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転生龍覚者と導きの紋章 〜始原の森から始まる英雄譚〜  作者: シェルフィールド
3章

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第90話:希望の翼、職人の叡智を運ぶ

公王執務室の分厚い石壁に囲まれ、俺は改めて今回の作戦をスムーズに実行するために、眼前の仲間たちの顔を見渡し、最終確認をしていた。


テーブルの上には、斥候隊から届いたばかりの羊皮紙が広げられている。記されているのは、ヴェルガント帝国の監視が比較的緩い、アルトリア王国の辺境に潜伏するドラグニアの民の正確な位置情報と、「安全な移送座標」だ。


「セレスティーナ総長、改めて確認します」


俺は、冷静沈着さを保ちながら、総指揮官として問いかけた。


「今回の作戦目標は、アルトリア方面の辺境に集結した職人たちを中心とする数百人規模の集団の即時回収。帝国軍に察知されることなく、彼らをこの公国へと迎え入れる。間違いないですね?」


「その通りです、レン公王閣下」


セレスティーナは姿勢を正し、鋼のような瞳で頷いた。


「斥候隊は、すでに民衆を確保した移送座標に集結させる手はずを整えつつあるようです。回収予定の人々が散らばっていれば不可能ですが、一箇所に集まっていることで、我々の転移作戦は高い効率で遂行可能です」


俺は、全員をまっすぐに見据えた。


「よし、俺とフィーナが先に大陸へ飛び、斥候隊の待つ地点で転移門を展開し、後続部隊を迎え入れる。斥候隊からもらった座標は、まだおれの転移魔法では行けない座標だ。」


全員の表情を確認した後、最も重要なステップへと移った。それは、移送座標で待機している斥候隊との最終的な日時の確定だ。


俺はティアーナが用意した遠話の魔石を手に取り、セレスティーティーナに渡した。この魔石は、山脈を越える長距離でも安定した通信が可能だ。


「セレスティーナ総長、通信を」


「承知いたしました」


セレスティーナは魔石に魔力を流し込み、通信回線を開いた。魔石の表面が青白い光を放ち、ノイズ混じりだが、相手の返答が聞こえてくる。


『――こちら中南部偵察隊、隊長ビピン。聞こえますか、公国』


「聞こえています、ビピン隊長。こちらセレスティーナ・フォン・シルフィードです」


セレスティーナが応答すると、ビピンの安堵したような声が返ってきた。


『総長!ご無事でしたか!報告の通り、対象者たちとの接触に成功。現在、指定座標にて待機中です。しかし、帝国軍の巡回部隊が周辺を警戒しており、時間の猶予はありません』


彼の切迫した報告に、オリヴィアがわずかに眉をひそめた。


「ビピン隊長、状況は理解しました。一つ、確認させてください。報告では数百人規模の集団とのことですが、どのようにしてそれほど多くの民を、あなたの部隊だけで集めることができたのですか?民が散り散りになっているという当初の想定とは大きく異なります」


オリヴィアの冷静な問いは、この作戦の前提を揺るがしかねない重要な点だった。斥候隊はあくまで少数精鋭。彼らが数百人もの難民を誘導し、組織化するなど不可能に近い。


その問いに、ビピンは少し驚いたような間を置いた後、事情を説明し始めた。


『我々が集めたわけではございません。彼らは……我々が発見した時には、すでに一つの強固なコミュニティを形成しておりました』


「コミュニティを?」


『はい。彼らの多くは、元々ドラグニアの王都や工業都市で働いていた職人たちとその家族です。帝国は、ドラグニアの技術を奪うため、特に腕の良い職人たちを血眼になって探していたようでして。彼らはその追跡から逃れるため、仲間内で連絡を取り合い、集団で潜伏生活を送っていたのです』


ビピンの報告は、俺たちの想像を超えていた。


「では、なぜ洞窟に?」


俺が尋ねると、ビピンは重い口調で続けた。


『彼らは、職人としての知識を活かし、古い交易路や放棄された鉱山跡を移動しながら、帝国軍の追跡をかわしてきたようです。我々が接触したこの洞窟も、かつての古い鉄鉱山の跡地で、彼らの仮の拠点となっていました。ですが……』


ビピンの声が、一層深刻な色合いを帯びる。


『彼らはもはや限界です。数ヶ月に及ぶ逃亡生活で食料は尽き、鉱山内の水も枯渇し始めています。特に子供や老人たちの衰弱が激しく、病も蔓延し始めている。帝国軍に直接包囲されているわけではありませんが、周辺の巡回が厳しく、外へ出て食料を調達することもままならない。このままでは、病と飢えで……砦の中で静かに死を待つだけの状態です』


状況は、俺たちが想定していたよりも遥かに切迫していた。彼らは自らの意志と技術で生き延びてきた、誇り高き職人たちの集団なのだ。そして今、最後の砦で、希望の見えない緩やかな死に直面している。


