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綴師  作者: Emmy エミー
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《プロローグ2/運命の日》

《月過歴2222年10月10日/19時25分/天の国/央の宮/霧の間/側使えたち》




「雨か…」



そう呟いたのは、自分の主人である晃晴様の兄君の側使え、“朝霧(あさぎり)”だった。朝霧は僕を慰めるように肩を優しく叩いてくれていた。

朝霧の視線の先。窓の方を見ると、この国には珍しくもない雨がゆっくりと、確かに降っていた。

ただの水滴…

自分に降りかかったとしても大した害のないただの水滴…

だけど、その自然現象でしかない雨が、自分の心を不安にさせる。

不安と心配で跳ねる心臓の音と雨の音が重なる。

その複雑な心を見透かしたかのように、肩を擦ってくれた。


「霧も出ている……君の名前と似ているね。霧雨」


「…そうですね」


「霧雨は縁起がいいんだよ?知ってる?」


そう聞かれて、頷く。

この天の国の誰もが信仰する神龍。黒斑様がこの地に現れるときは、雨が降り、霧が出るという…そのため、霧雨は縁起のいいものだと言われている。

だけど…


「晃晴様は大丈夫さ。きっと、良い結果で戻ってきてくださる。だからそんな顔しないで…」


「何言ってんだ」


そう、後ろから鋭い声が聞こえた。肩に置かれた手に力が入り、朝霧の方に引き寄せられる。ちらりと朝霧の顔を見ると、こちらに笑顔を向けていた。

………その笑顔になぜか身体が震えた。

朝霧の顔を見ていられなくて、声がした方に視線を向けると、次男である“朱吉(あけよし)様”の側使え、“夕霧(ゆうぎり)”がこちらを睨みつけていた。


「黙って聞いてれば…ふざけんなよ朝霧!嘘でも自分の主人以外を支持するなんて…いつもいつもおかしいと思っていたが、言葉が過ぎるぞ!お前の主人である“龍弦(りゅうげん)様”が皇太子になれるかどうかの大事な時に!それとも何か?もしかして、正妻のお子である晃晴様が皇太子になられると思っているのか?だから側使えに取り入って役職を得ようとしてるのか?!もしそう思っているならそんな考え捨てろ!側支えにとっての1番は自分の主人だろ!!」




霧雨は縁起がいい。

でも…自分は存在自体がこの国にとって罪なのだ。





【黒こそ至高。白は劣。】





それが黒斑様を信仰する、天の国の考え方。

肌も、髪も、生まれたときから白色の自分は、幼い頃から迫害されてきた。

でも、いつだったか。皇帝陛下に拾われて、何不自由ない暮らしを得た。感謝してもしきれない。本当にお優しい方……

でも、晃晴様の側使えになったときは一等ひどかった。見えないように、嫌がらせをされてきた。

そんな日々を送ってきたせいか、自分への悪意に慣れてしまった。


今も、夕霧は側から見れば、主人の勝利を信じない側使えを叱責している正義の人間に見えるだろう。

でもその真意は、僕が…白色から同じ位の側使えであることが許せないだけ……

そう思って夕霧を軽く睨みつけると、彼は目を釣り上げてこちらに向かってきた。


「その気味の悪い白印から手を放せ!不幸を呼ぶ!何が霧雨は縁起がいいだ!気持ちわりぃんだよ!!」


「黙れ。」




部屋の空気が凍り付いた。




………夕霧を止めた朝霧の顔が見れない。




冷たい、冷たい声…




ふるりと身体を震わすと、肩に置かれた手が今度は振り払うこともできないほど、強くなり、引っ張られる。その勢いのまま、朝霧の胸の中に飛び込んだ。両腕に抱かれ、何も見えなくなってしまったが、それにひどく安心してしまった。


「言葉が過ぎるのは貴様だ、夕霧。冷静になって考えて見ろ。今この状況で皇太子殿下に近いのは何方だ。答えろ。」


「っそれは…えっと……」


しどろもどろに言葉を発する夕霧に、朝霧はため息をついた。


「馬鹿が。貴様の主人はどう転んでも皇太子になれんだろう。第2夫人のお子で次男。それだけでも厳しいというのに、この国にどんな貢献をしたのだ。龍弦様は平民の街へ降り、自ら土地を見て道を引き、作物の助言を行い、学業の支援をした。国の経済力やどんなことにどの程度の金が使われているのか知りたいからといって財務大臣の部屋から出てこないこともあった。どうだ。貴様の主人は、龍弦様に勝てる部分があったか。ないだろう。では晃晴様にはどうだ。いいや、それこそ勝てない。あの方は正妻様のお子で、天才だ。皆が認めている。今、皇太子候補はこのお2人…誰でもわかる。そのお2人の側使えに……貴様より上の立場になる私か霧雨に喧嘩を売る。それがどういうことかわかるか。貴様の主人の立場も危うくなる。……安心しろ。私が貴様の上になった暁には馬小屋の掃除でも任せてやる。解雇しないだけありがたいと思え。」


……数分、もしかしたら数秒だったかもしれないが、沈黙が流れた。

他にも側使えがいたが、何も言葉を発しなかった。


どのくらい時間が経ったかわからないが、自分を包んでいた両腕の力が少し抜け、頭を撫でられる。

恐る恐る、朝霧の顔を見る。

いつもの、笑顔だ……

この天の国で、自分に優しくしてくれるのは、皇帝陛下と、晃晴様。そしてこの朝霧だった。

この国で白はあってはならない色なのに…なぜ?

皇帝陛下と晃晴様には恐れ多くて聞けないので、朝霧に聞いてみた。そしたら…


『どうしてだと思う?』


なんて、返してきた。正直、意味が解らなかった。

朝霧は、この城に来てから僕の世話をやいて、いろんなことを教えてくれた。

側使えの師匠であり、父であり、兄であり…とにかく、家族なんてものがいなかった自分にとって、最も身近な頼れる人だった。皇帝陛下や晃晴様には言えないこともたくさんあって、その捌け口は朝霧だった。

でも、なんでだろ。

最近ちょっと…おかしい。

最近と言っても、ここ1年ぐらいは廊下ですれ違う程度だったけど、それでも……




………違和感がある。なにか言い表せないけど、変だ。




けど、今助けてくれたのは確かだ。

何か言葉を発すると、また夕霧から何か言われるかもしれないので、昔のように朝霧の背に腕を回し、御礼の意を込めて抱き着いた。

朝霧は、驚いたのか頭を撫でていた手を一瞬止めた。が、すぐにゆっくりと再会した。


「……ふふ、どういたしまして。」


そう、嬉しそうに朝霧がつぶやいた。

ああ、やっぱりお見通しなんだな…

その昔のような雰囲気に、ちょっと安心した。

………僕の思い過ごしだったかも。






「まもってあげる。いつまでも。」






そう、耳元で囁かれた。


「っ……」


呼吸ができない。

どろりとした、何か…重たいものが体全体を包んだかのようだ。



動けない。



冷や汗が出る。



何か言葉を発しないと……戻れなくなる。



そう、思った瞬間。

扉が開いた。


「霧雨…」


優しい、優しい声。


暗い部屋に差す廊下の光が彼の姿を写す。


その表情は見えない。けれど、どんな顔をしているのかはよくわかる。


導かれるかのように立ち上がり、その声の元に行く。


「霧雨。」


「晃晴様…」


遠くで鐘が鳴っている。



ああ、決まったんだ。皇太子が…次の皇帝が……




「霧雨。僕に決まったよ。」






「だから、僕の側で笑っていてね。」














《この世界はハッピーエンドになり得ない。》

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