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転生龍覚者と導きの紋章 〜始原の森から始まる英雄譚〜  作者: シェルフィールド
3章

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第94話:途絶する連絡

軍事都市『アイギス・フォート』では、セレスティーナ総長の指揮のもと、兵舎の骨組みが次々と立ち上がり、強固な防衛線が構築されている。生産都市『アグリ・ヴィータ』では、アリシア とテラス殿 が、公国の生命線となる肥沃な農地の整備を急いでいる。そして鉱山都市『グラニット・ベース』でも、ティアーナ とゴードンさん の二大技術者の叡智が融合し、量産型溶解炉の建設が始まろうとしていた。


「レン、ハーブティーです。またこんな時間まで起きていたのですか。睡眠不足は、公王の判断を鈍らせますわよ」


扉が開き、ローブ姿のティアーナ が入室してきた。彼女の銀髪は夜明けの光を浴びて淡く輝いている。その手には、疲労回復に効く薬草をブレンドした温かいハーブティーが握られていた。


「ありがとう、ティアーナ。だが、もう少しだけこの地図を見ておきたいんだ」


俺は、大陸の地図を睨みながら答えた。斥候隊の出発から既に数週間が経過している。各地へ散った斥候隊 からの報告が、今、公国の次の行動の全てを決める。


「ですが、レン。無理は禁物です。アリシアさんも、朝食の準備をしながら、あなたの顔色を気にしていますわ」


ティアーナの指摘は的確だった。俺の隣には、いつも彼女たち二人がいる。公王としての重責を負っても、俺がこの世界で折れずにいられるのは、彼女たちの愛と献身的なサポートのおかげだ。


「分かっている。すぐに休むさ。それより、東部偵察隊(リディン隊)からの定時連絡はまだか?」


「リディン隊からの連絡は、もうすぐ入る予定です。彼らは、警戒が必要なゼフィラス聖王国国境付近を担当していますが、今のところ順調です」


ティアーナがそう言った、まさにその瞬間だった。


「レン公王、緊急連絡です! 南部偵察隊、グエン隊長からです!」


セレスティーナ総長が、息を呑むような緊迫した表情で魔石を手に、執務室に飛び込んできた。



◇◇◇



通信魔石を介して、南部偵察隊のグエン隊長からの切迫した報告が響き渡った。


『――こちら南部偵察隊、グエン!公国、聞こえるか!』


「聞こえている、グエン隊長!状況を報告せよ!」


セレスティーナ総長が即座に応答する。


『レヴァーリア連合王国 の自由都市近郊に潜伏していた知識階層、数百名の集結が完了した!』


「数百名!?なぜこれほどの人数が一度に!」


ティアーナが驚きの声を上げた。当初の想定を遥かに超える規模だ。


『彼らは、ドラグニア王国の技術者や元文官、そして大学で研究を続けていた学者たちです。帝国による統制が厳しくなる中、独自に連絡を取り合い、安全な移送を求めて集結したようです。彼らの多くは知識や行政経験を有しており、公国にとって非常に価値ある人材となるはずです』


グエン隊長の声は興奮していたが、すぐに緊張の色を帯びた。


『しかし、帝国軍の監視の目も厳しく、これ以上の集結は危険です。一刻も早く移送を開始しなければ、彼らは帝国に捕らえられるか、あるいは自由都市の闇ギルドに引き渡され、奴隷となるでしょう!安全な移送座標は、既に魔石で送りました!』


「よし、グエン隊長、よくやった。直ちに回収作戦を開始する」


セレスティーナ総長が、即座に決断を下す。彼女の判断は早かった。


「レン公王、準備を!転移門を携行し、直ちに現地へ!」


「待ってください、セレスティーナ殿」


俺は地図を広げ、グエン隊長から送られてきた座標を確認する。レヴァーリア連合王国の自由都市付近、始原の森から最も遠い南部だ。


「この地方の近くに、まだ俺が転移できる座標が未設置だ。」


俺はそう言って、隣に控えるフィーナを見た。フィーナは、俺の意図を察したのか、その青い瞳を輝かせ、小さく頷く。


「セレスティーナ殿。今回も俺とフィーナの龍奏飛翔で先行し、指定された安全座標に転移門を設置する。その後、門を開き、後続部隊を迎え入れる。この方法が、最も迅速かつ安全だ」


