33 処方箋
僕はホワイトボードにマーカーを走らせながら、榊に向き直る。
「――じゃあ、具体的な作戦に入ろう。まず一つ目は、“褒めポイントの調査”だ」
「おお、出た。俺の得意技、褒め殺しの時間だな」
「違う。それ、逆効果になるやつ。重要なのは、“誰にでも通用する褒め”じゃなくて、“その人だけが自覚してる努力”や“気づかれにくい部分”を拾うこと」
僕は《バスケ》と書き、横に小さく「努力・工夫を見抜く」と補足を加えた。
「たとえば――榊、おまえが『スリーポイントすげー』って言われたら、そりゃ悪くはないだろうけど、ありきたりだよな」
「まぁな。スリーポイント決めたら誰でもそう言うしな」
「でもさ、『おまえって、ディフェンスでのポジショニング、毎回絶妙だよな』って言われたら?」
榊の目がわずかに見開かれる。
「……それ、ちょっとグッとくるな。そこ、地味だけど意識してるとこなんだよ」
「だろ? 自分が工夫してやってることに気づかれると、他のどんな褒めよりも刺さるんだ。それは誰だって同じ。だから花園さんに対しても、“人目につかない努力”や“本人がこだわってるポイント”を探すのがカギなんだよ」
「なるほどな。花園さんがバスケ部じゃないのが惜しいくらいだぜ」
「ま、種目が違ってもやることは同じさ。“その人だけのディフェンス”を見つけろ、ってこと」
榊が笑いながら、拳を軽く僕の肩に当ててくる。
「オーケー。今のはわかりやすかった。……褒めも、ちゃんと“分析”がいるんだな」
「当然だろ? これは“感覚じゃなくて戦略”でやる恋愛だからな」
二人で笑いながら、次の項目を書き込む。
「二つ目は、“選択権を渡す場面を作る”。これは地味だけど、自尊心の底上げに直結する」
「……選択権?」
「たとえば、“このあとちょっと寄り道しない?”って言うときに、二択で提案してみる。『カフェと文房具屋、どっちがいい?』って感じで」
「それって、ただ選ばせるだけじゃん?」
「そう。でも、“選ばせてもらった”って感覚が残る。さらに、選んだ先で“あ、それいいね”とか“俺も好きなんだ”って肯定してやれば――」
「選んだこと自体が褒められる、ってことか?」
「そう。些細なことでも、“自分の好みが受け入れられた”って実感になる。それが、自己肯定感に直結するんだ」
榊は腕を組んで少し唸る。
「確かに。自分で選んだことを否定されたらムカつくし、逆に褒められたらちょっと自信つくな」
「しかも、好意のフィルターを通せばなおさら効く。“自分の好きなものを、好きな人が肯定してくれる”って、特別感があるからね」
「なるほどな。言われてみりゃ、意見出して褒められると嬉しいし自己肯定感上る感じするな」
「選択肢を渡す=信頼の証。『あなたの選んだものを僕は受け入れるよ』っていう無言のメッセージになる」
「その積み重ねで相手からも信頼してもらいやすくなるってことか」
「そして相手に『私はここにいていいんだ』って思ってもらいやすくなる」
僕はその隣に《自尊心 × 信頼感 → 心理的距離の縮小》と式のように書き込んだ。
「そして三つ目、これはちょっと応用編だけど――“小さなお願いごと”をする」
「お?逆にこっちがお願いするのか?」
「そう。“手伝ってくれない?”“教えてくれる?”みたいな、小さなもの。心理学で“フット・イン・ザ・ドア”っていうテクニックがある。小さな要求を承諾させると、次の大きな要求も受け入れやすくなるってやつ」
「ふむふむ。なんか借りを作る感じか?」
「借りというより、“頼られてる”という感覚を持ってもらう。人は頼られることで、自分の存在価値を実感する。その積み重ねが、相手の中に“あの人と一緒にいると自分らしくいられる”って感覚を生み出す」
「なるほどなー……てかお前、ほんとに高校生か?」
「高校生だよ。恋愛コンサルタントなだけ」
榊が苦笑しながらホワイトボードを眺める。その視線の先には、今描いた3つの作戦と式が並んでいた。
【恋愛コンサル的・花園桜 攻略方針】
観察して「本人も自覚しにくい努力」を具体的に褒める
日常の中で“小さな選択”を委ねる → 自己肯定感UP
小さなお願いごとをして、頼られている実感を持ってもらう
→ “彼女個人として大切にされている”という感覚を育てる
「難しそうだと思ったが、こうしてまとめてもらうと普通にできそうな気がしてくるな」
「大丈夫。お前ならできる。“彼女だけを見てる”っていうスタンスが伝われば、きっと花園さんにも届くさ」
「おう。処方箋通りにやってみるわ。ありがとな、ドクター」
「お大事に」
二人の笑い声が、夕暮れの旧視聴覚室に、ほんのりと響いた。




