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綴師  作者: Emmy エミー
4/4

《第1章/アーハルムート 2》

《月過歴2226年5月1日/9時22分/天の国/赤の宮/紅の間》


「…………。」


「…………。」


あの後、紅の間に通された私は、晃晴様への心配と、目の前に座る朝霧からの視線に気まずい思いをしながら、目線をうろうろさせていた。

朝霧とこうして2人きりになったのはいつぶりだろう。多分。何年も前だ。


「霧雨…」


そう、薄らと呟かれた自分の名前に反応してしまい。もう、彼を無視することはできなくなった。

朝霧と目を合わせる。彼はずっと、こちらを見ていたようで、強い意志を滲ませる目から目を離せなくなる。


「…お久しぶりです。朝霧」


おそるおそる返事をした私に、朝霧はほっとしたような、嬉しそうな顔をした。


その表情にふと、昔を思い出す。

朝霧は私の親代わりのような人だった。5歳のとき……陛下にこの城に連れられてきたときから、彼はなぜか私に優しかった。

別に…私との間に何かあったとか、そういうわけではなかったと思う。


「…本日の赤の宮は、静かですね」


苦し紛れに言葉を発してみる。


「気にしないで。みんな出払っているだけだ。」


「そう、なんですね」


知ってる。会合の準備だろう。今回の主催は龍弦様だ。今月は央の宮の月齢の間で執り行う予定だから、側使えの朝霧以外の使用人たちは忙しいだろう。


「夕霧も今日はいないよ」


「そうですか…」


それも知ってる。央の宮に来ていた赤の宮の使用人たちが噂話をしていた。

朱吉様がとある国での仕事に手こずっておいでで、おそらく会合までには帰れると思われる。

との話だった。

だから、彼がここにいない事がわかっていた。晃晴様には少し悪いけれど正直、夕霧と顔を合わせるのはまだ避けたい。この王城では珍しく、面と向かって悪意を突きつけてくる人だ。しばらくそういう人間と顔を合わせていないから、どうすればいいか混乱してしまうのは目に見えているし、そんな彼を見て朝霧があの時のようになってしまうのは避けたい。そうなってしまえば、私は上手くやれる自信はない。

申し訳ありません…晃晴様………。あんな大口を叩いておいて…霧雨はまだ強い心を持ち合わせておりません。お許しくださいませ。



主人への謝罪を終え、ちらりと朝霧を見ると、やはりこちらをじっと見ていた。

えっと、どうしたら……いいんだっけ?目を逸らしたらいけないかな。何か…何か話さなきゃいけない?えっと…



「…………。」


「…………。」


「…………。」


「…………。」






再びの沈黙。




気まずい。




居心地が悪い。








朝霧に気づかれないように薄くため息をつく。

この空気に耐えられない。彼と話しすぎると私も困ってしまうし、なにより主人が良い顔をしない。まあ、それも私がはっきりしないからだけれど。

晃晴様が通された場所について聞こうと朝霧を下げた目線を上げ、直視すると、朝霧はなんだか嬉しそうな顔をしている。

一体、この状況の何が楽しくて笑ってるんだろう。

久しぶりに見る朝霧のおかしな態度に面食らう。でも、この空間に居づらいのは事実…………。


晃晴様は何処にいるのか。


それを聞こうと口を開こうとして、寸前で止まった。




あれ…?

朝霧が嬉しそうな?何が楽しくて笑っている?





朝霧はいつも感情を悟らせないように、にこりと笑ってはいるが、目の奥は別のことを考えていた。


そんな彼の感情が顔に出ている…?

その事実に面食らっていると、朝霧はさも当然のように話し出す。


「元気だったかい?」


「え、あ。はい。元気でした」


笑みを深めながら、前のめりになっているその態度に更に驚いた。

朝霧は思っていることは全く顔にださないはずだった。他の側使えに聞いても私と全く同じことを言うだろう。

でも、今、目の前にいる彼は感情が表に出過ぎていた。


「食事は?ちゃんととっているの?好き嫌いせずに食べている?南瓜は栄養があるから、嫌いだといってもしっかり食べるんだよ」


「た、食べてますよ。しっかり…」


「そうかい。それは良かったが、睡眠は?皇太子殿下の側使えはやることも多いだろう。夜更かしはしてないだろうね。肌が荒れるから亥の刻には寝てほしいな。まさか、また机に突っ伏して寝るとか、そんな馬鹿なことしてないだろうね。首や腰を痛めるからやめなさいと言っていただろう?」


