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18/83

18 写真撮影

午後の授業を終え、僕はいつものように「相談室」と化した旧視聴覚室にいた。小さな机の上に過去のDr.Luv名義で手がけた資料を広げながら、次の相談に備えて内容を整理する。けれど今日の相談者は、いつもの“友人の恋愛”についてではない。


コンコンというノックの音が廊下から聞こえ、ドアが静かに開く。

玲奈が、時間ぴったりに現れた。


グレーのカーディガンに、白いブラウスの襟元をきちんと整えた制服姿。きちんと結ばれたリボンの赤が、凛とした雰囲気を引き立てている。スカートの裾が歩みに合わせてふわりと揺れ、長いまつげの影が頬に映る。


「お待たせ。改めて……」


「うん」


「今日は、“友人”の相談ではなくて――“私”の相談に乗ってほしいの」


その一言に、少しだけ空気が変わった。玲奈の言葉の端にかすかに揺れがある。けれどそれを隠すように、すぐに話を続けた。


「実は……来年度のパンフレットの件。写真を撮ることになったのだけれど……」


「今朝の発表のやつだね。氷室さんなら、問題はなさそうに思えるけど。中学の頃から生徒会長だったし、写真を撮られる機会も多かったはず」


「……ええ、でも」


玲奈は視線を少しだけ落とした。


「どうしても、笑顔が硬くなるの」


その呟きには、普段の彼女からは想像できないような、わずかな弱さがにじんでいた。完璧な優等生。非の打ち所のない“氷姫”。でもその仮面の下では、ちゃんと迷ったり、緊張したりする。


「なるほど……笑顔の作り方、か」


僕は頷いてから、机の隅に置いていたメモパッドを手に取る。


「写真の印象ってのは、まず目線と口角、それから顎の角度。上手く見える人って、自然にそれを使いこなしてる。例えば、顎は少し引き気味のほうがカメラ映えするし、笑顔は口だけじゃなくて目でも作る。笑ってるように見せたいなら、頬の筋肉を意識的に上げるといい。あと、瞬きの直後は表情が和らぐから、撮影のタイミングとしては狙い目」


「詳しいのね……」


玲奈が静かに感嘆する。


「まぁ、見た目をよくするってのは恋愛コンサルでも大事だからな。SNSアイコンの選び方や、写真の添削なんかもするし」


そう言いながら、僕はカバンから折りたたみ式の三脚とスマホを取り出した。


「実際に撮ってみるか?」


玲奈は一瞬だけ目を見開いたあと、ゆっくりと頷いた。


「お願いするわ」


スマホをセットし、撮影アプリを起動する。無地の壁を背景に、彼女がすっと立つ。その姿は、まるで小さな撮影スタジオのような空気を纏っていた。


「じゃあ、まずは普通に立って……肩の力を抜いて、目線は少しだけ下からカメラを見る感じで。そう、そんな感じ」


数枚シャッターを切ると、僕はモニターを見てふと口元が緩んだ。


「……やっぱり、綺麗だな」


その言葉に、玲奈の肩がピクリと揺れた。


「えっ……?」


「いや、本当に。クールで整ってて、それだけでも十分魅力的だけど……さっきの、ほんの少し口角が上がった瞬間の表情。あれは……すごくよかった。自然で、柔らかくて、見た人の印象に残る」


玲奈は一瞬言葉を失い、それからふっと表情を崩した。

照れ隠しのように目を細め、けれどその頬は淡く色づいていた。


「……そんなに褒められると、逆に恥ずかしいわ」


「褒める価値があるから言ってるんだよ」


僕の言葉に、玲奈は息をつくように笑った。

その微笑みは、彼女が“作った”ものではなく、自然にこぼれたものだった。


「……今の笑顔、すごくいいよ」


「え?」


「今の氷室さんなら、パンフレットの表紙だって堂々と飾れる。むしろ、飾るべきだと思う」


玲奈は、しばし僕の目を見つめ――そして、小さく頷いた。

その頷きは、まるで照明に照らされて浮かび上がる一輪の花のように、静かで確かなものだった。


撮影練習は、数分もしないうちに終わった。

けれど、その短い時間の中で、僕は彼女の“素顔”にほんの少しだけ触れたような気がしていた。


部屋を出る直前、玲奈がふと立ち止まり、振り返る。


「ありがとう。……今日の相談、本当に来てよかった」


そう呟いた彼女の表情は、朝の“氷姫”とは別人のようにやわらかかった。

そして僕はその笑顔を、カメラよりも深く心に焼きつけていた。

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