウィッグを揺らしながら、星乃みゆが歩いてくるのが見えた。
白のノーカラーブラウスに、淡いベージュのフレアスカート。足元はシンプルなバレエシューズで、つば広の麦わら帽子と大きめのサングラスがアクセントになっている。
清楚だけど決して目立ちすぎず、でもよく見ると洗練されたコーディネート。
まるで“夏の読モスタイル”の見本のようだったが、帽子とサングラス、そして黒髪ウィッグのおかげで、そこに“星乃みゆ”本人の影はほとんど感じられなかった。
「今日の変装も完璧だね」
僕がそう言うと、みゆはくすっと笑って僕の近くに寄ってきた。
「ふふっ。夏のお忍びスタイル、レベルアップしたからね☆」
彼女はサングラス越しに僕を見て、ほんの少しだけ声を落とす。
「……今日は“グループデートシミュレーション”だよ、コンサルさん♡」
いたずらっぽく片目でウィンク。
その仕草に、なんとなく肩の力が抜けて、僕も小さく笑った。
「じゃ、そろそろ行こっか! ミスティックランド!」
4人で改札を抜けて電車に乗り、ゆらゆらと揺られること数十分。
車窓に映る景色がビル群から緑と空に変わっていき、やがて大きな観覧車とメリーゴーランドの塔が視界に入ってくる。
「うお、見えてきた!」
榊が指をさし、前のめりになる。
「うわ……ほんとにおっきいね。すご〜い」
桜も思わず立ち上がって窓に近づいた。
駅を出て、バスロータリーを越えると、遊園地のカラフルなゲートが見えてきた。
陽射しに照らされたアーチには「Mystic Land」の文字。子どもの笑い声とポップな音楽が入り混じって、非日常の入り口を彩っていた。
榊が園内マップを手に取りながら言った。
「とりあえず、何から行く? 絶叫系? それとも緩いやつで肩慣らし?」
「うーん……どれが混むか分かんないし、どっちが先がいいんだろうね」
桜が少し困ったように呟いた、そのとき。
「ふふん☆ 実はね、私……いくつか事前に調べてきちゃったんだよね〜」
みゆが胸元のポシェットから、手作り感のあるミニマップを取り出した。
色分けされたエリアや、簡単なアイコンで分かりやすく整理されていて、ぱっと見ただけでも内容の充実ぶりが分かる。
「え、マジで? それ助かる!」
「ありがと、みゆ! 地味に悩むんだよね、こういうの」
僕はその様子を横目で見ながら、胸の奥でそっと息を吐く。
――この計画、もともとは僕と星乃さんで一緒に立てたものだ。
でも彼女が主導してくれるなら、それが一番自然だし、ありがたい。
「とりあえず、最初は混む前にこの“シャドウコースター”乗っちゃお? あとは午前中に三つくらい回って、お昼はフードコートで休憩って感じで」
「なるほど。じゃ、任せていい? 星乃さん」
「うんうん、任せてっ☆」
そうして4人はゲートをくぐり、色とりどりの風船と音楽の中へと足を踏み入れた。
――夏の日差しと、冒険の始まりの高揚感。
今日という一日は、きっと忘れられない何かになる。そんな予感が、胸の奥で静かに鳴り始めていた。




