27 エピローグ:花は、雪解けに咲く
屋上での件から1ヶ月ほど経った、水曜日の放課後。
教室棟の廊下には放課後の緩やかな空気が流れていた。
僕と玲奈は、窓際のベンチに並んで座り、渡されたばかりの新しいパンフレットを眺めていた。
「……なんだか、不思議な気分ね」
玲奈は手元のパンフレットを見つめ、小さく呟く。
その頬は薄く赤みを帯びていて、いつものクールな印象とは少し違う。
「みんなの視線がね、最近ちょっと柔らかくなった気がするの。『氷姫』って呼ばれてることは変わらないのに」
「それはそうだよ。今回のことで玲奈さんのイメージはかなり変わったからね」
「やっぱり、そうなのかしら……?」
玲奈がパンフレットをめくりながら問い返す。
「ああ。掲示板も、すっかりいい流れになったしね。あの笑顔の効果だよ」
「笑顔の効果、ね……」
彼女はパンフレットの表紙をじっと見つめている。
その視線がわずかに揺れた。
「こんな表情、私にもできるとは思わなかった。昔から、写真は苦手だったし」
「でも、今ではみんなの印象が全然違うだろ? 実際、ずいぶん優しくなったって評判だよ」
「そうなのよね……最近、告白を断ったあとでもお礼を言われたりするのよ。不思議なことに」
玲奈は照れくさそうに視線を外した後、小さく微笑んだ。
「――全部、あなたのおかげよ」
彼女がちらりと横目でこちらを見上げる。
その灰色の瞳には、感謝と少しのいたずらっぽさが入り混じっていた。
「イメージアップ戦略――あなたがしてくれたのでしょう?」
「……さて、なんのことかな」
僕はとぼけてみせるが、玲奈は確信めいた笑みを浮かべる。
「僕は何も特別なことはしてないよ。ただ、氷室さん自身が変わろうと努力した結果でしょ?」
「ふふ……あなたがそう言うなら、そういうことにしておくわ。でも、私は知ってるから」
玲奈が立ち上がり、軽くスカートの裾を整える。
彼女の背中から放たれる静かな自信は、以前よりもずっと柔らかく温かみを帯びている。
「改めて――ありがとう、加賀崎くん」
玲奈は柔らかな声で小さく微笑んだ。
夕陽に染まるその笑顔は、パンフレットの表紙とまったく同じだ。
「……その笑顔、すごく素敵だ。その笑顔が見れて良かった」
一瞬、空気が止まる。
玲奈のまぶたがわずかに震え、瞳がこちらを見据えたまま固まる。
その頬に、見る見るうちに赤みが広がっていった。
「……っ!」
言葉にならない息を漏らし、玲奈はふいに目をそらす。
その動きは、どこか不器用でぎこちない。
「……ありがとう」
そう言って彼女はくるりと背を向け、ゆっくりと廊下の向こうへ歩き出す。
その背中が遠ざかると同時に――
「……昔も今も、あなたはずっと私のヒーローね」
ごく小さな声。
悠真には届かないほどの音量で、玲奈は微笑みながら呟いた。
机の上に置かれたパンフレットの表紙には、どこか凛として、それでいて温かい――今まで誰も知らなかった、氷室玲奈の笑顔が映っている。
そして巻頭のインタビュー記事には、こんな一文が記されていた。
氷室玲奈(Rena・Himuro)
常に学年首席を維持し、中学時代には生徒会長も務めた。
冷静な判断と正確な行動力を兼ね備え、その端正な佇まいは多くの生徒に信頼されている。
その気品と静謐さをたたえた姿から、学内では親しみを込めて『氷姫』の愛称で呼ばれている。
――それは、凛とした知性と、澄みわたるような美しさを象徴する言葉である。




