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綴師  作者: Emmy エミー
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《プロローグ1/思いを馳せて。》

《月過歴2226年/4月29日/16時28分/サラフ王国/玉座の間》



私は、サラフ国という名の国の王だ。

豊かな土地に豊かな資源がある一国の王だ。


物心ついたときから、私は奴隷だった。

親の顔は知らない。私が初めて顔を認識した奴は所謂、奴隷商と言われる人物。

ニタニタ笑って、こういう奴には珍しくもなく、奴隷を人とも思っていない扱いをしていた。私の体を叩き、血を流せば汚いと罵られ、地下牢に閉じ込め、水すら与えられなかった。


傷跡が汚いからと買い手がつかず、労働用奴隷として奴隷商は銅貨一枚で私を売った。

それは何にも耐え難い屈辱で、私にはその程度の価値しかないと、その銅の欠片は言っているように見えた。


力はないがプライドが高く、どんなに理不尽な目にあっても自分という個を忘れずにいる私を、私を買った石炭商は気に食わなかったらしい。

結局、私はどこに行っても不当な扱いを受けた。食い物もろくに与えられずに山奥の洞窟で石炭を掘らされて、さっきまで一緒に歩いていた仲間が、次の瞬間には疲労か栄養失調かで倒れ、そのまま帰ってこないなんて日常茶飯事で…


もしかしたら、自分も………。

いつからか、自分という個が揺らぎ始めた。

あんなにも、殴られ、蹴られ、何度も死にそうな目にあったにも関わらず、隣で人が死んでいくことが、私を人間ではなく、ただのモノにした。


あの男の所有物だ。それ以上でも、それ以下でもなかったんだ私は。

なのに、変な自信をもって反抗した結果がこれなんだ。

奴隷商に媚を売ったら良かったんだ。それだけでもっといい場所に売られていたかもしれなかったのに……

ああ、何を馬鹿なことを考えているんだ。

でも、そう思わずにはいられない。



私は、なんて…ちっぽけな存在なんだ。



そこからは簡単だ。

ただただ、与えられた仕事を淡々とこなす。

従順で素直な様子を見せれば、主人は満足げに食べ物をいつもより多くくれた。



腹は満たされ、ぐっすり眠れた。

ある種の幸福感が頭の中を満たしてくれた。

体が喜んでいる。

多幸感に身震いした。


ああ、これで、生きられる………

これが正解だったんだ………






だが、同時に、元々の私が呟いた。


自分はここで死ぬのだ。私という存在はここで死ぬ………。



そう思って日々を過ごしていた。

洞窟の奥底にあった宝石を見つけるまでは…







手にした者は、どんな身分でも一国の王になれる。まるで夢のような石………。




あのゴミ溜めから私は脱出した。

石を手にして数時間後に、彼の国からの使者が尋ねてきた。

石を手に入れた場所が山岳地帯だったため、そこを中心に、半径100kmが私の領地になった。その領地の3分の1は、あの石炭商の所有物だった。しかし、あの男も彼の国には逆らえず、私に土地を無償で譲った。


