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44 全力の自然体

水曜の朝。

教室の窓から差し込む光はすでに夏の予感を含んでいて、机に当たる影がどこか眩しかった。僕が教室に入ると、すでに榊は自分の席で教科書を開いていた。時折シャーペンを回しながら、何やら問題に唸っている様子だ。


一限のチャイムまで、まだ少し時間がある。

僕は自分の席に荷物を置いたあと、静かに榊の机へと歩み寄った。


「榊、おはよう。……今週の土曜、予定あけられるか?」


僕の声に、彼はペンの動きを止め、顔を上げた。

「おう、おはよ。土曜? また服か?」

「あー、いや、ちがうちがう」

僕は苦笑しながら手を振って否定する。


「遊園地に行くことになった。で、花園さんも来る」


その一言で、榊の背筋がビシッと伸びた。

体感で言えば2センチくらい背が伸びたんじゃないかってくらい、明らかに反応が変わった。


「……は?」

「『ミスティックランド』に前の勉強会のメンバーで行く感じだな」

「ミスティックランド……!?」

榊が大声で繰り返す。


「あのCMでよく見る、カップルが空飛んでるみたいなやつ!? ……え、急すぎだろ! なんでそんな神展開が発生してんの!?」

テンパりながら椅子をガタガタ揺らした勢いで、彼のシャーペンがコロリと机から転がり落ちた。

僕は肩をすくめつつ、それを拾って手渡す。


「まぁ、今回に限ってはほとんど星乃さんの企画って感じかな」

「は~~~~……!」

榊は深く息を吐いたあと、顔を手で覆ってしばらく動かない。


「うわぁ、やべえ、緊張してきた。何着ていくか今から考えなきゃダメだよな。清潔感は大事だし、でもラフすぎると学生感出すぎるし……! いや、逆にあえて学生らしさを前面に出すって手も……!」

「落ち着け、まだ水曜日だから。焦るの早い」

「でもさ、心の準備って必要じゃん! こういうときにうっかり変な服着てきて“あー、この人ないわ”って思われたらどうすんだよ!」

「そこまで極端な評価されないから安心しろ。少なくとも花園さんはそういう子じゃないだろう」

「……でも一応、鏡の前で笑顔の練習とかしておくべきかな。あと会話の練習とか、ツボ探しとか……!」

「そこまで気負わなくていい。むしろ頑張りすぎると逆効果だからな。おまえ、素で十分“いいやつ”なんだから、それでいけ」

「……お、おう。そっか。ナチュラルね。自然体ね。……俺、ナチュラル全開で行くわ」

「“全開”って時点で自然体じゃない気がするんだけど」

「も~~~どうすりゃいいんだ! 俺の脳内は今、ミスティックランド一色なんだよ!」


榊が両手で頭を抱えながら悶絶するように机に突っ伏したのを見て、僕は思わず吹き出しそうになった。


「とにかく、土曜よろしくな。時間と待ち合わせ場所は、あとで4人のグループトーク作って決めよう」

「お、おう! 任せとけ!……いや、それは悠真のセリフか。おまえにはもう感謝しかない……!」

「大げさだって」


榊は深くうなずいたあと、珍しく真剣な顔で拳を握りしめる。


「……俺、頑張るわ」

「頑張るって……何を?」

「そりゃあ……アピールだよ。さりげなく、でも確実に! 俺の魅力を伝えていく……!」

「うん、だから“さりげなさ”と“確実”って両立難しいからな?」


そんな言葉をかけながらも、僕はほんの少しだけ、彼の熱意に感心していた。

榊なりに、本気なんだなって思ったから。


「――まぁ、当日はできるだけサポートするよ」

「おう、ありがとな!」


僕は席へ戻りながら、少し振り返る。

榊はまだテンションの波に飲まれたままだったけれど、その表情は――どこか、期待に満ちていた。


(いい日になると、いいな)


そう思いながら、僕は教科書を開いた。

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