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46 秘密守れるほたるちゃん

金曜の放課後。旧視聴覚室――通称〈相談室〉の窓は、傾いた陽に淡い珊瑚色を帯びていた。

ホワイトボードの隅には《ミスティックランド行程案》と書かれた付箋が五枚。


明日のスケジュールも含めた計画は、ほぼ完成している。

僕はPC画面をスクロールしながら、最終確認のメモを加えていく。


キーを叩く手が止まったそのとき、ドアのノック――ではなく、乾いた、ためらいがちな戸当たり音がした。


「悠真〜、いるか?」


現れたのは榊智也。いつもの豪快さは影を潜め、肩にかけたスポーツバッグを小さく持ち直している。


「いよいよ明日だな。……なんか、急に心配になってきた。持ってったほうがいいものとかあるか?」


「水しぶきで濡れるアトラクションがいくつかあるからハンドタオルは持っていったほうがいいな。あと、明日は天気が良さそうだからハンディ扇風機を持っていってもいいかもしれないな。モバイルバッテリーも忘れずに」


「なるほどな……そういう実用的なとこ、抜けてたわ」


榊は手元のスマホにメモを取りながら、小さく頷いた。


「まぁ、僕と星乃さんもフォローに回るから。あんまり気負わず、普通に楽しむのを意識すればそれでいいよ」


「……おう。ありがとう。マジで助かる」


榊の表情が少し和らぐ。


「待ち合わせ場所は改札前だったよな?」

「そう。駅の中央改札前。北口側の六角柱のスピーカー塔の前な」

「おう、わかった」

「一応待ち合わせ時間は7時だけど、お前は20分前な。 星乃さんや花園さんは目立つから待ってる間にナンパとかされそうだろ? 二人に嫌な思いさせたくないし」

「だな! よし、明日の遊園地は気合い入れて“早起きモード”で行く!」


ちょうどそのとき――。


「せ・ん・ぱ・いっ♡」


蜂蜜色のツインテールが勢いよく跳ね、ドアがスライドしてきた春風を背負って来栖ほたるが飛び込んできた。腰に巻いたピンクのカーディガンが、スカートのひらみと一緒にふわりと揺れる。

ツインテールの根元がピコピコと跳ねるそのテンションに、榊の口元が一瞬だけ緩んだ。


「すまん、相談の予定が入っていたか」


榊はすぐに状況を察したらしく、バスケ部仕込みの機敏な動作で立ち上がる。


「じゃあまた明日、よろしくな!」と軽く笑い、廊下へと消えていった。


ほたるはその背をちらりと振り返ってから、いつものスキップで机まで来ると、ジャスミンティーの湯気をくんくん嗅ぎながら目を細めた。


「……ねぇ先輩。今、“星乃さん”って言ってませんでした?」


僕は一瞬、思考が止まった。

「聞いてた……?」


(恋愛相談は守秘義務。詳細は伏せる――それがポリシーだ)