私は一夜にして一国の王となった。全てが夢のようだった。


使者からの助言を元に、私が最初に始めたのは、国民を集めることだった。

石が選ぶ場所には人は住み着かない。とてもじゃないが、安全性を保証できる土地柄ではなかった。

使者が言うには、あの石に情報を書き込めばその通りになる。だから、土地をすぐに平すことはできると言う。

しかし、私はその提案を少し待ってもらうことにし、代わりにこう頼んだ。


金を貸して欲しい、と。


使者はにこりと笑うと、頼んだ金の数倍もの莫大な金を用意し、返さなくていい。と言った。

私はその好意を受け取り、かつての主人たちから奴隷を全て買い取った。


彼らは、私の国の最初の住民となった。

住む場所と仕事を与え、賃金を渡して、中心である洞窟の上に城を建てる為、その近辺にある崖や山岳の資源を取り尽くした。

取っては金を増やし、奴隷や移民を受け入れた。

そして、やっと周辺諸国から、国として認められてきた。


この地位をより強固な物にするため、勉学に励んだ。奴隷上がりの頭の弱い王だなんて言わせない。


そうやって、頑張りが結果となって身を結んだ頃、私はとある感情に支配されるようになってきた。


もっともっと、力が欲しい。


だから…彼の国を…………。


「サラフ王」







びくりと体が震える。


一瞬で、走馬灯のように過去を振り返っていた思考が現実に引き戻す。


冷や汗が止まらない。汗が服にこびりついた気持ち悪さが、耐えられない。

ただ、今全身から滲み出す気味の悪さは、汗のせいではない。

目の前の彼の方の威圧感のせいだ。



神門晃晴みかどてるはる



私が座っているはずの玉座につまらなさそうに腰を下ろしている男の名だ。

全ての国はこの男の父である皇帝の物だった。

私の国ももれなく属国だ。


にこりと口角をあげ、私を見下ろす顔……


かつての使者は、彼だった。

彼の国…〝あまの国〟の皇太子であり、私を王にしてくれたあの石に様々な設定を書き込んだ〝綴師つづりし〟。


ごくりと生唾を飲み込む。

目を逸らしては行けない。

逸らしたら……………終わりだ。


「奇妙な噂を聞いたのですが…貴方が謀反を企てているとかなんとか…」


ぶわりと、汗が吹き出す。

ばれている。私の本心が…………


「ああ、本当なんだ。」


う、と。口から声のような呻き声を出してしまった。

馬鹿が!!これではそうだと言っているようなもの……!!!


「ふふ、なんでだろうね。僕にはわかるんだ。お前のその怯えきった顔のせいかな?どう思う?」


まずい。まずい、まずい……!!!

今、この男に逆らっても、我が国には勝ち目が……っ!!


「せっかく、僕が綴ってあげたのに…もう終わりか。残念だね。」


ふと、腕を上げた男の手には、かつて私が見つけた宝石があった。

それだけで、こいつが何をしようとしているかがわかった。




終わらさせられる……

私の国が…!!!




「か、返せ!それは私の〝記録石きろくせき〟だ!!!」


その叫びは虚しくも彼には聞こえていなかった。いや、聞こえないふりをされていた。

それでも、この空気に動けない体を奮い立たせて叫び続けた。


「わ、私は間違ったことはしていない!!全ての国を、お前たち〝黒斑こくはん〟から救うためだ!」


「愚かな…」


後ろから声が聞こえた。

黒い装束を身に纏う男…神門晃晴の側使えだ。

いつもの服ではないが、顔全体を隠す布でわかった。


「サラフ王国の兵は全滅です。ご命令通り、殲滅しました。晃晴様」







な、なんて言った……?


ぜ、全滅…………?

私の兵が?

ぜん………め……………?


?????





「ありがとう。〝霧雨きりさめ〟」


目の前がぼんやりと、ぐるりと、回る。


わ、わた、私の?兵士たちが?私の兵士ってなんだ?誰だ?誰が死んだ?全滅?終わった?死んだ?



震える手で懐に手を伸ばす。



奴隷上がりの私を支えてくれたあいつか?少し文句を言いつつも私を守ってくれるあいつか?剣術を教えてもらってへらへら笑っているあいつ?勉学を頑張りたいと言って文字を練習していたあいつ?それともあいつ?あいつ、あいつ、あいつあいつあいつあいつあいつ……………?


懐に入っていたのは拳銃。

それを取り出して、銃口を向ける。


パァン!!!!