「……分かりました。ビピン隊長、よくぞ持ちこたえてくれました」


オリヴィアが、感謝と決意を込めて言った。


「あなた方の情報で、我々の為すべきことがより明確になりました。必ず、助けに行きます」


セレスティーナが、再び魔石に向かって厳かに告げる。


「承知しています。こちらもこれより次の段階に移行します。合流は五時間後。夜の闇に紛れて行動を開始します。それまで持ちこたえられますか?」


『御意!この命に代えても!』


ビピンの力強い返事と共に通信が途絶える。俺は仲間たちの顔を見回した。


「一刻の猶予もない。フィーナ、行くぞ!」


「うん、レン!」


俺とフィーナは執務室を飛び出し、中庭へと向かった。仲間たちが後を追う。


「フィーナ、頼めるか?」


「任せて!」


フィーナの体が眩い光に包まれ、次の瞬間、そこには白銀に輝く美しい竜の姿があった。その神々しい姿に、初めて見るセレスティーナやジュリアスたちが息を呑む。


「これが……レン公王の……伝承に聞く龍……」


報告として聞いてはいた。だが、この目で見る現実は、セレスティーナの精神を根底から揺さぶった。彼女が知るどんな生物とも違う、神話から抜け出してきたかのような気高さと清浄な魔力。言葉で理解することと、魂で理解することは、全く違うのだと痛感させられる。


「なんと……おお……!」


隣で、老魔術師ジュリアスが震える声を漏らした。おとぎ話として聞かされていた伝説が、今、現実として目の前に息づいている。知的な歓喜が、彼の魂を震わせた。


俺は皆に手を振ると、フィーナの背中へと慣れた様子で飛び乗った。


「それじゃあ、少しの間、留守を頼む。カイル、アリシア、ティアーナ、後のことは頼んだぞ。オリヴィア、イリスも、すぐに連絡する」


「おう!気をつけて行けよ、レン!こっちのことは任せとけ!」


俺は力強く頷き返した。


フィーナが翼を力強く羽ばたかせると、俺たちの体はふわりと宙に浮き、ぐんぐんと高度を上げていく。眼下で小さくなっていく仲間たちに別れを告げ、俺たちは一路アルトリア方面へと飛翔した。


「レンと一緒だと、全然疲れないよ!やっぱり、この飛び方、すごく楽だね!」


「ああ。頼りにしてるぞ、フィーナ」


俺の龍覚者の力とフィーナの龍としての力が調和し、驚異的な速度で大陸の空を駆けていく。


風の抵抗さえも魔力でいなし、雲を切り裂いて進むその速度は、地上のどんな駿馬も、帝国のどんな魔導兵器も及ばないだろう。それでも、大陸は広大だ。斥候隊が示した座標までは、数時間の飛翔を要する。


数時間の飛行の後、俺たちは目的の――深い森に覆われた山間の盆地――の上空に到達した。マッピングで確認すると、確かに麓の洞窟周辺に、帝国軍と思われる複数の部隊が篝火を焚き、巡回しているのが見て取れた。直接的な包囲ではないが、この監視網を突破して食料を調達するのは難しいだろう。


「よし、ここだ。フィーナ、人目につかない場所に降りてくれ」


森の最深部に着地し、フィーナが人の姿に戻ると、俺はすぐにストレージから転移門を取り出し、平坦な場所に設置する。


俺が制御台座に魔力を注ぎ込むと、星脈鋼のフレームが蒼い光を放ち、門の内側の空間が水面のように揺らめき始めた。そして、光と共に、門の向こうにエルム公国の仲間たちが待つ砦の中庭の景色が映し出された!


「カイル、聞こえるか!門を開いた!全員、こちらへ!」


俺が通信魔石で叫ぶと、門の向こうからカイルを先頭に、アリシア、オリヴィア、イリス、精鋭兵士たちが次々と現れた。


「レン、よくやったな」


「レンさん、ご無事で何よりです」


仲間たちとの再会も束の間、森の茂みからビピン隊長率いる斥候隊が姿を現した。彼の顔には疲労の色が濃いが、その目には確かな闘志が宿っている。


「レン公王、お待ちしておりました。対象者たちはこの先の洞窟に。帝国の巡回隊が動く前に、急ぎましょう」


「連絡ありがとう。さっそくだが、案内を頼む」


俺たちはビピン隊長の案内に従い、洞窟へと向かった。入り口は巧妙に隠されていたが、中に入ると、湿った空気と、多くの人々が発する微かな熱気、そして……衛生的だとは言い難い匂いが鼻をついた。


洞窟の奥には、痩せ衰え、不安げな表情を浮かべた数百人の人々が身を寄せ合っていた。その多くは、屈強な体つきのドワーフや、繊細な指先を持つ職人たち、そしてその家族だった。子供たちの虚ろな目、咳き込む老人たちの姿が、彼らの置かれた状況の過酷さを物語っていた。


