第84話:情報収集網の展開
軍事都市『アイギス・フォート』の建設は、セレスティーナの天性の指揮能力によって驚くべき速度で進んでいる。彼女の采配は、無数の兵士を正確な歯車のように動かし、数ヶ月分の工期を数週間に短縮しようとしている。
生産都市『アグリ・ヴィータ』も、アリシアとテラスさんの尽力により、豊かな穀倉地帯へと変貌を遂げつつある。
そして、ティアーナとゴードンさんが中枢を担う鉱山都市『グラニット・ベース』の建設も、俺の土魔法による基盤造成のおかげで、今や本格的に始動したところだ。
俺が提唱した三都市同時建設という壮大な国家計画は、もはや絵空事ではない。それは、俺が持つ龍覚者の規格外の力 と、転移門という技術革命、そして何よりも仲間たちの揺るぎない絆によって、現実として動き始めていた。
だが、この圧倒的な成功の裏側で、俺の心は常に大陸の方向に向けられていた。
エルム公国に集結できたのは、ドラグニア残存勢力のごく一部に過ぎない。ヴェルガント帝国の圧政の下、今も数千 あるいはそれ以上のドラグニアの同胞が、大陸各地に散り散りになって潜伏し、苦しんでいる。
各都市の建設開始という目標が一段落した今、我々が持つべき次の目標は明確だ。
「……目を背けることのできない責務。セレスティーナ総長の言う通りだ」
俺はそう呟くと、執務室のテーブルに視線を移した。そこでは、この国家の命運を左右する、最高戦略会議が開かれようとしていた。
テーブルを囲むのは、俺と、カイル、アリシア、ティアーナ。そして、オリヴィア王女と近衛騎士イリス。さらに、抵抗軍の指導部であるセレスティーナ総長と、老魔術師ジュリアス殿。
この場に集う全員が、この国家の最強の矛であり、盾であり、そして知恵の結晶だ。
◇◇◇
会議の冒頭、口火を切ったのは、やはりセレスティーナ総長だった。彼女は銀髪を機能的なポニーテールにまとめ、氷のように澄んだ青い瞳で、俺を真っ直ぐに見つめてきた。
「レン公王。改めて、我々が抱える責務について確認させてください」
その声は、静かだが厳しかった。
「公国の基盤建設は、あなた様の規格外の力と、技術陣の尽力により、驚くべき速度で進んでおります。それは、この公国に新たな時代が訪れた証であり、わたくしは心から感謝いたします。しかし、大陸では今も多くのドラグニアの同胞が、帝国の圧政の下で苦しみ、散り散りになっております。彼らを救出することは、オリヴィア様と公国の王家再建における、最優先事項だと認識しております」
彼女は、広げられた大陸地図を指し示す。そこには、アルトリア王国やレヴァーリア連合王国の国境付近 に、可能性のある潜伏候補地が小さく記されていた。
「公国軍の戦力強化が進み、転移門という切り札がある今、わたくしは、建設を継続しつつ、大陸に潜伏する仲間たちを救出するための作戦を、並行して始動させるべきだと提言いたします」
俺は彼女の言葉を遮らず、静かに全てを聞いた。彼女の言葉は、俺の意志と寸分違わない。俺たちが、この安全な森の中に籠もり、外の現実から目を逸らすことはできない。
「セレスティーナ総長。あなたの提言に異論はありません。俺たちがここにいる限り、大陸の仲間を見捨てることはできません」
俺はそう断言し、強く頷いた。
「救出と情報収集を目的とした遠征隊を編成しましょう。次の作戦の目標は、大陸における仲間たちの確実な確保です」
その言葉に、オリヴィアは目元を緩め、イリスも騎士として深く頭を下げた。
◇◇◇
だが、俺の決断に、すぐにジュリアス殿から冷静な声が上がった。
「公王閣下のご決断、承知いたしました。しかし、戦術的な課題が山積みです」
ジュリアス殿は長年の実戦経験から、現実的な問題点を指摘する。
「我々が把握しているだけでも、救出対象は広範囲に散らばっており、その正確な潜伏場所や、現在の安否は不明です。さらに、帝国はオリヴィア王女の捜索を続けており、警戒レベルは極めて高い状態だと思われます。転移門という切り札があるとはいえ、その門を安易に敵地で展開することは、座標を特定され、公国そのものの脆弱性を晒すことになりかねません。無秩序な救出行動は、かえって残存勢力の全滅に繋がります」
