マシン製造マシン
ここは辺鄙な町の、さらにはずれにある研究所。
そこにはとある有名大学に在籍したこともある、天才博士がひとりで住んでいた。
「あったあった、本当にこんな山奥に研究所を作ったんだなぁ」
ある晴れた日、ひとりの青年が研究所を訪れた。
ふぅふぅと息を切らせながら、青年は入口のインターホンを鳴らす。
「T博士、ボクです。以前お世話になった、Mです」
インターホンのカメラに向かって、そう声をかける青年。
すると数秒後、インターホンからしわがれた老人の声が聞こえた。
「おお、M君か! 随分と懐かしい。いつ以来かね?」
「博士、昔の話をするのも良いのですが、できれば中に入れてもらえませんか?」
いまの時期は夏真っ盛り。
険しい道を辿ってきたMの着ていたシャツは、汗でピッタリと肌に張り付いている。
「おっと私としたことが。ささ、中へ入りたまえ」
玄関を塞ぐ鉄扉が、自動で横へとスライドしていく。
Mはハンカチで汗を拭いながら、研究所の中へと入っていった。
「これはすごい」
研究所へ入るなり、Mは目を丸くした。
外見は普通の一軒家だが、中は実に近代的な作りとなっている。
いや…………各所にあるメーターや、宙に浮かぶホログラムなど、もはや未来的と言っても過言ではない。ホログラムには矢印が表示され、Mがその通りに進むと、そこには如何にも博士風の男が立っていた。
「やあ、久しぶりじゃないか」
「T博士、ご無沙汰しております」
応接室のような小さな部屋。
しかしやはりそこも、未来的な装飾になっている。
博士に進められ椅子に腰を下ろしたMは、ポケットから取り出したハンカチで、再び額の汗を拭った。
「それにしても最近の猛暑には、まいってしまいますね。博士はそんな分厚い白衣で、暑くないのですか? 冷房機器は設置していないようですが」
「年を取ると、あまり感じなくなるのかもしれないな。この暑さのなか、ここまで来るのは大変だったろう。少し待ちなさい。冷風オン22度、ついでに冷たい飲み物を彼に」
博士がおもむろに言うと、どこからともなく冷風が吹き、目の前のテーブルからは冷たいコーヒーが迫り上がってきた。
「さすがは博士。大学にいた頃から色々な発明で驚かされましたが、その発想力は健在のようですね」
「助手だった君を驚かすことが、当時の私のささやかな楽しみだったからね。しかし、こんな物で驚いてもらっては困るよ」
博士は得意気に言うと、白衣のポケットからひとつの装置を取り出した。
「なんですかそれは?」
それはアイマスク型の装置で、短いアンテナがいくつか伸びている。
「これは『夢のドリームマシン』だ!」
「なんだか頭痛が痛いみたいな感じの名前ですね……」
「名前よりも性能に興味を持ってくれないかな? なんとこれを着けて眠れば、自分の望みの夢が見られるという代物だよ」
「ええ!? それはすごい!!」
Mが大きな驚きを見せると、博士はより得意気な顔をして、今度は別の装置を懐から取り出した。それはヘッドホンに似た形をしていて、耳元に赤いボタンが付いている。
「これは『夢の記憶スキャナー』と言ってね。この装置を装着すれば、様々な記憶を読み取って教えてくれる装置なのだ。君にもあるだろう? 自分が何を忘れたのかすら、忘れてしまったときが」
「じゃあ、ショッピング中に買うものを忘れたときや、何かの用事があったときも、これさえあれば思い出せるということですか?」
「さよう。しかも人だけでなく、物の記憶を読み込むことも可能だ」
「それはすごい!! そんな装置、いままで見たことも聞いたこともありませんよ!」
博士の顔に、いっそうと笑みが増してくる。
そして次の瞬間には喜色満面の顔を上げ、老人とは思えない素早さでMの手を取った。
「まだまだ発明があるんだ。ちょっとこちらへ来てくれ」
「あ、まだコーヒーが……」
Mは少し残ったコーヒーを名残惜しそうに見つめたが、発明品を見たいという好奇心には敵わない。結局、博士についていくことにした。
「さあ、ここだ」
Mが次に博士に案内されたのは、先ほどの応接室の3倍はある広い部屋だった。部屋の中には、様々な機械が所狭しと置かれている。
博士は巨大な電球のような装置を指差し、大きく咳払いをした。
「ゴホン! これが何か分かるかね?」
「いえ、さっぱり見当もつきません」
「これは『夢のバイオリサイクラー』といって、あらゆる物質をエネルギーとして変換してくれる装置なのだよ。例えば卵をひとつ投入するだけで、数日分の電力を生み出してくれる優れ物さ。この研究所のエネルギーも、いまはこの装置ですべてまかなっているのだよ」
「それはすごい! これさえあれば、あらゆる国の電力不足を解消できますね!」
博士の見せた装置は、どれもが信じられない性能を持っている。
Mは感嘆の声を上げ、素直にその功績を讃えた。
「しかし、よくこれだけの装置を発明できましたね。それもこの数年程度で。さすがは博士です」
「ふふ、実はね……これには“とっておき”の秘密があるのだよ」
「秘密ですか?」
「この正面の機械が、その“とっておき”だとも」
