婚約破棄
そろそろ流行も終わったかと思いますし、こんな文章に需要があるとは思えませんが。
なんとなく勢いで。
「侯爵令嬢マルシェナ、貴様との婚約を本日この場をもって破棄することを、ここに宣言する!」
王家主催の小パーティの席上で、突然のように第二王子プランセロが声をはりあげた。彼の右腕にはピンク髪のどこかで見たことあるような、ないような娘がギュっとしがみついている。
「王子殿下、そのような大きな声を出されて、いったい何事ですか?」
迷惑そうな表情を隠そうともせず、侯爵令嬢のマルシェナが答えた。同い年の二人は、このたびの貴族学園への入学に合わせ、王家のたっての願いで婚約することになったのだが、出来の悪い王子との縁組など、侯爵家からすれば迷惑極まりない話だったことは言うまでもない。
「マルシェナ、貴様の学園での振る舞いは堪忍できるものではないぞ。このカウィーナ男爵令嬢に対して、教科書を隠す、牛乳を拭いた雑巾を机に放置する、カバンの中で黒板消しをはたいてチョークまみれにするなど、陰険かつ執拗ないじめを繰り返した事実は、女神のごとく可憐なカウィーナ嬢の陳情により全て明らかになっていると知れ!」
「でんかぁ、わたし、ほんとに辛かったですぅ~。」
王子の腕に大きな胸をこすりつけるように、さらに強く腕にしがみつくピンク髪。下品な動作に顔をしかめる参会者たち。
この娘は一体誰なんだろう、見覚えはないような気がする。それが多くの参会者たちの共通した認識だっただろう。マルシェナもまた、何とか思い出せないかと困っていた。
すると王家の使用人たちが目立たないようにこっそり「最近、男爵家の養女になった婚外子」だと、参会者たちに耳打ちして回ってくれていた。令嬢の正体はただの平民らしい。使用人たちの正体は忍者かもしれない。
「貴様のごとき冷酷無残な者は王家にとってふさわしくない。いやそれどころか、我々の王国に百害あって一利なしなのは明白である。よって侯爵令嬢マルシェナ、貴様の貴族籍は剥奪、国外追放の刑に処する!」
キマった!と言わんばかりの、歴史に残りそうなほど素晴らしい、王子のドヤ顔のなんと晴れ晴れしいことよ。
婚約者ではない女性をエスコートしているとか、このパーティには平民は参加できないとか、王家が是非にと望んだ婚約であるとか、貴族籍の剥奪は家長の権限であり、たとえ国王であっても他貴族家に手出しできないとか、突っ込みどころ満載である。
なにより両陛下も侯爵夫妻も参席してそこにいる。特に両陛下は、あまりの怒りに溶岩のように煮えたぎり赤く燃え上がった顔の左半分と、侯爵夫妻からの全てを凍り付かせる絶対零度の視線を浴びて冷や汗を垂れ流して青くなった顔の右半分とで、どこかのTV番組の悪役か正義のロボットのような面白い状態になっていた。
当然、不本意な婚約を押し付けられた本人、侯爵令嬢たるマルシェナにも強く思うところがある。一つや二つではない、かなりたくさんある。数えきれないほどある。しかし言葉にするのはたった一言。
「笑止!」
発すると同時に電光石火で踏み込んだマルシェナの黄金の右正拳がピンク頭に炸裂する。止まる時間。
その直後、ガーーンッという大きな炸裂音が小ホールに響き渡るとともに、載せる物を失った首から、噴水のようにバシャバシャと赤い液体が吹きあがった。背後の大理石の壁にめり込んだ、千切れ飛んだ頭部。
返り血をものともせず、マルシェナはそのまま王子に左からの中段蹴りを浴びせる。ボグッっという低い音とともに吹き飛び、ピンク頭のすぐ横に叩きつけられるアホ王子。
「皆様、安心していただきたい、峰打ちだ。」
峰打ちとは?
皆が呼吸することすら忘れている中、なんとか動き出すことに成功した近衛騎士がマルシェナの前に進み出て、無理やりのように騎士の礼をとる。可哀そうなことに、ちょっと足元がプルプル震えているような気がしないでもない。
「……ご令嬢、御着替えが必要なご様子ですので、お部屋をご用意いたします。」
「ありがとう、お願いするわ。」
パーティは当然お開きになった。第二王子は入院した。
別室で着替えた後、王家の用意した馬車で自邸に戻ったマルシェラは、父である侯爵から「少しやりすぎ」とお小言を貰ったが、母からは「それでこそ!」と大いに褒められたという。