そして、少しの協議の後、俺とフィーナはエルムヘイムを飛び立った。



◇◇◇



数時間の超高速飛行の後、俺たちはレヴァーリア連合王国の国境付近、グエン隊長から指定された山間の盆地へと静かに着地した。


「よし、フィーナ、お疲れ様。よく頑張ったな」


フィーナが人の姿に戻ると、俺はすぐに転移門を設置するための準備に取り掛かった。


「フィーナ、ここで少し待っていてくれ。転移門を設置する」


フィーナが頷くと、俺はストレージから転移門を取り出し、周囲の地形をマッピングで確認しながら、安定した座標に門を展開する。


門の制御台座に魔力を注ぎ込むと、蒼い光と共に、門の向こうにエルムヘイムの景色が映し出された。


「転移門開いた!カイル、アリシア、オリヴィア、イリス!皆、聞こえるか!こちらへ!」


俺が通信魔石で呼びかけると、門の向こうから、カイルを先頭に、仲間たちが次々と現れた。


「レン!フィーナちゃん!無事だったか!」


カイルが、安堵と興奮が入り混じった表情で駆け寄ってくる。


「レン公王、お疲れ様です」


オリヴィアも、その目には安堵の色が浮かんでいた。


後続部隊の到着を待つ間もなく、茂みからグエン隊長率いる斥候隊が姿を現した。


「レン公王!お待ちしておりました!」


グエン隊長の案内で、俺たちは山間の洞窟へと向かった。洞窟の奥には、痩せ衰えてはいるが、希望の光を目に宿した数百人の知識人が身を寄せ合っていた。


「ドラグニアの民よ、よくぞ耐えてくれました!」


オリヴィアが、王女としての威厳と、同胞への深い愛情を込めて、彼らに語りかける。その姿に、知識人たちは涙ながらに頭を垂れた。



◇◇◇



移送が完了し、俺たちはエルムヘイムへと帰還した。転移門をくぐり抜けてきた知識人たちは、温かい食事と、新たな居住区画に落ち着き、疲労を回復させていた。


その裏で俺はオリヴィアに指示を出していた。彼女は優れた政治と外交能力を持っており、アルバート卿と共に行政機構を統括するのに最適な人物だ。


「はい、レン。お任せください。アルバート卿と、今回救出した彼らが持つ知識や行政経験は、公国の体制を急速に強化するでしょう。特に、法整備や、徴税システム、そして今後の外交戦略の立案において、彼らの知恵は計り知れないものとなります」


オリヴィアの紫色の瞳は、公国の未来への確かな光を宿していた。


学者たちの持つ知識が加わることで、エルム公国は急速に「都市の集合」から「国家」へとその体制を移行させていく。俺の規格外の造成能力が物理的な基盤を築いたのに対し、彼らの知識は国家の精神的・法的基盤を築き始めたのだ。


「これで、公国はさらに強固になる。帝国との戦いに備え、行政の効率化を急ごう」



◇◇◇



南部偵察隊による知識階層の回収作戦が完了し、エルムヘイムは希望に満ちていた。しかし、その裏側で、不穏な影が忍び寄り始めていた。


公王執務室で、俺はセレスティーナ総長 と、斥候隊からの報告を待っていた。テーブルには、大陸全土に広がる斥候隊の潜伏場所が記された地図が広げられている。


「東部偵察隊(リディン隊) から定時連絡が入りました」


セレスティーナ総長が、魔石通信機を置くと報告した。


「リディン隊は、ゼフィラス聖王国国境付近の山岳地帯に潜伏しています。帝国軍による大規模な兵力移動は確認されず、周辺地域での潜伏民の安否確認を進めているとのこと。現状、順調です」