「ちょ、ちょっと。一体いつの話をしてるんですか!やめてください!」


矢継ぎ早に昔のことを思い出させてくる質問の応酬に少し引いてしまった。あの日までの師弟としての間柄だったら笑い話になっただろうが、今の私たちにはそこまでの関係性はない。

それが伝わったのか。前のめりだった体を引き、落ち込んだように今まで合わせていた視線を初めて下に落とした。


「……そうか。そうだよね。霧雨は、あの頃より大人になったんだよね。そう、だよね…」


きらりと見えた水滴に、ぎょっとした。











朝霧って、泣くんだ……












初めて見た彼の表情に、とてつもなく胸を締め付けられた。

それは悔悟なのか……変な動悸を感じる。


ちりっと、頭に火花が散ったような感覚がしたかと思えば、唐突に昔のことを思い出す。


黄昏時の央の宮だった。皇帝陛下から当てがわれた檜の匂いがする部屋に、風がふわりと入り込んで心地よい陽気だった。あの時はまだ側使えについての勉強ではなくて、天の国についての歴史書を皇帝陛下から手渡された文字の羅列をなぞるだけだった。

だけど、私は元孤児故に読み書きができなかったので、城に来てから私の世話を焼く朝霧が隣で意味や書き方などを教えてくれた。口角を少しだけ上げて、書物に書かれた言葉がわからない自分に、ゆったりとした、今と変わらない語調で話していた。


思えば、朝霧からたくさんのことを学んだ。最初は、この城での過ごし方、礼儀作法、一般常識など、この国の中心で過ごす為に必要なことを一通り教えてもらった。それは楽しい内容だけではなかったけれど…それでも、朝霧は真実しか口に出さなかった。側使えとしての道を選んだ時には、知略、武術、心構えに至るまで徹底的に叩き込まれた。


隣でゆったりとした音が耳に残り、少しだけ微睡む。「眠い?」と聞かれ、そちらを見る。夕日に照らされた室内で、朝霧の黒っぽい瞳が光の具合で焦茶色に見えて、思わず。

……いつも気になっていることを口に出してしまった。


なぜ、あなたはいつも笑っているの?って。


一瞬。

朝霧が眉を寄せ、口元を引き延ばして、悲しそうに表情を変えた気がした。一気に眠たかった頭が覚醒する。気のせいかもしれない。だけどその時、優しくて、あったかい朝霧に聞いちゃいけないことを問うてしまった。そう思って「ごめんなさい」と反射的に謝罪した。


もしかしたら、何か理由があって笑っていたのかも。あんなに悲しそうな顔をさせるつもりはなかった。もう、一緒にいてくれなかったらどうしよう。


ぐるぐると思考を負の感情が過って過って………


目線を落とした先の歴史書の文字が歪む。ああ、汚しちゃいけない。そう思って、涙がこぼれ落ちる前に手を目元まで持って行こうとした。涙に触れようとしたとき、自分のものではない温かさを感じた。


その感触は身に覚えがあって……


ふっと、朝霧の方を見ると、やっぱり彼の指が落ちそうだった涙を拭っていた。

朝霧は、ちょっとだけ頬を染めて困ったような声の調子で「勝手に触ってしまってごめんね。泣かないで」と手をさっと引っ込めようとした。それが妙に名残惜しくてその手を取る。彼の手に触れた瞬間、自分が渇望していた人の体温をしっかりと感じて、ひどく安心した。

その様子が伝わってしまったのか、「抱きしめてもいい?」と聞かれた。私は少しだけ自分の行動が恥ずかしくなって、手を離す。どう答えようか考えたが、彼が迎えるかのように両手を広げて待っているのを見て、恐る恐る、その胸に縋り付くように控えめに飛び込む。そして、少し時間をあけて背に触れた熱のあたたかさに体がはねる。


知らない、知らない……こんなの。


口で正確に説明できないほど、初めて抱きしめられた感覚は私に衝撃を与えた。

世の中には、こんなにもあったかくて、安心できることがあるんだ。

もう、知らない頃には戻れなさそうで怖い。

でも、なぜか彼はいつまでもそうしてくれそうな気がした。回された腕や手が、撫でたり、ぽんと何回も弾ませたりする感触に、自分の体温が高くなっていくのを感じ、それが故にまた少しだけ眠気を誘う。


