負けるな婚約破棄
どこに向かっているのだろう、それは誰にもわからない。
学年最強と言われる騎士団長次男キシージの敗北。
これはプランセロにとって衝撃的な出来事だった。奇襲で負けたのではない、力押しで落とされたのだ。あとで合流し事情を知った宰相三男サイショーサは、
「そりゃぁ反撃しなければ勝てないでしょう?」
と指摘したが、それに対するキシージの反論は非常に単純だった。
「騎士を目指す者として、か弱き婦女子に手を上げることなど、絶対に出来ない。」
この男、思った以上に紳士である。
それに反論しない他の二人も、また紳士であった。指摘したサイショーサにしても、そんなことは最初からわかっていて言ったことである。
反撃できないならば、相手が疲れ切るまで防御し続けるしかないのが道理、そうに違いない。侯爵令嬢の流星連撃はキシージにすら耐えきれない以上、何らかの策を立てる必要があるのは必至である。そしてそれは宰相三男サイショーサの頭脳に委ねられた。
サイショーサは学園一の知性とも云われる王国宰相家の英才である。国王も彼の将来には期待をかけていたのだろうか、彼は第二王子の側近には取り立てられていなかった。だのになぜこんなことに……。第二王子と同い年でさえなければ、彼の未来は薔薇色にひろがっていたに違いない。それとも第二王子に目を付けられてさえいなければ。これもまた宮仕えの悲哀であろう。
サイショーサの頭脳は優秀ではあったが、実践にはまだまだ疎かった。また優秀なものにありがちな、結論を急ぎ過ぎる、諦めが早すぎる、といった欠点があった。
そもそもの話、国王夫妻が首を縦に振りさえすれば婚約は簡単に解消できるのだ。それなのに首を振ろうとしないがゆえに、この不毛な婚約が継続されているのだ。第二王子も我儘なのだろうが、その親どももたいがい我儘なのだ。
このような問題が一学生に解決できるわけがない。サイショーサはとっくの昔に考えることを放棄していた。適当なアイデアをでっちあげてお茶を濁すのが吉だ。
「サイショーサ、まだ良い策は思いつかないの?」
プランセロは完全に他人任せだ。
「まだ思いつきの段階ですが、少しアイデアがあります。」
こう答えつつも、実はサイショーサ、まだ何も思いついていない。会話の流れで何とかする心算だ。
「どんなものだ、申してみよ。」
「古の知将の言い伝えとして『相手を知ることが勝利につながる』という言葉が残っています。今すぐに勝利するのではなく、相手の弱点や戦闘力がどの程度なのか試してみて、その結果から作戦を練るのが良いかと思います。」
「ほう、それは良さそうだ。具体的にはどうする?」
「そうですね、例えば……いや、ここで具体的に語るのではなく、後日お見せいたしましょう。」
サイショーサとしては、まだ思いつかないのだから仕方ない。
「うん、そのほうが良いかもしれん。盗聴の魔法などが仕込まれているかもしれんからな。」
キシージのナイス・アシスト!
数日後の放課後、プランセロはマルシェナを呼び出した。彼の傍らにはキシージと、謎の全身板金鎧が立っている。この鎧がもちろんサイショーサのアイデア、中身ももちろんサイショーサだ。古ぼけた全身鎧は家の蔵に眠っていた年代物である。
頑丈な防具という誰でも思いつきそうなアイデア、そして適当に用意された粗大ゴミのような鎧、彼のやる気のなさが光っている。
この全身鎧であれば徒手空拳に耐えられるに違いない。例え打ち負けたとしても、そこから戦訓を導き出して次の戦いを優位に進めることができる可能性が高い、というのがサイショーサの意見だ。
意訳すれば、たとえボコボコに殴られたとしても、鎧に守られていればそれほど痛くもなく、大きな怪我もせず、なんとなく頑張った感をアピールできる可能性もあるだろう、ということだ。
そんな三人のもとにマルシェナが現れた。不敵な笑みだ。
彼女が歩みよってくるのに合わせて、鎧サイショーサは数歩前に出る。
間合いに入る少し手前ぐらいで、プランセロがマルシェナに対して声を上げようとした。声を上げようとはしたのだ。しかし彼女はそれよりも早く鎧男に詰め寄っていたのだ。
「えいっ!」
「なっ!?」
ガシャッ!
まさに一瞬の出来事!
瞬きするかしないかの一瞬のうちに、彼女は鎧男の膝裏を足で取り、頭を押すようにして地面に叩きつける。何が起こったかまったくわからないままに、サイショーサは仰向けに倒れていた。意識を失うことはなかったが、全身板金鎧は重すぎて、起き上がるどころかまともに身動きすることすらできない。完敗というより他はない。
令嬢は軽く髪を掻き上げると、男たちを一瞥することなく歩み去っていった。
サイショーサは地面に転がったまま鉄兜越しに空を見上げながら、ぼんやりと「今回は婚約破棄宣言してないなぁ」とつぶやいた。