銃弾は、神門晃晴の眉間に当たった。




「へ、へへ、や、やったぞ!!黒斑を殺した!!…これで、あの帝国は終わりだ!!」



何を、言っているんだ私は。



意識せず、引き金を引いていた。


ああ、馬鹿だ。馬鹿だなぁ。

こいつが死んだってなんにも変わらん。

彼の皇帝には息子がたくさんいる。1人死んだところで別の奴が皇太子になって、そして……



私は死ぬんだ。




「ふはは!!お前の主人は死んだ!どうだ、霧雨。私の仲間にならないか!たった1人で我が国の兵を蹂躙したお前は戦力として申し分ない!」


もう、自分が何を言っているかわからん。

だが、もう何をしたって………


玉座の側に近寄っていた霧雨はただ立っていた。そしてゆっくり晃晴に寄り添うように座る。


揺れている視界は霧雨を間近に映す。

そして、腕が勝手に動いて、彼のヴェールを剥がす。




え……………。





「は、〝白印はくいん〟…?な、なぜ。いや、それよりも……なんて………」


なんて、綺麗な白色なんだ。

髪も肌も白だ。


天の国の、黒斑を信仰する国の側使えがなぜ…


「霧雨殿、私と……」




何を言いかけたかもわからないまま、霧雨に手を伸ばす…


ざくっ、と。伸ばした右腕が消える。


あ、れ……




「ぎゃあああっっ!!!」


私は何に叫んだのだろう。

腕を落とされたからか?それとも………


眉間に銃弾を撃ち込んだはずの男が生きているからか………?


「うぐっ!!」


口の中に何かを入れられた。

……短剣の切先だ。


「僕の、腹心に…一体何を言おうとしたんだい?」


ぐっと、喉にまで入れられ、咽ようにも何もできない。

晃晴はその視線だけで人を殺せるかのようは形相をしていた。

その恐ろしい顔に、気絶しそうだった。


「僕たちに敵意を向けることさえ許せないのに。お前、何を言おうとしたんだ。その汚い口で…」



ああ、おちる………意識が………。



「晃晴様…まだですよ」


「……わかっている。」


その会話に、少しだけ意識が浮上する。

ぼやけた視界は変わらなかったが、まだ話せる。


「な、なぜ…いきて……」


ほぼ、無意識にそう呟いていた。

その言葉に霧雨は呆れたように言葉をこぼす。


「仮にも一国の王が…黒斑様の御加護も知らないなんて……浅学な。」


それは、私が1番言われたくない言葉だった。

腹が立つ。私は、知識をつけた。弱い人間だと、思われたくなくて………。

でも、なぜか、なぜか。



今は、別にどうでもいいかと思う……???




「サラフ王。僕には効かないよ。お前の敵意は…」


短剣が抜かれ、床に倒される。



「さあ、決断の時だ。ここで死ぬか。」



玉座を背にする彼に嫉妬する。

彼は生まれながらに、王なのか。













「全て。無かったことにするか。」













《月過歴2226年/4月29日/16時52分/サラフ王国/王都》



夕暮れが綺麗だ。


街は活気溢れ、人々は笑顔を見せる。


弦楽器の音楽が奏でられ、色とりどりな花冠を乗せながら手を取り合い、人々が踊っている。



サラフの資源や政治は目を見張るものがあった。

だから皇帝陛下はサラフ王に選択をさせるように晃晴様に命じたのだろう。この街を事前に見てまわっていたし、あの愚王は、残念ながらやり手。としか言いようがなくて、どうしてあんな愚行に走ったのかと頭を抱える。


結局。サラフ王は、無かったことにした。

謀反を企てた事実は、記録石に綴られた言葉で無くなった。


【時間は月過歴2226年。4月29日。14時20分に戻り、綴師である神門晃晴の説得により、謀反を起こさず、改心した。】


記録石に綴られた内容は真実になる。これにより、サラフの記録は書き加えられ、兵士が死んだ事実も消えた。


書き加えられるのは、綴師のみ。


黒斑様の加護を与えられた、天の国の皇帝陛下の血筋の者だけ。

しかし、いくら無かったことにしたとはいえ記録は残る。この国が犯した罪はあの石がある限り、後世に残り続ける。


それがこの国の未来にとってどんな意味をなすか。それは誰にもわからない。



目の前に影が見えた。視線をその方向に向けると、5歳くらいの男の子が目の前に立っていて、私に何か言いたげにしている。


「何か御用ですか?」


怖がらせないように、そう小さく囁くと、男の子は顔を引き攣らせる。

私は大の大人。座っているとはいえ、立ち上がったらかなりの大柄だ。やはり、怖がらせたと謝ろうとしたとき、ずいっと目の前に花冠を差し出された。


「こ、これ…」


花冠は、かなり豪奢だった。

私の髪色に合わせたのか、白色の花ばかりで構成された形のいい冠だった。

月下美人、日の出蘭、紅弁慶、鷺草もある。明らかに高そうな、というより、花冠しては独特な感性に少し驚く。おおよそ、子どもが選ぶのにはあり得ない種類だし、花冠にするのすら大変であろうそれを、私に差し出すのは一体どういう意味があるのか…

ちらりと広場を見ると、どうやら花冠は売り物のようで、そこかしこの店に飾られている。サラフ王国の伝統のようなものなのかもしれない。

仕方がない。この子はもしかしたら花屋のお使いなのかも…

そう思って、懐から財布を取り出す。


「ありがとうございます。素敵なお花ですね。おいくらですか?」


「ううん。あげる。き、綺麗だから…」


お金はいらないって…何故?