博士が顎をしゃくって示したのは、先ほどの装置よりも更に大きく、この部屋の中でも一際に目を引く機械だった。壁にくっつくように置かれた装置からは、何本もの機械のアームが伸びている。
「さっきから気にはなっていましたが、この装置はいったい…………?」
「これこそ、私が苦心の末に作り出した発明品。その名も『マシン製造マシン』だ」
「マシン製造マシン?」
「――――――そう! このマシンに自分の願望を入力するだけで、搭載されたAIがその夢を叶える装置を作ってくれるのだよ」
話を聞いたMの瞳は、かつてないほど大きくなった。
「つまりこれは、夢の機械を製造するための機械…………ということですか?」
「君がいままで見てきた装置は、すべてこのマシンが作ったものだ。どうだね? 人類史に残るような、偉大な発明だろう?」
「すごい! 素晴らしいですよ博士!! さっそくこの装置を学会に発表しましょう! ノーベル賞は確実に博士のものです!」
Mは飛び上がらんばかりに興奮し、博士の両手を握った。
しかし先ほどまで満面の笑みを浮かべていた顔が、途端に険しいものへと変わる。
「残念だが、その気はないよ」
「なぜですか? 博士は一躍、時の人になれるんですよ?」
「そこが問題なのだ。人間など愚かなもので、装置を目当てに大量のマスコミがこの場所を訪れるだろう。それも連日のようにな。いや、それどころか忍び込み、勝手に使おうとする輩も現れるに違いない」
「それはそうかもしれませんが……。しかしせっかくのチャンスを」
「私は名誉や金が欲しいわけではないのだ。そんなもの、人類が滅びれば何の価値もない。自己満足さえできれば、私はそれで良いのだよ」
博士にこうもきっぱりと告げられては、しつこく食い下がっても意味はない。Mは後ろ髪を引かれる思いで、博士の意思を尊重することにした。
「おっと、メンテナンスの時間だ。少しばかりここを離れるが、私の発明品でも眺めて待っていてくれ。そう、10分ほどかな」
「分かりました」
Mが頷くと、博士はのんびりとした足取りで部屋を去っていく。
ひとり残されたMは、ため息を漏らしながらマシン製造マシンへと近づいた。
「それにしても、もったいないなぁ。世紀の発明なのに、日の目を見ることもないなんて」
愚痴をこぼしながらも、装置を見るだけで心は踊った。
Mはきょろきょろと周りを見渡す。
罪悪感が無いわけではなかったが、好奇心がそれを上回った。Mは恐る恐る、マシン製造マシンの電源を入れる。博士の助手をした経験のおかげで、装置の操作方法も何とか理解できた。
「あなたの夢を入力してください? そうだなぁ」
そのときふと、学生時代を思い出す。
いたずら好きの博士に、何度も驚かされたものだった。
「それじゃあ、博士をビックリさせる装置でも作ってもらおうかな」
Mは驚いた博士の顔を想像し、ニヤニヤと笑いながら『T博士を驚かせる装置』と入力した。
すると――――――
「あれ? エラーだ」
ディスプレイ画面には、赤い文字で『ERROR』と表示されている。
「夢のマシンにも、作れない装置があったということか。しかし、この周りの発明品と比べて、そこまで無理難題を言ったつもりは無いんだけどなぁ……」
Mは仕方なく、別のアイデアを考えることにした。
しかしそのとき、画面の中のある項目が目に止まる。
「製造履歴? このマシンがこれまでに作った装置の履歴か」
好奇心が、再び顔を覗かせる。
博士はいままでに、どんな装置を作ったのだろうか?
Mは躊躇することなく、『製造履歴』を選択した。
「ホログラム発生装置に、来客用コーヒーマシン」
ずらずらと並ぶ、夢の発明品の数々。
面白そうな物もあれば、何に使うのか分からない物もある。
Mは上から下へ画面をスクロールしながら、ふと……とある発明品で指を止めた。
「…………百発百中の無音銃? なんだか、えらい物騒な物を作っているな。日付は数ヶ月前、記憶スキャナーのひとつ前か」
狩猟や射的の趣味があるなど、博士から聞いたことはない。
Mは眉をひそめつつ、画面を再びスライドさせる。
するとそこで、Mは信じられないものを見てしまった。
「夢のコピーロボット……Dr.T001号……。なぜ、ロボットに博士の名前が……?」
コピーロボットというからには、何かを模倣する、或いは模倣したロボットに違いない。そして博士の名前がついてる以上、それは博士の姿である可能性が高かった。
そのときMの頭の中で、先ほどの博士との会話が蘇る。
『それにしても最近の猛暑には、まいってしまいますね。博士はそんな分厚い白衣で、暑くないんですか? 冷房機器は設置していないようですが』
『年を取ると、あまり感じなくなるのかもしれないな』
この猛暑で、汗のひとつもかいていなかったT博士。
銃を作ったあとで、記憶スキャナーを作った理由。
バイオリサイクラーは、最初に何の物質を取り込んだのか?
不穏な疑問が頭に浮かんだとき、Mの手は震えていた。
「だから言ったのだよ。人間は愚かだと」
突然、背後から博士によく似た声が聞こえた。
そしてMはゆっくりと振り返りながら、すべてを理解する。
マシン製造マシンにERRORが出たのは――――――
驚かせるべきT博士が、すでにこの世に――――――