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24 決断

水曜日の早朝、旧視聴覚室の相談室に僕は一足早く到着し、窓際のブラインドを少しだけ開けた。柔らかな朝日が差し込み、昨日までと同じはずの机や椅子に、どこか凛とした空気が宿っているように感じられる。


やがて、ドアノブが静かに回る音。


「おはよう」

玲奈が時間ぴったりにやってきた。制服のリボンはきちんと結ばれているけれど、目元にわずかな影が見えた。


「来てくれてありがとう」

「こちらこそ……私のために動いてくれていたのでしょう?」


玲奈は言葉を選ぶようにそう言ったけれど、その声色には張りがなかった。僕は一呼吸置き、ゆっくりと話し始める。


「掲示板の件だけど、ようやくはっきりしたよ」


玲奈の表情がピクリと動く。わずかに息を呑んだ音が聞こえた。


「今、あの掲示板には複数のスレッドが立ってる。たくさんの人が氷室さんのことを悪く言ってるように見える。……でも、実際は違った」


「……え?」


「僕が調べた限り――あの投稿のほとんどは、たったひとりによって書き込まれた“自作自演”だった。スレを立てて、批判して、擁護に見せかけてまた批判を誘導して……全部、ひとりでやってた」


玲奈は一瞬、言葉の意味が掴めなかったように瞬きを繰り返した。


「つまり……私のこと、あんなふうに書いてたのは……」


「……うん。たったひとりだけだった」


ようやく少し安堵の色が浮かんだかに見えた玲奈だったが、すぐに張り詰めた声で尋ねる。


「……誰が、やっていたの?」


僕は言葉を詰まらせた。

今まで他人事のように思っていたネットの中傷が、まさか身近な人間によるものだったと知ったら彼女がどう感じるのか、想像がつかなかった。


でも、ここでごまかすのは違う。真実も正しく伝えるべきだ。


「桐生……皐月だ」


その瞬間、玲奈の表情から血の気が引いた。

足元から、何かが崩れ落ちていくような沈黙が降りる。


「……そう」


わずかに震えた声。唇が開きかけたが、続く言葉はすぐには出てこなかった。

それ以上、考えたくない――そんな拒絶の感情が、そのまま沈黙に現れていた。信じていた相手の裏切り。それがどれほどの衝撃だったかは、言葉にしなくても伝わってきた。


「それで、相手への対応だけど……」


僕は声を落としながら、慎重に言葉を選んだ。


「掲示板の中には、名誉毀損と判断されかねない内容もいくつかある。もし氷室さんが希望するなら、証拠を添えて正式に学校へ報告することもできるよ。内容次第では、調査や指導が入る可能性もあると思う。処分に関しては学校の判断になるけど……」


数秒、あるいは十数秒の沈黙。

玲奈は視線を伏せたまま、深く静かな呼吸をひとつ挟み、それからようやく口を開いた。


「……学校に報告して、騒ぎを大きくするのは……やっぱり嫌だわ」


「……そうだよね」


僕は頷いた。


「でも、このまま黙ってるわけにもいかない。だから、僕から桐生に話す。学校に正式な処分を求めたりはしない。代わりに、もう二度と同じことをしないって約束してもらう。……僕にできる限界は、たぶんそこまでだと思う」


玲奈は黙って僕の顔を見つめていた。その瞳は、さっきより少しだけ強さを帯びていた。


「氷室さんは、声をかけるだけでいい。LINEで桐生に“屋上に来てほしい”って送ってもらえないかな? できれば一人で、って」


「……いいえ」


玲奈はゆっくりと首を横に振った。


「私も、行くわ」


まっすぐな声だった。怯えや怒りではない、しっかりとした覚悟のこもった声。


「たぶん、会って話さなきゃ、私自身の中でも整理がつかない気がするの」


「……わかった」


少しだけ安心したように僕は微笑んだ。

信頼とは、こうしてお互いを支え合いながら作られていくものなんだ――そんな当たり前のことを、彼女は僕に教えてくれている気がした。


「じゃあ、昼休み。屋上で」


「ええ。……ちゃんと、終わらせましょう」


玲奈の言葉には、もう迷いはなかった。

その背中に、小さな誇りと静かな勇気が宿っていた。

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