花が綺麗だからって何?わからないな…


ふと、男の子を見ると、泣き出しそうに瞳を潤ませていた。

その悲しげな表情に焦って、花を労るようにそっと受け取る。


「ありがとうございます。お言葉に甘えて…いただきますね。」


男の子の目を見てそう言うと、彼は顔を真っ赤にして、私の頬に唇を寄せ、彼の唇が触れた。


「じゃ、じゃあね!お姉さん!」


と、言い残し、広場の方に走っていってしまった。




今……聞き間違えじゃなければ………




「ん、ふふ。お姉さんだって。」


隣に座っていた晃晴様が笑いながら言う言葉に、今の男の子が言った言葉は本当なんだと頭が冷静になった。と、同時に不服だった。

彼は私のヴェールを被っていた。この街中では晃晴様の髪色の方が目立つからだったが、笑うたびに布が揺れる。それにも少し苛立つ。

もう。人ごとだと思って揶揄うだなんて………!!


「私のどこが女に見えるんでしょう」


私の身長は五尺八寸…175㎝程だ。どう考えても女には見えないはず……


「その服かな?」


「これは貴方の趣味です。私は着させられているだけです。」


「あれ?主人である僕に文句かな。君だって満更じゃないだろうに」


それは、貴方に貰った物だから満更じゃないだけ…!!

このひらひら、ふわふわした服は決して!私の好みではございません!!


そう不貞腐れていると、隣から自分を呼ぶ声が聞こえた。そちらを向くと、晃晴様がまるで愛しい物を見るかのような目で見てきて、少しどきりとする。


「今日も綺麗だよ。」


「…そう言うのやめてください」


いつもこうだこの人は。

私がその顔に弱いのを知ってて、こっちを見てくる。やめてと言ってもすぐにその顔をするし………恥ずかしいからやめてほしいのに。


「見る目がある子どもがいるこの国は続いてほしいね」


「それ、本心ですか?」


沈黙。

晃晴様はすっとこちらを見て、じとりと花冠を睨みつける。不機嫌さを隠さないのは珍しいな。と思うと同時に、右頬を触られた。


「霧雨。帰ったらお風呂だよ。ああ、花に罪はないけど、置いていってね?君にその花は似合わない。」


あの子は見る目はあっても感性は微妙のようだ。仕立て屋の跡取りなのにこれから苦労するだろうね。と晃晴様は一瞬で作った笑顔を貼り付けながら、サラフの王城に向かって歩き出す。


なぜ。彼が仕立て屋の子どもだと分かるのだろうと一瞬思ったが、晃晴様は不思議な目を持っているらしいから、見えてしまったんだろう。


心の中で、私のことになると少しばかり狭量になる主人…もとい、幼馴染が申し訳ない。とあの男の子に謝りながら、花を休憩所に置いて晃晴様の後を追った。







《月過歴2226年/4月29日/16時53分/サラフ王国/王都》



休憩所。

彼の座っていた場所に花冠が佇む。


近くにいた子どもは彼に見惚れていたようだったので、声をかけて、花屋と偽って売って届けさせたんだ。


彼を体現した冠は、寂しく風に揺れている。


受け取ってくれたようだが…

主人は置いて行けと言ったようだ。


まだ。まだだ。

まだ、彼に会うべきではない。


今はまだ…………。


視界に見える白に、思いを馳せて……

花冠を回収した。































「おい!坊主!どうした?!」



「ハリスが倒れた!」



「親は!どこにいる?!」



「角にある服屋の息子だ!!」



「早く!医者を呼べ!!!」



「ち、血を吐いている!早く!!誰か!!!」



































私は彼の主人のように心が広い人間ではないんだ。


死んで、白印様に導かれるがいい。






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