32 立ち位置
部活組が体育館や特別教室へと向かう中、僕と榊は相談室を目指す。
生徒の気配がまばらになるのを背中に感じながら、扉を開けると、かつてプロジェクターがあった正面の白い壁が、いまでは“作戦会議用ホワイトボード”として使われている。
「まさか、相談者としてここに来ることになるとはな。……うしっ」
榊は室内に入ると真っ先に椅子に飛び乗り、勢いよく回転し始めた。
「遊ぶな。今日からここは、お前の戦場だ」
そう言いながら、僕はホワイトボードマーカーのキャップを外し、すっとボードにタイトルを書き込む。
《Case:榊 智也 × 花園 桜 攻略会議》
「まず最初に、重要な注意点がある。これは絶対に忘れるな」
榊の椅子がようやく止まり、彼が顔を上げた。
僕はその目を見て、はっきりと告げた。
「――星乃さんとは、極力距離を置け。彼女に好意を持っていると“誤解”されるような言動は、全力で控えろ」
「なんだよそれ。……おまえ、もしかして星乃さんが本命だったりすんの?」
口を尖らせてからかう榊に、僕は無言で肩をすくめる。
「違う。そうじゃない」
マーカーを握ったまま、僕は静かに続ける。
「“星乃さんに気がある”って思われたら――お前、花園さんから嫌われるぞ」
「……あー、そういうことな。たしかに勘違いされるのは困るけど、でもそんなに念押しするほどか?」
「いや、するほどだ。これは致命的な地雷である可能性が高い」
そう言いながら、僕はホワイトボードに新しい図を描き始める。
「花園さんと星乃さんの関係は、――僕とお前の関係に似ている」
「親友ってことか?」
「まぁ、そうなんだけど。もっと深い意味で言ってる」
ボードの左側に“榊”と書き、その下に“悠真”。右側に“星乃”、その下に“花園”。
「この位置関係を見てくれ」
左上の榊の隣には、勢いよくマーカーを走らせる。
《モテる》《イケメン》《バスケ部エース》《陽キャ》《人気者》……
「はぁ〜。俺の評価、意外と高いな」
「事実を書いただけだ」
続けて左下の僕の欄へ。
《優しい》《面倒見が良い》《頭が良い》《真面目》《慎重派》……
「あはは、自分で優しいって言うなよ」
「はあ? 実際おまえにも優しいだろうが」
右上の“星乃”には、
《モテる》《美少女》《人気モデル》《明るい》《器用》《無敵感》……
右下の“花園”はまだ空欄だが、僕は榊に向き直る。
「花園さんのこと、まだよく知らないけど……お前の話を聞くに、“優しい”とか“控えめ”とか、“気配りができる”あたりは僕と似てそうな気がする」
「たしかに。派手さはないけど、話すとすげー落ち着くんだよな」
「つまり、こっちの“立ち位置”で見ると――」
僕は真横に線を引く。
《榊 ー 星乃》 《悠真ー花園》
「これはポジションが近いと言う意味だ。 雑な表現にはなるが、おまえや星乃さんは目立つ存在、俺や花園さんは支えるタイプって感じだな」
続けて下線と斜めの線を引く
《榊 ー 花園》《榊 ー 悠真》
「この組み合わせは、“表と裏”の関係で構成されてる。目立つタイプと、支えるタイプ。その組み合わせって、基本的にはバランスがいい」
「おおー!!やっぱ、そうだよな! 悠真が女だったら彼女にしたいと思ったことあるし」
「いや、それは勘弁……。まぁとにかく、性格や役割が違っても関係は成り立つ。むしろ違うからこそ、相手を補えるって側面もある」
榊は感心したように腕を組んだ。
「なるほどなー。俺と桜ちゃん、相性いいかもって思えてきたぞ」
「ただし、そこに“誤解”が入り込むと一気に崩れる」
僕はホワイトボードに、太字で書き足す。
《近づいてくる異性は“親友目的”と疑心暗鬼になっている可能性あり》
《星乃を褒めたり好意をにじませる言動は控えること》
《花園自身が“自分が特別”だと実感できる接し方を心がけること》
「これは僕の経験則であって、必ずしも花園さんに当てはまるとは限らないが……」
マーカーを置き、僕はゆっくり息をついた。
「僕に近づいてくる女子の多くは、お前のことを目的にしてる。僕と仲良くなれば榊に紹介してもらえるんじゃないかって感じだな。僕に話しかける理由が“目的”ではなく“手段”になっているんだ」
「……あぁー、いたな、そういうやつ」
榊が眉をしかめて、記憶を探るように目を細める。
「榊の立場だと馴染みはないだろうが、花園さんは僕と同じように、星乃さんを目当てに近づいてくる男に辟易してる可能性が高い」
「なるほどなぁ、それで星乃さんとの距離を取れって言ったんだな」
「うん。勘違いされたら、その時点でゲームオーバー。どんなにいい奴でも、“親友を狙ってる”って思われたら論外だろう」
榊は大きくうなずいた。
「わかった、肝に銘じる。いや〜マジで相談してよかった。俺一人だったら『星乃さんも誘う?』とかうっかり言ってたかもしれねぇ」
「場合によっちゃ一発アウトかもしれないな」
二人で苦笑しながら、僕は最後にホワイトボードへ一行を加えた。
《花園さんの“自尊心”を大切にせよ。星乃さんと“並列”ではなく、“彼女個人”として接すること》
僕はキャップを閉めたマーカーで“自尊心”の文字を軽く叩き、榊の方へ向き直る。
「――ここを一番意識してほしい。花園さんは、星乃みゆの“隣にいる子”として見られることが多いはずだ。本人がどう思っているかは別として、周囲から無意識に比較される状況が続くと、『自分は二番手なんだ』って自己評価が下がりやすい」
榊が腕を組み、真剣な表情でうなずく。
「なるほど。それが“自尊心”ってやつか」
「そう。心理学で“個別化欲求”って言葉がある。他者と比較されず、自分固有の価値を認めてもらいたい――誰にでもある欲求だ。まして花園さんみたいに“超トップモデル”の親友を隣で見ている子は、その欲求が満たされにくい。だからこそ、まずは“花園さん個人”を尊重する姿勢を示すのが効果的なんだ」
「要は“星乃みゆの隣にいる花園 桜”じゃなくて、“花園 桜”を前面に据えて接する、ってことだな」
「そう。星乃さんを褒めるときは“第三者的”に短く。花園さんを褒めるときは“具体的に長く”――比率を意識するといい。それだけで『自分をちゃんと見てくれてる』って安心感が生まれる」
「わかった。桜ちゃん個人をちゃんと見る、だな。よっしゃ、“特別扱い”ってのを徹底してみるわ」
「その心意気で十分。――じゃあ具体的な作戦を立てようか」
「おう」
榊の声は軽かったが、瞳はいつになく真剣だった。




