03 氷姫の既読0秒
その日の夜
──ピコン。
通知音が小さく響き、ウサギのスタンプが現れた。
氷室玲奈 20:14
Good evening(元気なウサギ)
トーク相手は本日クライアントとなった氷室玲奈。
今回は今までにはなかった「友人の恋愛相談」というパターンだが、彼女の友人の恋が成就するように頑張っていきたい。
悠真 20:16
今日はありがとう。相談の役に立てたかな?
氷室玲奈 20:16
ええ、十分に役に立ったわ。友人もきっと喜ぶと思う
悠真 20:19
よかった。彼女のタイプをもっと掘り下げておきたいんだけど、映画派?それとも読書派?
氷室玲奈 20:19
読書派ね。ミステリーが好みのようよ
即座に既読が付き、数秒で返信が届く。
ストップウォッチを使うまでもない──毎回、既読0秒だ。返信も60秒以内とかなり早い。
(……彼女はずっとトーク画面を開きっぱなしにしてるのか?)
手元のデータを引っ張り出す。僕は恋愛コンサル時に『メッセージ既読速度』も密かに収集している。過去成立した二十三組の平均既読時間は12.6秒、なかでも特に円滑に成立したペアは平均4.8秒という記録がある。
胸が妙に高鳴るが、意識して冷静に返信するとまたも既読0秒の反応がある。
悠真 20:20
それならデートは図書館テラス案が良いかもね
氷室玲奈 20:20
(読書中ウサギ)
間髪入れずスタンプが送られてくる。リアルタイムのチャットに近いスピード感に、思わず笑みがこぼれる。
まさかあの“氷姫”がここまでメッセージに積極的とは想像もしていなかった。
画面の端でウサギが跳ねる。穏やかに会話が続く。
悠真 20:22
ところで、その友人の子は夜景とプラネタリウムならどっちが好きとかある?
氷室玲奈 20:22
プラネタリウムね。あなたならどちら?
悠真 20:23
僕もプラネタリウム派。解説しやすいから
氷室玲奈 20:23
解説が長くなりすぎない?
悠真 20:24
気をつけるよ。延々と星の成り立ちを話さないように
氷室玲奈 20:25
ふふ、そういう説明も好きよ
そんなふうに、他愛もないやり取りがしばらく続く。だが、彼女の返信速度が鈍ることはない。ずっとスマホを手にして、トーク画面を凝視しているかのようだ。
夜10時を少し回った頃、最後のメッセージが届いた。
氷室玲奈 22:07
おやすみなさい(寝ているウサギ)
この時間まで既読0秒を保っているのは凄い。手元の統計をそっと閉じて、「おやすみ」と打ち込む。
悠真 22:08
おやすみ。また明日
即座に既読が付いたことに自然と笑みが漏れ、画面を伏せ高揚感とともに小さく息を吐く。
――氷室さんは友人の恋を応援しているだけ。彼女は恋愛コンサルの依頼者だ。勘違い禁止禁止!
数字で測れる好意と、測れない感情。どちらにしてもこの夜のやり取りは、眠りにつくまで僕の胸を揺らし続けた。
—————————
翌朝。
教室に入り、自分の席に向かいながらふと後ろを振り返ると――氷室さんと視線がぶつかった。瞬間、彼女の頬が桜色に染まり、ぱっと目を逸らす。
(え? なんだ……?昨日はちゃんとコミュニケーションが取れていたはずだが、避けられてる?)
疑問に思った直後、ポケットでスマホが小さく震えた。
画面に表示されたメッセージを見て思わず笑みを浮かべる。
氷室玲奈 07:56
おはよう(笑顔のウサギ)
まさか、氷姫と朝の挨拶をLINEで交わす日が来るなんて。
軽く息を吐きながら返信する。
悠真 07:57
おはよう。今日もよろしく
今日も既読0秒。
画面の中で、ウサギがまるで氷室本人のように控えめな笑顔を見せていた。




