39 和やかな雰囲気
ドリンクバーから席に戻ると、榊と花園さんはすでに教科書やノートを広げて談笑していた。榊が笑顔で何かを話し、花園さんが真剣に頷いている姿は、初対面とは思えないほど自然な空気を作り出していた。
「おかえり、みゆ。ドリンクありがと」
「ううん、大丈夫。軽食もすぐ来ると思うよ」
僕と星乃さんも席に腰を下ろし、それぞれの教科書を開いた。
「じゃあ、どの教科から始めようか?」
僕が声をかけると、星乃さんがメガネの奥で少し考えるような仕草を見せた。
「うーん、私はやっぱり英語が苦手なんだよね……」
「だったら、まず英語からやろうか」
そう言って僕がノートと教科書を開くと、斜め前の席に座っていた花園さんがぐっと身を乗り出して覗き込んできた。
「みゆが加賀崎くんに教えてもらったらすごく分かりやすかったってすごい自慢してくるから少し気になっていたんだけど、たしかに加賀崎くんのノート、綺麗だね」
花園さんがにっこり微笑む。その言葉に星乃さんが少し赤面し、軽く花園さんの肩を叩いた。
「ね、ねぇ桜ちゃん、それ内緒でしょっ!」
「ふふ、ごめんごめん」
花園さんはいたずらっぽく笑って、みゆに向かって小さくウインクをした。
その間も榊は一生懸命英語の教科書に向き合っていたが、分からない単語が出てくると少し眉をひそめていた。
「これ……どういう意味なんだ?」
「それはね、こういうニュアンスで使うんだよ」
僕が答える前に花園さんが答える。榊は素直に感心したように頷いた。
「助かるわ、マジで。……こうやって教わるの、久々な気がする」
「そうだな、前に僕とやったの、いつだっけ?」
「高校受験前とか? ほら、俺さ、切羽詰まらないとエンジンかからないタイプじゃん?」
「それは確かに」
僕が笑いながら言うと、星乃さんもくすくすと笑った。
「でもさ、榊くんって、分からないところをちゃんと聞けるのって偉いと思うよ」
「お、それ褒められてる?」
「うん、たぶん☆」
「みんなは来週の提出課題、もうやった?」
「一応途中までは」
「僕は昨日、全部終わらせたよ」
「えっ、なにそれ? そんなのあったっけ?」
「……がんばろうね」
花園さんが苦笑しながら榊に言うと、榊はポリポリと頭を掻いた。
「さっきの英語といい、提出物といい……加賀崎、次から俺にもリマインドくれ。これから真面目に頑張るから」
「わかったよ」
そんなやりとりをしながら、テーブルの空気はどんどん和やかになっていった。
星乃さんが小声で話しかけてくる。
「榊くんと桜ちゃん、いい感じに話せてるね☆」
僕は小さく頷いて、そっと微笑んだ。
「榊くん、桜ちゃんのことすごく意識してるね。目線がしょっちゅう向いてる」
「ま、まあ、今日の勉強会はそれが目的のひとつだし」
「うん。でも桜ちゃんも、榊くんに対して悪い印象はなさそう。表情や反応が自然だったし」
「じゃあ、少しだけ背中押してやるか」
「うん、私も手伝う☆」
そう言って、星乃さんはさりげなく花園さんに話題を振る。
「桜ちゃん、期末の復習っていつも一人でやってるよね? こういう勉強会、初めて?」
桜は少し驚いたように瞬きをしてから、微笑んだ。
「うん、一人が多いかな。でも、こうやってみんなでやるのも楽しいなって思った。テンポも良くて集中できるし」
「うんうん、すごくわかる〜。私、桜ちゃんのノートの取り方すごく丁寧で参考になるって思ってたんだよね。……だからね、桜ちゃんのノート、写させてもらってもいい?」
桜は一瞬きょとんとしたあと、ふっと笑って、声をひそめ耳打ちする。
「……ねえ、私じゃなくて――加賀崎くんにお願いしたほうが、嬉しいんじゃない?」
みゆは一瞬、ぽかんと目を見開いた。
すぐに「ちょ……!」と小さく慌てた声を上げ、頬を赤く染める。
桜は口元を手で覆いながら、くすっと笑った。
「ふふ、ごめん。ちょっとからかいたくなっちゃった」
「もう……いじわる……」
みゆは恥ずかしそうに視線を泳がせ若干棒読みになりつつも、何とか体勢を立て直して言葉を継いだ。
「……あ、ノートは後で写真で送ってもらえたら助かるかも」
言葉の終わりに、星乃はふわっと微笑んで、さりげなく一歩引いた。
そして僕に向かって、こっそりウインクを送ってくる。
その意図を汲んだ僕は隣の榊に声をかけた。
「榊も復習必要だろうし、そのデータもらっておいたほうがいいんじゃないか?」
榊は一瞬きょとんとしたが、すぐに意味を察し、小さく深呼吸をして、タイミングを見計らって桜に声をかけた。
「あの、俺も……。さっき花園さんのノート、ちょっと見せてもらったんだけど。すごく分かりやすくてさ。……もしよかったら、俺にも送ってもらえたりするかな?」
桜は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。
「うん、いいよ。じゃあ送るから……連絡先、教えてもらっていい?」
その瞬間、榊の顔がパッと明るくなる。
「えっ、あ、もちろん!」
その声には、どうしても隠しきれない嬉しさが滲んでいた。
横目でそのやり取りを見ながら、僕は小声で星乃さんに話しかける。
「今の、ナイスパスだったね」
「でしょ☆ 私を恋愛コンサルの助手にどう?」
くすっと笑う星乃さんの横顔は、どこか誇らしげだった。
その後も初めてのグループ勉強会は、終始和やかな雰囲気のまま進んだ。
いつの間にか会話も自然と増えて、榊も少しずつ花園さんと打ち解けているようだった。
勉強も笑いも混じりながら、みんなで同じ時間を過ごせたことが、きっと今日の一番の収穫だったと思う。
次に集まるときは、さらに距離が縮まっている――そんな予感がした。