セレスティーナも、その意見に頷いた。
「ジュリアス殿の分析通りです。わたくしは、大規模な回収作戦を成功させるには、まず情報優位性を確立する必要があると考えます。すなわち、公国の主要戦力である皆様が動く前に、先行して大陸各地へ斥候部隊を派遣し、潜伏民の安否確認、そして安全な移送座標の確立を行うべきです」
アリシアが心配そうに口を挟んだ。
「でも、斥候隊を各地に送るなんて、すごく危険じゃない? 帝国兵に見つかったら……」
「ええ、極めて危険な任務となります、アリシア殿」
セレスティーナは表情を変えずに答えた。
「故に、派遣するのは、我々抵抗軍の中でも特に偵察、隠密、そして情報伝達に長けた、少数精鋭のベテランに限定します。彼らには、陽動や情報操作の任務も担ってもらわなければなりません。危険度の高い任務となるでしょう」
俺はセレスティーナとジュリアス殿の言葉を静かに聞いていた。彼らの判断は、まさにこの国家の軍事戦略に必要不可欠なものだ。俺には彼らが持つ実戦の経験則と大局的戦術眼がまだ足りない。
「分かった」
俺は静かに頷いた。
「戦略は、セレスティーナ総長の提案通りに決定する。斥候隊を先行させ、我々はその後詰として回収・移送部隊として機能する。斥候隊からの情報や、安全な移送座標が確立され次第、転移門を携行し、潜伏民・兵の確保と移送を行なおう」
俺は広げられた大陸地図に視線を落とす。これから斥候隊が向かうのは、我々がまだ見ぬ、そして帝国が支配する危険な土地だ。
「セレスティーナ総長、改めて各地域の説明をしていただけないか?」
俺は現状を再確認するために、彼女に説明を求めた。
「承知しました。それでは説明させていただきます」
状況の共有のため、セレスティーナ総長は各地域の特色を話し始めた。
「まず、最も危険度が高いと予想されるのはヴェルガント帝国の国境付近です。常に冷たい風が吹き荒れる寒冷な山岳地帯。魔法と機械を融合させた魔導兵器が配備され、民衆でさえも常に緊張を強いられている軍事国家です。帝国軍の監視が厳しい場所だけに、注意が必要となります」
次に、セレスティーナ総長は旧ドラグニア王国と国境を接していたアルトリア王国を指し示した。
「大陸の中南部に位置するアルトリア王国。ここは肥沃な平野が広がる豊かな国ですが、それ故に帝国との緊張関係が続いていると聞きます。ドラグニアとは技術交流も盛んであったため、ドラグニアの文官や技術者クラスの者たちが、その伝手を頼りに潜伏している可能性が最も高い場所でしょう。」
アリシアが、心配そうに南東の海沿いの地域を指さす。
「南東部にあるレヴァーリア連合王国は、比較的自由な気風だって聞くけど……」
「そのとおりです。南部にあるレヴァーリア連合王国は、温暖な気候で、様々な文化が入り乱れる活気ある土地になります。しかし、自由であるということは、それだけ多くの危険が野放しにされているということでもあります。帝国兵のスパイや賞金稼ぎや闇ギルドの類もいるかもしれん。広範囲に散った民の安否を確認するには、最も情報戦が重要になるでしょう」
最後に、セレスティーナ総長は大陸の東端を睨んだ。
「そして東部は、ほとんど情報のないゼフィラス聖王国になります。ここ始原の森ほどではありませんが高い山脈が存在し、広大な砂漠に覆われ、彼らが信仰から見た異教徒への警戒心が極めて強いという排他的な国です。帝国軍の動向監視と合わせ、最も慎重な行動が求められるでしょう」
セレスティーナ総長の説明が終わった後、俺は顔を上げ、仲間たちを見回した。
「斥候隊には、これら全ての地域で情報収集と座標特定を行ってもらう。そして、我々はその情報を受け取り次第、即座に現地へ飛ぶ。」
「おう、任せろ! どんな奴らが来ようと、俺がレンたちを守り抜く」
カイルは力強く拳を握った。
「御意に、公王閣下。わたくしの騎士としての全てを、この作戦のために捧げます」
イリスも静かに、しかし鋼の意志を目に宿して頷く。
「はい、レン公王。わたくしが、同胞たちを導きます」
オリヴィアの瞳には、王女としての気高さと、民を救うという強い決意が燃えていた。
