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04 星乃さんは意外に慎重派

 休憩時間の廊下は、トイレや購買へと急ぐ生徒たちでざわめいていた。

 僕が教室に戻ろうと角を曲がった瞬間、「あの、加賀崎くん!」と軽やかな声に呼び止められた。

 振り返ると、隣のBクラスから出てきた星乃みゆが小走りで近づいてくる。

雑誌の表紙でも見慣れた愛嬌のある笑顔を、まさか直接こちらに向けられるとは思わず、少し驚いて足を止めた。


 「やっと見つけた☆ 相談したいことがあるんだけど……放課後、時間もらえないかな?」


 「星乃さんが僕に?」


 同級生ではあるけど、授業以外でまともに話したこともない。僕が戸惑うのを見て、彼女は困ったように眉を下げた。


 「あれ、迷惑だったかな?」


 「いや、迷惑じゃないけど、意外だなと思って」


 「そう? わりと前から、加賀崎くんって相談に乗るの得意って噂だから、ちょっと頼りにしたくなっちゃって☆」


 噂、という言葉に胸が少し高鳴る。なるほど、恋愛相談の評判はBクラスまで広がっているのか。


 「わかった。じゃあ放課後に僕の相談室……旧視聴覚室でいいかな?」


 「うん、もちろん! ありがとう☆」


 そう笑顔を残すと、星乃さんはスカートの裾を軽く弾ませながら教室へ戻っていった。


  放課後。旧視聴覚室――“相談室”の札もない地味な空き教室だが、この時間帯だけは窓辺の西陽が淡いピンク色を帯び、壁に映る埃までが照明効果のようにきらめく。

 僕がノート PC を立ち上げ、コンサル用テンプレートを呼び出す頃合いを見計らったかのように、廊下のドアが軽快に開いた。


 「失礼しまーす☆」


 声も足取りも遠慮ゼロ。

 星乃みゆ――同学年B組、ファッション誌『étoile』レギュラーモデル。

 制服の上に薄いベージュのロングカーディガンを羽織っている。メイクは控えめなはずなのに、肌がライトを浴びているみたいに艶めくのはプロの業だろう。


 「ここが噂の“恋愛シェルター”かぁ。西陽がいい感じで、映えもバッチリだね☆」


 入るなりスマホを構え、カメラアプリを起動。教室の隅に置いてある古いスクリーンを背景に、さりげなく“映える”撮影ポジションを探している。


 「撮影するのはいいけど、SNSとかはNGで頼む。コンサルは基本オフレコ」


 「あ、そっか! ばっちり秘密主義だもんね。了解☆」


 カーディガンの袖を肘までたくし上げて席に滑り込むと、身を乗り出す勢いで顔を近づけてきた。


 「実はね、同級生と付き合いたいんだけど――事務所にもファンにもぜっっったいバレずに付き合う方法ってあるかな?」


 最後の “ぜったい” にアクセントを置き、目をキラリ。


 「なるほど……モデルとしてのリスク管理、ってやつだね」


 「さすが☆ 理解が早い! 撮影スタッフにも言われたんだ。“炎上には注意してね”って」


 メイク用の鏡を思い出したのか、手鏡を取り出して前髪をチェックする。


 「映えとセキュリティ、両立って難しいね。だから加賀崎くんに相談~」


 僕はメモを取りつつアイディアを並べる。


 「定番は学校の活動を利用することかな。たとえば勉強会とか委員会作業をデート代わりにする。制服姿なら“打ち合わせ”に見えるし、放課後の残留も自然」


 「あ、いいねそれ!」


 「外で普通にデートしたいなら、ウィッグで髪色と髪型を変えたり服装を普段とガラッと変えて変装すればほぼ気づかれないよ」


 「それなら手を繋いで遊園地とかもいけちゃうかな!……えへへ……デートかぁ☆」


 ニコニコしていた星乃さんだったが、不意に声のトーンが落ち着く。


 「で、でも、そもそも相手が付き合ってくれるかわからないんだよね……」


 僕は思わず吹き出しそうになった。


 「星乃さんほど可愛い子に告白されて付き合わない奴なんいるの?」


 「えー? 好意を持たれることは多いけれど、全員が私のこと好きになってくれるわけないでしょ☆」


 冗談めかしているけれど、謙虚な彼女の反応は予想外で少し驚いた。

なんとなく彼女のようなタイプは恋愛にも自信たっぷりなのかと思っていたから。


 「相手には彼女がいないんだよね?」


 「いないみたい。でも、欲しいとか誰か気になってるとか、一切言わないらしいから……。もしかしてもう好きな人がいるのかもしれないし……」


 「なるほど。相手の気持ちが分からないと不安だよね」


 「うん……。でも友達は『みゆなら絶対大丈夫だよ』なんて言うけど、本当にそうなのかなって……」


 「星乃さんだったら駆け引きとかせずに普通に仲良くしているだけでも相手に好意もたれそうだけどね」


そこでふと彼女が真顔になる。


 「加賀崎くんも? ――私と一緒にいたら好きになってくれる?」


 一瞬、思考が止まる。


 「あー……えっと」思わず目を逸らしつつ、冷静を装って続けた。


 「星乃さんは可愛いし、普通に好きになっちゃうと思うけど」


 「……ほんと?」


星乃さんの頬がわずかに赤く染まった気がした。


 「でも安心してよ。僕は星乃さんを好きになって告白したりしないから」


 「えっ、えっ、なにそれ、好きになってくれるんじゃないの??」


 「僕にはルールがあって。クライアントには恋愛感情を抱かないって決めてるんだよ」


 「つまり、プロ意識的な?」


 「そうそう。相談されてる立場で好きになったりしちゃったら、仕事にならないからね」


自然な理由を口にできたことに内心ホッとした。


 「な、なるほどね☆ ちょっと安心したかも!」


星乃さんはパッと笑顔に戻り、「ねぇ、これからも相談してもいい?☆」と軽やかに立ち上がった。


 「もちろん、他にもクライアントがいるから時間は応相談にはなるけど、精一杯協力するよ」


 「わぁい☆ ありがとー! じゃ、また来週も相談に乗ってね☆」


 そう明るく言い残して、星乃さんは足取り軽く部屋を出ていった。


(慌ただしく出て行っちゃったから結局、星乃さんの好きな人の名前聞けなかったけど、次回は教えてくれるのかな?)


とりあえず星乃さんの件はお忍びデートプランをいくつか考えておこうかな。

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