そんな中、朝霧は先程の質問に、そっと囁くように答えた。


私は、側使えとして幼い頃から教育されてきた。いくら楽しくても笑ったり、悲しくて泣いたり、むかついて怒ったりすることは、主人に迷惑をかける。主が従者にまともな教育をしてない人間だと思われるのは恥だ。だから、何を思っても笑っているのさ。だって、私はその為だけに産まれたのだから。まあ、君にはそうなってほしくないけど……


そう、教えてくれた。

朝霧はもう、表情を崩さなかった。






……強い人だと思った。






その後、晃晴様に出会う。


私にとってその出会いは人生を変えるものだった。


自分の人生とは何なのか。死ぬまでに私ができることは?拾っていただいたご恩を返すには一体どんなことをすればいいのか。どうしたらこの国のために生きれるのだろう。


そんな烏滸がましいことを考えていた矢先。陛下に紹介されたのが晃晴様だった。彼と過ごすうちに、少しだけ後ろ向きだった気持ちに変化が現れた。


陛下や朝霧とは別の意味で安心できる人。

小さくて、無邪気に私を頼って、無条件に私を必要としてくれる…そんな彼の側にいたかった。




…できれば、いつまでも。



ああ、なんて身の程知らずな思いなんだろう。だけと、私の意味のない人生に侵食したあの純粋な黒色の瞳をずっと見ていたかった。



やることは決まった。私の人生は晃晴様に捧げよう。



側使えの任命についての書物を読んでいたことを思い出し、既に訓練を始めている朝霧に色々と教えてもらえば、晃晴様のお力になれる。

優しい彼に無理を言って弟子にしてもらった。最初はまともに取り合ってもらえなくて、何度も何度もお願いをしていくうちに、彼はいつもの笑顔に呆れを滲ませて、渋々頷いたようだった。

…朝霧は、私を側使えにはしたくなさそうだったけれど。


彼の教えは、厳しいときは厳しく、褒めるときは褒める…それが朝霧のやり方だった。幼い私でもそれが愛なのだと気づくまで時間はかからなかった。


晃晴様や陛下もそうだけど、この人は、白色の自分を他と変わらない普通の人間として接してくれた。黒斑様を信仰している天の国で生きているのに……

当時は食事も、着替えも、お風呂も、勉強も、運動も……全部が全部、朝霧と一緒だった。寝る時は悪夢を見ないように頭を撫でてくれた。それが、私にとっての当たり前で、目に見える、感じられる、ずっとずっと欲しかった愛情だった。


あの日々を思い出すたびに、やっぱりあの選定の日の朝霧はおかしかったとしか言えない。


でも、彼の何が変だったのか…いまだにわからないままだった。

いつも通りだった。だけど、なぜだろう。違うんだって本能が言っていた。目に見えている彼がずれて見えたんだ。


そう……思っていたのは、私の勘違いだった?


今。現在の。目の前の彼は、恐ろしいほどにいつも通りだった。


「色々と、助けてもらったご恩を忘れて、会いに来れなかったのは、申し訳ないと思っています。本当に、ごめんなさい。」


目を逸らし、自分でも一体何に謝罪しているのかわからないまま、頭を下げる。


「っいいんだ!やめてくれ、霧雨。君が悪いんじゃない。悪いのは私だ。」


朝霧は慌てたように声を上げ、私の肩に触れた。急な接触に無意識に震えてしまった。彼は慌てたように手を離し、すまない。と消えそうな声で謝罪した。そして、口元に手を当てながら苦しそうに声をこぼす。