「アリシア、すぐに負傷者と病人の治療を!」


「うん、任せて!」


アリシアはすぐさま医療ポーチを開き、持てる限りの薬草と回復魔法で人々を癒し始める。


オリヴィアが一歩前に出て、王女としての気品と威厳に満ちた声で民衆に語りかけた。


「ドラグニアの民よ、よくぞ耐えてくれました。わたくしがオリヴィア・フォン・ドラグニアです。あなた方に、安住の地と、新たな希望を約束するために参りました。帝国軍の脅威はすぐそこまで迫っています。ですが、恐れることはありません。我々には、希望への扉があります。わたくしと共に、参りましょう。我々の新しい故郷、エルム公国へ!」



オリヴィアの演説は、絶望の中にいた人々の心に確かな光を灯した。彼らは涙を流しながらも、王女の言葉を信じ、俺たちが設置した転移門へと向かう。職人たちは自らの道具を、母親は子供の手を固く握りしめている。


「本当に……夢じゃないんだろうか」


「ああ、姫様が……姫様が我々を見捨てずにおられた……」


人々が次々と門をくぐり、エルム公国へと移送されていく。公国側では、ドルガン補佐やセレスティーナたちが温かい食事と寝床を用意して待っているはずだ。



◇◇◇



エルムヘイムの中央広場は、期待と緊張に満ちていた。


ドルガン補佐の指揮の下、炊き出しの準備が進み、温かいスープの香りが漂っている。ゴードンも、ティアーナや他の村の重鎮たちと共に、固唾を飲んで転移門が起動するのを待っていた。


やがて、門が蒼い光を放ち、空間が揺らめき始める。最初に門をくぐり抜けてきたのは、見慣れない革鎧を纏った斥候隊の兵士だった。続いて、疲弊しきった様子の民衆が、おずおずと、しかし希望の光を目に宿して現れ始めた。


「おお……!」


「ここが……エルム公国……」


「見て、屋根のある家だわ……」


彼らは、清潔で活気に満ちた公国の光景に、ただただ涙を流すばかりだった。


ゴードンは、その中に多くの同胞であるドワーフの姿を見つけ、険しいながらもどこか懐かしい表情で彼らを見つめていた。


その時、一人の若いドワーフが転移門から現れた。彼は痩せこけてはいるものの、その鋭い目は新たな土地の造りを、まるで職人が仕事ぶりを確かめるかのように注意深く見渡している。


「……なんだ、この国の造りは……。レンガの質も、石積みの精度も……並の仕事じゃねえ」


彼の口から、驚嘆と戸惑いが入り混じった呟きが漏れる。そして、広場で民を温かく迎え入れる人々の中に、見慣れた顔を見つけた瞬間、その動きが完全に止まった。


屈強な体躯、見事な髭、そして何より、長年使い込まれた槌を肩に担ぐその立ち姿。記憶の中の姿より幾分か歳を重ねてはいるが、間違えるはずがない。


「……うそだろ……。お、親方……?」


震える声で、彼は人混みをかき分けるように、その人物へと駆け寄った。


「ゴードン親方! 生きておられたのですか!」


突然呼びかけられたゴードンは、驚いたように振り返り、目の前の若者の顔をまじまじと見つめた。そして、その顔に見覚えがあることに気づくと、頑固な職人の目が驚愕に見開かれた。


「……バリンか! 小僧、お前、バリンなのか! なぜお前がここに!」


「親方! やはりゴードン親方でしたか!」


師と弟子は、言葉もなく固く抱き合った。数十年の時を超えた、奇跡の再会だった。


ゴードンの過去と、彼が守りたかった者たち。その絆が、今ここで再び繋がろうとしている。



◇◇◇



移送が終盤に差し掛かった頃、洞窟内に残る民はあと僅かとなっていた。俺は仲間たちに撤収の指示を出す。


「よし、カイル!お前たちから転移門で先に戻って、受け入れの最終確認を頼む!」


「おう、任せとけ!」


カイル率いる部隊が、頼もしい背中を見せて転移門の中へと消えていく。続いて、アリシア、ティアーナ、そしてオリヴィアとイリスも、安堵の表情で門をくぐった。


「レン、後は頼んだぞ!」


仲間たちの声を背に受け、俺は誰もいなくなった洞窟を見渡し、帝国軍の追跡がないことをマッピングで最終確認する。


「よし、作戦完了だ」


俺は転移門に向き直り、ストレージを発動させた。希望の扉は、再び光の粒子となって俺の右手に吸い込まれていく。


静寂が戻った洞窟に一人残された俺は、目を閉じ、意識を一つの座標――愛する仲間たちが待つ、我が家エルムヘイムへと集中させた。


「――転移テレポート


視界が白く染まり、体がぐにゃりと歪む強烈な浮遊感。そして次の瞬間、俺の足は大陸の冷たい岩盤から、踏み慣れたエルムヘイムの温かい土の上へと着地していた。


こうして、大陸の片隅で失われかけていた職人の叡智は、希望の翼によって新天地エルム公国へと運ばれた。


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