南部偵察隊からの報告も合わせて順調なことに、俺は安堵の息を漏らした。こ


だが、その安堵は、次の瞬間に打ち砕かれた。


「北部偵察隊(フォルカス隊) からの定時連絡が、完全に途絶しています」


セレスティーナ総長の言葉は、静かだが、鋼のような重みを伴っていた。


「北部は、ヴェルガント帝国の国境付近。最も危険な地域です。定時連絡の途絶は、何を意味しますか?」


俺の問いに、セレスティーナ総長は厳しい表情を崩さなかった。


「斥候隊は、通信途絶に備え、三種類の予備通信手段を携行しています。それが全て沈黙したのは、極めて異常な事態です。帝国軍による何らかの介入やトラブルが発生した可能性が濃厚です」


俺は、思わず拳を握りしめた。


「くそっ……!」


北部国境付近は、帝国の軍事要塞が集中する地域だ。


「セレスティーナ殿。フォルカス隊の安否確認と、寸断された連絡網の再構築は、公国の最優先事項とすべきです」


俺の言葉に、セレスティーナ総長は深く頷いた。


「わたくしも同意見です、レン公王。しかし、この任務は、我々の主要戦力を失うリスクを最小限に抑えつつ、確実な潜入と情報伝達を行う必要があります。誰を派遣するべきか……」


セレスティーナ総長は、しばらく沈黙した後、静かに、しかし決然とした口調で、一つの名を口にした。


「レン公王。わたくしには、この任務に最適な人物が一人おります」


「誰だ」


「オリヴィア王女 の近衛騎士、イリス・ヴァリエール です」


その名を聞いた瞬間、俺は驚愕に目を見開いた。イリスは、オリヴィアの護衛 であり、俺たちの仲間の中でも特に重要な存在だ。


「イリスを? 北部の最も危険な地域に、単独で?」


「はい。わたくしの分析では、彼女こそ、この任務を果たす唯一の存在です」


セレスティーナ総長は、俺たちの動揺をものともせず、彼女の選定理由を理路整然と説明し始めた。


「イリス殿は、オリヴィア王女直属の近衛騎士ですが、偵察・隠密行動に長け、いかなる状況でも感情に流されない冷静沈着さを持っています。彼女の単独潜入能力は、公国随一です」


俺は、しばし沈黙した。イリスの単独派遣は、あまりにも大きな賭けだ。だが、セレスティーナ総長の冷静な分析 は、この任務の性質上、これ以上の適任者はいないことを示唆していた。


「……分かった。イリスを呼んでくれ」


俺は覚悟を決め、静かに頷いた。



◇◇◇



数分後、公王執務室の扉が開いた。そこに立っていたのは、いつものように質実剛健な革鎧 を纏ったイリスだった。彼女の群青色の瞳 は、俺の真剣な眼差しを真っ直ぐに受け止める。


「イリス。セレスティーナ総長から、君に極秘の密命が下される」


セレスティーナは、事の経緯と、この任務の持つ極めて高い危険性を、隠すことなく全て彼女に告げた。北部偵察隊の沈黙、そして、この任務が公国の連絡網という生命線を再構築するための、唯一の希望であること。


イリスは、話を全て聞き終えると、静かに、しかし力強く言った。


「セレスティーナ様。謹んで、その密命、拝受いたします」


「イリス……君の忠誠心は理解している。だが、これは危険が高い任務だ。君は、オリヴィア王女の護衛という、替えの効かない役割も担っている。」


「……ありがとう、イリス」


セレスティーナは、彼女の覚悟に、深く頭を下げた。



◇◇◇



その日の夜、エルム公国からフォルカス隊の近くまで、俺の転移魔法でイリスと二人で転移した森は静寂に包まれた。


暗い森の中に、俺とイリスの二人が立っている。


「レン公王。オリヴィア様のことはよろしくお願いいたします。セレスティーナ総長が、代わりの護衛を付けてくださる手筈です」


「ああ、分かっている。」


俺は、彼女の群青色の瞳 を真っ直ぐに見つめた。


「連絡をもらい次第必ず、迎えに行く。」


俺の言葉に、イリスは力強く頷いた。そして、彼女の姿は夜の闇へと消え去った。


俺は、その場に立ち尽くし、イリスが向かった先をじっと見つめていた。公国の未来、そして仲間たちの命運を背負い、イリスは今、敵の心臓部へと単独潜入した。


北部偵察隊の安否確認と、帝国への反撃。


そして俺の使命は、彼女が確保した座標に、希望の扉を開くことだ。

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