「……あの日、君を、怖がらせて、しまったんだよね」


詰まりながらも言葉を紡ぐその声と同時に、あの日の記憶が蘇る。



いつものあなたじゃなかった。


あの時、本当に。


そう思っただけだった。


理由は、見つからない。


わからない。だけど違かった。



「…………わかりません。でも…あの日の朝霧は、ちょっと…いつもの貴方とは雰囲気が違ったように感じたんです……」


あの日、久しぶりに会った朝霧に脅えてしまった。

でも、なぜそう感じてしまったのか。

あの時の…まるで他人のような、知らない人のような、よくわからない違和感にとても不安な気持ちになった。


あの時の信じられない出来事が走馬灯のように駆け巡る。


しっとりと回された腕から伝わる生暖かい体温、いつも通り優しいけれど何かを狙うように耳に染み付いてくる声、いつもの表情の裏に滲み出す不気味な雰囲気。


それが、私の思考や体を硬直させた。


その後、彼を避けに避けた。ほぼ、無意識だった。

晃晴様はそれに気づいていたようだった。だから、朝霧や私をよく思っていない夕霧を合わせないように何年も避け続けたようだった。

朝霧の姿を見るのは、月に一度。皇子様たちの会合ぐらいだった。


後ろめたさはあった。あんなに良くしてくれたのに…悪いことをしているようだった。罪人のような気持ちだった。だけど、私は彼の教えに従い、決して。顔には出さなかった。






「心配だった」


はっと、思考が過去から現在に引き戻される。


朝霧から発せられた音は、あまりにも綺麗で、びっくりしてしまった。

書物を一緒に読んだときのような、あたたかい……本当に私の身を心配するかのような声色。

あの時と違うその雰囲気に、心臓が飛び出しそうなほど苦しくなる。

時間と共に薄まった罪悪感に再び襲われる。


ああ、朝霧。なんて顔をしているの………?

わかっていた。

話していた。

なんて事ないみたいに。

彼は側使えになるために育てられた。物心着くころからずっと。

染みついたその教えは、彼を縛り付けていたように思えた。その歪な教えを朝霧は強要はしなかった。厳しい彼の父親と同じにはなりたくなかったのかもしれない。


優しい貴方。

私はなんて…。

なんで、あんな…………


「ただでさえ味方が少ない君が晃晴様の側使えになるだなんて…そんなこと…心配するなという方が無理な話だ。きっと大変な道になる。だから、守ってあげたかった。ずっと君が笑っていられるように……でも、杞憂だったかな。君は見ない間に立派になったよ。先ほどの龍弦様とのやりとりを見ていて、ああ、大丈夫なんだって思った。晃晴様にお任せして、良かったと……」



朝霧は安心したような…寂しそうな複雑な笑みを浮かべていた。






どうして。

どうしてあんな態度をとってしまったんだろう。


どうして。

私は…………。







朝霧の隠しきれてない思いに。感情に収まりきらない罪悪感に。久しぶりに触れた彼に。我慢ができなかった。




…僕のこと、守ってくれてたんでしょ?

気づいてました。貴方が、色々と手を回してくれていたこと。


いつも気にかけてくれた、兄のような人。


厳しくも優しく誉めてくれた、父のような人。


家族なんか知らない僕を、白色だった僕を。何にもおかしいことなんかないと、愛してくれた人の1人。


留めきれなかった涙に。私はなんて自分勝手な人間なんだろうと思った。

何を泣いているんだ。目の前のこの人に辛い思いをさせて。

こんなにも自分を思ってくれていた彼の方が泣きたいはずなのに……。


彼は泣きたくても泣けないのに……!!!


「ごめん、ごめんなさい、ごめんなさいっ、朝霧。あの時、傷つけてしまってっ、……貴方の存在がちらつくたびに、あの日のことを思い出して…謝らなくちゃいけないって思ってて、でも。勇気が出なくて…」


震える声を抑えながら、ちゃんと伝わるようにゆっくり確実に言葉を紡ぐ。



ごめんなさい。こんな私を愛してくれたのに……



ふっと、頬にあたたかい感触。



ああ、これは。この体温は………



私はもう、涙も、泣き声も抑えられなくなった。


「勝手に触れてしまって、すまない。だけど、君には笑っていてほしいんだ。あのね、もしかしたら君は罪悪感を感じているかもしれないけど、あれは私のせいだった。」


私は彼の気持ちを踏み躙ってしまった。

大事な人を苦しませてしまった。

あんな顔をさせてしまった。


ちゃんと、ちゃんと伝えなきゃ……

今の僕の気持ちを………


畳の床を派手に手足で叩きつけながら、朝霧にしがみついた。

はしたないって言うかな。いや、礼儀がなってないって言われるかも。


あんな態度をとってしまったけれど…今でも、あなたのことが大切なんだ。後悔してた。ずっと……


そんな思いを腕に乗せて、力を込める。

朝霧は私の思いを感じとったかのように、同じぐらいの力で返してくれた。


「霧雨、許してほしい。この4年ほど、君を忘れたことは1日だってなかった。君のことを自分の弟かのように感じてたんだ。だから、過保護になってしまっていた。」


ちりっと触れた、背中に回された腕は昔から変わらない。

昔から、朝霧の胸に飛び込むのが好きだった。朝霧は絶対に拒まないし、強く強く抱きしめてくれる。正直、自分より10も歳下の人間を抱きしめる強さじゃないだろうといいぐらい強かった。


