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40 恋の助走

「おっす、悠真!」


金曜、朝のホームルーム前。教室に生徒たちがちらほら集まり始めたタイミングで、榊が笑顔で僕に近づいてきた。勢いそのままに僕の肩をポンと軽く叩く。


「昨日はマジでありがとな。……あれから、桜ちゃんと少しだけど、メッセのやり取りできたんだ!」


そう言って彼は、どこか子供みたいに無邪気な顔を見せた。


「そっか、それはよかった」


僕が笑うと、待ってましたと言わんばかりに、榊はスマホを取り出して画面をこちらに向けてくる。LINEのやり取りが表示されたその画面には、シンプルな一言と、控えめなスタンプがひとつ。それだけなのに、画面越しにも榊のテンションの高さがにじみ出ていた。


「“昨日ありがとう”ってさ。たったそれだけでも、返してくれるってだけで嬉しいもんだな、これ。通知来たとき、変な声出たわ俺」


「わかるよ。まずは“返信が来る”ってだけで十分成功だ。花園さん、思ったより警戒心が強くなさそうだし、しっかりした性格だから、ちゃんとした距離感を保てば自然と話しやすくなると思う」


「距離感か……」


榊が口の中で繰り返すように呟き、少し眉を寄せる。考え込むようにスマホを眺めたかと思えば、ふっと思い出したように顔を上げた。


「じゃあ、こまめに送りすぎない方がいいんだな?」


「うん。一気に距離を詰めようとすると、かえって構えさせちゃうかもしれない。たとえば、“昨日のメモ、復習に使わせてもらって助かった”って感謝の一言を送るだけでもいいし、“あの問題、自分はこう解いたけど合ってるかな?”って軽く質問するくらいがちょうどいい。内容より、“返しやすさ”を意識するのが大事だな」


「なるほど……安心感か。そういうの、意外と意識してなかったかもな」


榊は腕を組み、少し目を細めた。バスケの試合で相手のディフェンスを読むときみたいな、真剣な顔。彼なりに考えてるのが伝わってくる。


「要は、“ちゃんとした人”って思ってもらえるようにすればいいんだよな?」


「まあ、簡単に言えばそう。ちゃんと返してくれたってことは、少なくとも悪い印象ではないんだから。今のうちに“信頼できそう”って印象を積んでいけば、会話も自然に広がっていくよ」


「……よし、意識してみる」


榊はふっと息を吐いて、スマホをそっとポケットにしまった。その顔には、まだ慣れない恋の距離感に戸惑いながらも、前へ進もうとする決意が宿っている。


「それとさ、“何を話すか”より、“どう受け止めるか”を意識したほうがいいよ」


「受け止める……?」


「うん。話題に困ると、何か言わなきゃって焦るだろ。でも、相手の言葉に“すごいね”とか“それ頑張ってるんだね”って反応してあげるだけで、相手は“ちゃんと聞いてくれてる”って安心する。あとは、さりげない気遣い――たとえば、“体調大丈夫?”とか、そういう一言も効く」


榊はうんうんと頷きながら、「なるほどなぁ……」と何度も呟いた。まるでコーチに作戦を教わった選手のようだ。


「……なんか、ちょっとずつだけど前に進めそうな気がしてきた。こういうの初めてだから、ほんと助かるわ。お前ってさ、あらためてすげーな」


「……いや、それが仕事だから」


少し照れながら返すと、榊はニヤッと笑って僕の脇腹を軽く肘でつついてきた。


「照れんなって! 仕事じゃないだろ、今回は。ただの“親友”の応援って言ってくれたじゃん?」


僕は苦笑しながら肩をすくめた。


「まあ……そうだな。個人的にも応援してるよ」


「サンキューな、マジで。お前がいなかったら、たぶん俺、花園さんとここまで喋れてなかったわ」


榊はもう一度スマホを見下ろし、スクリーンに浮かぶたった一行のメッセージを見て、嬉しそうに微笑んだ。やれやれ、と思いながらも、そんな顔を見られるのはちょっと嬉しい。


――本気の恋って、案外、不器用なやつほど眩しく見えるのかもしれない。


チャイムが鳴る。生徒たちがざわざわと席に着き始め、教室の前方では担任の先生が出席簿を手に立ち上がった。


「よし、また進展あったら話すな」

「ああ、楽しみにしてる」


僕たちは軽く拳を合わせ、それぞれの席へ戻っていった。


――親友の恋も、ほんの少しずつ、確実に走り出している。

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