「オリヴィアは、今回の作戦の『顔』だ。救出された同胞たちの説得と、王女としての指導は君にしかできない。だから、俺と常に行動を共にする」
「はい、レン公王」
オリヴィアは王女としての気高さを保ちながら、深々と頷いた。
「では、セレスティーナ総長」
俺は総長に向き直った。
「斥候隊の編成と、派遣計画の詳細の説明をお願い致します。」
「ありがとうございます、レン公王。わたくしの選抜した斥候隊は、旧ドラグニア抵抗軍の精鋭、総勢二十四名になります。これを4つの斥候隊に編成し、派遣予定です」
彼女は、地図上のいくつかの地点を指し示す。
隊名称:北部偵察隊
潜入地域:ヴェルガント帝国国境付近
目的:最も危険な地域での情報収集と、抵抗軍の旧連絡ルートの再構築。
指揮官(ベテラン騎士):フォルカス
隊名称:中南部偵察隊
潜入地域:アルトリア王国の辺境都市シルド付近
目的:旧文官・技術者クラスの潜伏が予想される地点での接触と座標特定。
指揮官(ベテラン騎士):ビピン
隊名称:南部偵察隊
潜入地域:レヴァーリア連合王国の自由都市付近
目的:交易都市を経由し、広範囲に散る潜伏民の安否確認と救出準備。
指揮官(ベテラン騎士):グエン
隊名称:東部偵察隊
潜入地域:ゼフィラス聖王国国境付近の山岳地帯
目的:帝国軍の動向監視と、潜伏民の安否確認と救出準備
指揮官(ベテラン騎士):リディン
「各斥候隊には、ティアーナ殿が用意してくださった魔石通信機を携行させます。彼らは潜伏民と接触した後、安全が確認された移送地点の座標情報を、随時公国へ送る手筈です。情報を受領次第、我々が転移門を携行して、回収に向かうという流れとなります」
俺は地図を見つめ、各隊の任務の過酷さを理解した。特に北部偵察隊が向かう地域は、危険性が高い。
「セレスティーナ総長。斥候隊には、最優先でエラーラが開発した魔物よけの香油 を持たせてやってほしい。彼らが本領を発揮するには、まず魔物の脅威を減らす必要がある」
「承知いたしました。すでに準備させております」
◇◇◇
セレスティーナ総長は、会議室に待機させていた斥候隊の指揮官たちを呼び入れた。彼らの目には鋼のような意志が宿っている、ベテランの騎士たちだった。
「レン公王、こちらが斥候隊の指揮官たちです」
俺は彼ら一人ひとりと目を合わせ、深く頭を下げた。
「皆。この任務の重要性は、セレスティーナ総長から聞いているはずだ。君たちが切り開く道は、エルム公国という新国家の、そして大陸に散らばるドラグニアの民の、未来に直結する」
俺は、彼らの緊張を和らげるように、しかし盟主としての重みを持って語りかけた。
「あなたたちは、決して捨て駒ではない。あなたたちが確保した安全な座標に、俺が必ず転移門を持って迎えに行く。掴んだ情報こそが、数千の民を救うための、希望の道標となります。」
斥候隊の指揮官たちの一人、北部偵察隊のフォルカスが、胸に手を当てて静かに言った。
「レン公王、ありがとうございます。我々は、オリヴィア様と公国が築く将来を信じております。我々の剣と命は、その大義のためにあります。必ず、生きて座標を持ち帰ります」
その言葉は、彼らの心に宿る騎士としての誇りと、新国家への強い信頼を感じさせるものだった。
セレスティーナは、俺の隣で、静かに彼らを見つめていた。彼女の表情は、指揮官としての厳しさと、彼らの無事を祈る優しさが入り混じっているように見えた。
「行け。皆、必ず生きて帰ってこい」
総長の言葉と共に、指揮官たちは、緊張感に満ちた面持ちで執務室を後にした。
俺は、窓の外に目を向けた。斥候隊の隊員たちが装備を携え、秘密のトンネルへと向かう姿が見える。彼らは、希望という名の重い荷を背負い、ヴェルガント帝国の支配する広大な大陸の闇へと、今、踏み出そうとしている。
(始原の森に安住の地を築いた今、俺たちはついに、大陸へと反撃の狼煙を上げる。最初の火蓋を切るのは、俺たちではなく、彼らだ。そして俺の使命は、全員を安全にこの公国へと連れ帰ることだ)
俺は、大陸の地図を前に、深呼吸をした。斥候隊が出発した今、俺たちの戦いは、次の局面へと移行する。
エルム公国と、ドラグニアの未来を懸けた、壮大な回収作戦が、静かに幕を開けたのだった。