でも、それが心地よかった。

私のことを大切に思うが故の力強さに、満足していた。心が満たされていた。


じんわり滲み出すあたたかい体温が、あの日を思い出させる。だけど、今は不思議と怖さはない。


「愛している。許されるなら、あの頃に戻りたい」



肩口に顔を埋めるのも、彼の癖だ。


ああ、何にも変わらなかったんだ。

彼は何も変わらなかった。




変わってしまったのは、私の方だったのかもしれない。




「僕も…貴方と、まだまだやりたいことがたくさんあったんです。だから、お互いにあの日を気にするのはもうやめにしましょう」


「ありがとうっ、霧雨」


さらに強くなる腕の力に思わず「うっ」と声を上げると「ごめん、痛かったかい」と力を緩めて背中をさすってくれた。

……謝るんだったら、もう少し考えて行動したらいいのに。仕事中の彼だったら、隙すら与えずに敵の首を掻き切ったり、天の国の軍師顔負けの頭の良さすらあるのに、どうしてこうなるのか……



もしかして、私が相手だから?だから、そんなに慌てたりするの?



そう思うと、この人には悪いけど、途端に面白くなってくる。あの朝霧が、たったひとり、自分の為にこんなにらしくない行動をとっている。

思わず、ふふ、と笑い声を漏らすと、朝霧はなんだか照れたように、恥ずかしいかのように、目を細めて笑った。

その顔がまた面白くて、今度は声を大きく上げて笑ってしまう。朝霧は私の顔を見てか、笑い声を聞いてなのか、私と同じぐらい声を弾ませて笑う。


思い返しても、朝霧とこんなに大笑いしたことはない。


多分。あの時のことがなければ、この未来はなかったのだろう。そう感じるのは私の傲慢さか。考えても結局、わからないけど…

こうして彼とわかりあえて嬉しい。


「でも、晃晴様が許してくれたらです」


「え」


朝霧からぱっと離れて、いたずらっぽく笑うと、彼は笑顔のまま静止した。


「私の主人は晃晴様です。あの日、おそらく晃晴様は気づいたのでしょう。私と貴方との間に何かがあったのを。だから今日まで朝霧との接触を許さなかった。けれど、彼の方はこれからを考えて、赤の宮で貴方と夕霧に出会ってしまう可能性があっても、ここまで連れてきてくださいました。私を思ってくださっている晃晴様に、朝霧と仲直りしたと。きちんと伝えなければ、その願いは叶えられないでしょう」


貴方は大事な人。

けど、私にとっては晃晴様も大事な人だ。

かなりの心配をかけてしまったし、彼の方は僕と朝霧が2人きりになるのを心の底では望んでいなかったと思う。

私たちのこれから……今のような関係を維持するためには、晃晴様からの許可が必要だ。


「ふふ、私の主様はなんて過保護なんでしょう。貴方と同じですね」


私がそう言うと、朝霧はいつもの笑みを携えて、でも困ったかのような声で言った。


「…私と晃晴様は違うよ。でも、そうだね。誤解を解かねば……」


立ち上がった彼は時計を見て、私に手を差し出した。


「そろそろ、話が終わるはずだ。応接間に行こう」


差し出された手を迷うことなく取り、自分も立つ。

そして、なぜこの場所にいるのかを思い出す。忘れてはいなかったが、この時間があまりにも濃すぎた。


「朝霧。話って…」


「ああ、詳しくは知らないが、どうもきな臭い国に行かなければいけないようだぞ。私が知っていることは歩きながら話そう。お2人の話が終わる前に部屋の前で待機しなくては。」





やはり、仕事の話。

朝霧の声色から察するに…………。

どうやら、今回は一筋縄ではいかなさそうだ。





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