「星乃さんって、モデルのみゆみゆですか? もしかして、榊先輩はみゆみゆのことが好きなんですか?」


ツインテールを小首に傾けながら揺らし、ほたるが探るような視線を送ってくる。


「いや、違う。……榊が星乃さんを好きというのはほたるの勘違いだ」

僕は言葉を選びながら、ひとつ息をつく。


「ただ、外から見れば誤解を招く可能性がある。特に榊は好きな子がいて真剣になってる最中だし……星乃さんにだって、変な噂が立ったら迷惑になる」


僕は椅子の背に体重をあずけながら、ゆっくりと念を押す。


「だから、榊が星乃さんと出かけたって話――これはくれぐれも他言無用で頼む」


何気ないひと言が、榊の恋を台無しにしかねない――それくらいの緊張感はある。


「ラジャーっ♡ ほたるは“絶対沈黙の戦士”ですっ!」


ほたるは勢いよく立ち上がると、机の上に両手を置いてぐいっと身を乗り出す。

「まずは口チャックっ」と言いながら自分の唇に人差し指を当ててスライド。

続けて「そして心に鍵っ」と、胸元に手を置いて“カチャッ”とエア南京錠を施す仕草。


「……ダイヤルロック式じゃないのか?」

「え? 先輩、そこツッコむとこですか!? いいの、雰囲気で鍵かかった感出てれば!」

「理系としては構造が気になるところだな。せめて暗証番号は?」

「ひ・み・つ♡」


僕の視線にドヤ顔で返しながら、椅子にぴょこんと座り直すと、今度は頬杖をついてにこにこ。


「先輩の懸念もわかります、みゆみゆも榊さんも、学園の人気者ですからね~。そんな二人の名前が一緒に出ただけでキャーッ♡って騒がれちゃいますからね、絶対」

「まぁ、間違いないな。無駄に大騒ぎになる未来が見える……」

「だから! そんなデリケートな情報を預けるなら、やっぱり私みたいな“信頼度SSランク”の子に限りますねっ!」

胸を張って自信満々に宣言するその姿は、まるで自称・秘密保持のスペシャリスト。


「その称号、自分で名乗ってないか?」

「うふふ♡ 自薦他薦問わず、絶賛受付中です! “秘密守れるほたるちゃん”をどうぞよろしく」

「……まぁ、冗談はともかく。ほたるのことは信用してるよ。頼んだぞ」


そのひと言に、彼女の表情がふわっと緩む。


「……えへへ、任されました~♡ 期待値SS超えで守ってみせますね!」


だが、その余韻も束の間。彼女はふいに机の上に肘をつき、今度はぷくっと頬を膨らませる。


「で・す・がっ!」

「……ん?」

「先輩だけ、楽しそうに遊園地行っちゃうなんてズルすぎですーっ!」


ツインテールがぷるんっと跳ねる。片手を差し出しながら、あからさまに不満のポーズ。


「私は置き去り? 相談助手は!? 私の存在価値は!? 清楚修行中の身としては、精神衛生にも問題が出ます!」

「いや、明日はあくまで仕事みたいなものだから……」

「はいはい。コンサルごっこに現を抜かす男のセリフですねっ」

「ごっこじゃない。案件だ」

「じゃあ、ちゃんとアフターケアもお願いします♡」

「は?」

「土曜日が榊先輩デーなら、日曜日は来栖ほたるデーで決まりじゃないですかーっ♡ “公平性”の観点から言っても当然!」

「連日外出は普通に体力削られるんだが……」

「じゃあ、来週の夏休みまでは我慢します♡ その代わり――夏休みは、いっぱい遊びましょうね!」

「まぁ、今のところ予定はないし、疲れない程度にならいいぞ」

「やったっ♡ じゃあ“夏休みおでかけプラン”考えときます!」


ツインテールが跳ねた勢いのまま、ほたるは手帳を取り出し、ページをパラパラとめくる。


「まずは浴衣で花火大会でしょ、それからプールでしょ! スイカ割りもしたいし、山でハイキングもアリ!」

「詰め込みすぎじゃないか? どう考えてもハードだぞ……」

「ふふふっ、それが“青春”ってやつなんですよ、せんぱい♡」

「どこの誰に吹き込まれた定義なんだ、それ……」


僕が苦笑いで返すと、彼女はスキップする勢いで机を回り込んできて、満面の笑みで手帳の空白を指差した。


「ここ全部、“せんぱいタイム”で埋めますね♡」

「僕に残された休息時間が絶滅危惧種になりそうだ……」

「安心してくださいっ! ちゃんと“ごろごろ昼寝デー”も1日確保してますから♪ その日はお菓子持参で突撃する予定でーす♡」

「予定が“突撃”って言ってる時点で休める気がしないんだが……」

「“清楚×ほたる”ハイブリッドの最終進化確認デートもしましょうね!」

「……進化ってポケモンじゃないんだからな」

「はーい、照れ隠し入りましたー♡」


もう勝手に進める気満々らしい。仕方ない、いつものことだ。


「……まぁ、全部はともかく、暇な日は付き合うよ」

「やったぁっ!♡ 先輩チャージ確約!」


両手をバンザイしながら、付箋を一枚取り出してペタリ。

そこにはマジックでこう書かれていた。

《先輩ポイント+50♡》


「それ、自作スコア?」

「毎週更新してます♡ “先輩との接触時間”に比例して上がるんです!」

「……で、上限は?」

「∞ですっ♡」


その後も、“恋愛相談”とは名ばかりの雑談が続いた。

清楚ファッションの次の一手とか、校内の噂話とか、購買のアイス新作ランキングとか――。

恋愛コンサルとはまるで関係のない話題だが、楽しい時間だった。

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